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(9) エドルバラの戦い <1>

 ドイェターンから、ラドヴァンが率いる二千八百人の部隊が出撃した。

 最低限、守備に必要な兵士は残してある。

 バジャンク族、ツァラダン族、ガイヘク族の軍団が移動する速度からして、戦いの場はエドルバラ近郊と推測されていた。


 ラドヴァンはベネシュと相談して、エドルバラ近郊にある比較的高台の地に陣をおいた。

 部族兵の主力は軽騎兵と弓騎兵である。

 低地から高台を射ようとすると、当然弓勢は弱まる。

 ラドヴァン達はそれを狙った。


 ベネシュはラドヴァンを最後方にまわしたかったが、ラドヴァンは前陣を希望した。


「殿下が討たれてしまえば、敗北です。後ろに下がってください」

「それはわかっている。平時なら、それでいい。帝国の来襲がなければな。だが、現状では俺がただのお飾りだと話にならない」

「…………」

 ベネシュの表情は真摯さと渋みが混ざったものとなる。


「ルミール建国王は宝剣をたずさえて、何度も陣頭で戦った。俺が思うに、それが必要だったからだろう。ハギリの力で軍勢の士気は高くなったと思う。後は、俺が兵士達に認められる必要があるんだ。確かに危険だ、死ぬかもしれん。だが、死線を共に潜り抜けないと、兵士達が本当に俺を認めない」

「…………」

 平民出身で叩き上げのベネシュには、ラドヴァンの言葉がよくわかっていた。

 クリストフ征服帝ほどの実績をあげれば、最後方にいようが兵士達は何の文句も言わない。

 だが、貴族のおぼっちゃん士官などは、陰で蔑まれているものだ。

 当然、士気も上がらない。

 おそらく、ラドヴァンは端麗な容貌だけに、そういう声が上がりやすいだろう。

 しかし、ベネシュとしてはラドヴァンを失うと全てが終わるだけに首肯しがたかった。


「この一度だけでいい。戦いの規模が大きくなれば、前線に行くわけにいかないのはわかっている。戦勝の暁には、俺が前線で奮戦したという噂も周囲に流せたら効果的なんだよ。周辺の部隊や諸侯を集めるためにはな」

「そこまで考えておられましたか。しかし、死ねば後はありませんぞ」

 ベネシュは少し目を見開いて、表情から渋みがややとれ、賞賛の念が少し混じった。


「巨大なものを手に入れようとすれば、それに見合うだけのものを賭ける必要がある。今の俺が賭けられるものは自分の命だ。無理強いはしたくない、納得してくれないか、ベネシュ」

 ラドヴァンの気迫こもった眼光がベネシュを射抜いた。


「……わかりました。ただし、ご自身で戦われるのは、戦況をご判断なさってからにして下さい」

「もちろんだ。そこはハギリ頼りになる。自分の無力さが歯がゆいな」

「殿下なら、ご成長なされば、それだけの御力を備えられますとも」

 ベネシュの口調に偽りの色はなかった。


「お前の言葉を励みにするよ」

 ラドヴァンは目を細めて、笑った。




 バジャンク族、ツァラダン族、ガイヘク族の三族長は、会合を開いた。

 規模が最も大きいバジャンク族の族長ゲラーシムが主導している。

 ゲラーシムは四十二歳、豪壮な容貌で威厳をまとい、族長にふさわしかった。


「なまっちろい王子が、出撃してくるとは意外だったな」

「ラドヴァン王子は英明だと聞いたことがあるが」

 そう答えたのはツァラダン族長のダヴィートだ。六十近く、白髪の痩身で髭も白かった。


「フン、そんなのは宮廷雀の世辞にすぎんわ」

 ガイヘク族長のサヴェリーが語調強く言い切った。

 彼がもっとも若く、三十代だ。長身で筋骨隆々としている。


「出撃してくれたのは好都合だ。篭城されれば、まず落とせんからな」

 ゲラーシムが二人を睥睨する。


「だが、帝国に味方すると示すだけなら、ドイェターンに兵を向けるだけで十分であった」

「ツァラダンの長よ。それだけでは最低の手土産にしかならん。ここは、王子の首を皇帝に捧げねばな」

 サヴェリーはねめつけるような眼差しをダヴィートに向ける。


「……むろん、それが最上であろう」

 ダヴィートはゲラーシムの方を向いて、サヴェリーの視線を無視した。


「そういうことだ。小賢しくも高台に陣取っておるが、我らの騎兵であれば、歩兵交じりの部隊などたやすく蹴散らせる。奴らを撃破した後は、ドイェターンを奪って、楽しもうではないか」

「英邁にして勇猛なゲラーシム殿のおっしゃる通りだ!」

 サヴェリーが追従をまぜて、ゲラーシムに同調した。


「ダヴィート殿もよろしいかな」

「無論、我らツァラダン族もそのために参った」

「では、押し出すとしよう。我らは生き残るためにも帝国の傘下に入らねばならん。そのために必要な王子の首をいただこうではないか」


 衆議一決し、三部族の軍勢が押し出すこととなった。


 ツァラダン族長ダヴィートは、自陣に戻る際、不愉快さを隠せなかった。


(我らツァラダンを落ちぶれ者と思い、軽くみおって。勢威盛んな昔であれば、あのような口はたたかせなかったものを。それに、篭城すれば防げるのに、あえて野戦を挑んでくるのがおかしいとは思わぬのか。侮るわけにはいかぬ。野戦を挑めるだけの何かがあるに違いない)


 彼はそこまで思考をすすめ、その何かを考えたが、答えはでなかった。

 戦いの中で、彼はそれを知ることになる。




 三部族の部隊が押し寄せてきた。

 バジャンク族千五百、ツァラダン族千、ガイヘク族千、合計三千五百であった。

 対するラドヴァン達は二千八百。八割の兵力で戦うことになる。


 部隊前面に本陣をおいたラドヴァンはハギリ、ジャネッタ、カリーヌ、ベネシュらと話をしていた。


「いよいよだな。ハギリ、騎兵部隊の陣頭をつとめてもらいたい」

 ラドヴァンの表情も口調も重い。

 陣頭には矢の雨が降ってくるだろう。

 ハギリは矢を迎撃できるとわかっているとはいえ、絶対ではない。

 彼は万一をどうしても考えてしまう。

 まだ冷徹になりきれない自分の甘さを自嘲したいくらいだった。


「わかりました。ですが、それだけでよろしいのですか?」

 彼女は白く輝くプレートをまとっていた。

 本来、女性はプレートをまとえるだけの筋力はない。

 ジャネッタもカリーヌも革鎧だ。

 しかし、今のハギリの膂力であれば、プレートは苦にならない。

 防御力を考えて、ハギリはプレートをまとっていた。


「どういう意味だ?」

「弓騎兵相手の戦いを教えてもらいましたが、鈍重な歩兵部隊だと一方的に壊乱することがあるそうですね」

「その可能性はある。だから、高台に陣取った」

「騎兵でも扱える程度の短弓であれば、高台でしのげる、ということですか」

「ああ、高台に目がけて射るとなると、矢の勢いは衰える。ハギリ頼りになるが、乱戦にもちこんで、ハギリが開けた穴を部隊で押し広げていく」

 ラドヴァンにしてみれば、他にもっといい方策はないかと考えたが、兵力が乏しすぎて他に思いつかなかった。

 逆にこちら側の騎兵戦力が大きいのであれば、中央突破、側面にまわっての半包囲など、とれる策戦は格段に広がるのだが。

 決定打といえるのは、ハギリのみというのが偽りない現状であった。

 ただ、数千規模の戦いであり、単騎でもハギリであれば、決定打になると計算できるのが救いだ。

 これが、数万以上、ヴラーゲンの戦いレベルの規模となると、単騎で形勢を動かすのは困難となる。


 ハギリは何か言いたそうにしたが、それをとどめて、


「承知しました。突破口を開いてみせます」

 とだけ、こたえた。


「ああ、期待させてもらうぞ」

 ラドヴァンの双眸は強い光をたたえていた。

 ハギリが開いた突破口には自分も乗り込むつもりだからだ。

 召喚したことに対する負い目から、彼がもつ責任感から、自分が先陣にいるのは有利に働くという打算から、そして、ハギリに対する感情から、ラドヴァンはそう決断した。


「視界に奴らの軍勢が入ってきましたぞ」

 ベネシュが報告した。

 こちらは高台であり、視野は広く遠い。


「ベネシュ、決戦準備だ。ハギリ達先陣が穴をあければ、その穴目指して総攻撃を開始する。一点突破だ」

「はっ、投影魔術を用意させましょう」

「うむ」

 ラドヴァン達の部隊には投影魔術を使える魔術士官が一人、通信魔術を使える魔術士官が五人いた。

 この規模の部隊で投影魔術を使える魔術士官が一人でもいるのは稀であり、亡き先王オタカル二世の配慮があったのはいうまでもない。

 通信魔術を使える魔術士官は本陣に二人、中央後方、左翼、右翼に一人ずつ配備されていた。


 ラドヴァン達が待ち構える中、三部族の軍は土煙をあげながら、距離をつめてきた。

 バジャンク族が中央、ツァラダン族が左翼、ガイヘク族が右翼をうけもっている。


 数千の騎兵が近づいてくる様は壮観であった。

 敵でなければ、感嘆するだけですむ。

 しかし、敵である以上、ラドヴァン達は緊迫感を漂わせながら、騎兵軍団を凝視している。


 そんな中、ハギリが動いていた。

 一番最初に気づいたのは、ジャネッタだった。


「ハギリ、どうした!? まだ、馬に乗る必要はないぞ」


 ハギリは颯爽と馬に乗っていた。まるで熟練の騎兵に見えた。

 長い黒髪は邪魔にならないよう、まとめてある。

 容姿と相まって、絵になる姿とはこのことであった。


 ラドヴァンもジャネッタの言葉でハギリの方を向いた。


「ハギリ、まさかっ!?」

「殿下。単騎であれば、敵も油断するでしょう。また、軍使か何かと思うかもしれません。弓矢で狙われるのも遅れるかと思います」

「待て、それは憶測にすぎん。狙い撃ちにされたらどうする!」

「全て切り払います。私が敵軍を混乱させます。殿下、投影魔術でチャンスを伺って下さい。行って参ります」


 言うや否や、ハギリは馬を走らせ、陣を抜けて、敵軍へと向かった。


「ハギリッ!!」

 ラドヴァン、ジャネッタは叫ぶが、ハギリは戻ってこなかった。

 カリーヌは事務的な口調で、


「殿下、こうなった以上、魔術士官でハギリの様子をとらえながら、部隊も前進させましょう」

 と、述べた。


「本来なら、懲罰ものですが、ハギリ殿は軍人ではありません。カリーヌの言うとおりにするしかありますまい」

 ベネシュもカリーヌに賛同し、ラドヴァンに決断を促した。


「……仕方ない。わかった」

 ラドヴァンの脳裏には、自分でもわからないほどの様々な感情が駆け巡っていた。

 それらの感情が、彼の表情を複雑で重いものにしていた。


「ハギリ、死んだら許さないから……」

 ジャネッタはハギリが行った方を見ながら、そうつぶやいた。




 ハギリは追ってこないのを見るや、ごく普通の速度で騎行していた。

 彼女の視界には敵の騎兵軍団がある。

 まもなく、弓矢の射程距離に入るだろう。

 彼女は特に急ぐことなく、走るつもりだ。

 その方が油断を誘えるだろう。

 本当に油断してくれるかどうかはわからないが。


 彼女は自分の剣が純粋にどこまで通じるか知りたかった。

 足手まといがいれば、それに気をとられるかもしれない。

 周り全てが敵というのはわかりやすかった。


 超絶的な力を手に入れた驕りがあるかもしれない、とハギリは思う。

 しかし、それだけではないとも思っていた。


 たとえ、ここで死んだとしても、だ。

 日本では生きながら絶望を抱えていた身ではないか、あのままよりはるかにましだろう、とハギリは思う。


 だからといって、別に死ぬつもりはない。

 できる限り、剣と共に生きたいと考えている。

 この世界では、自分の剣が必要とされているのだから。


 後は、自分の腕と運次第だ。


 ハギリは覚悟を決めて、敵軍へ乗り込む。

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