37話 勇者パーティ
アルベルトのもとに集まったのは、軍ではなかった。
荷車に積める程度の人数と、背負える程度の装備だけを持った、小さな一団だった。
最初に来たのはカーリン・シュトルム。痩せた女で、目だけが妙に冷たい。祈るような仕草をしながら、人の中で動いているスキルだけを切る。《破邪》持ちだと聞いたとき、若い兵たちは半信半疑だったが、アルベルトは説明を省いた。
次がディートリヒ・ブラント。いかにも騎士らしい体格をしているくせに、剣より先に言葉を使う男だった。《服従》は一瞬しか効かない。だが、その一瞬で人を止めるには十分だった。
工兵イザークは、武勇より道具の人間だった。腰には槌、背には細長い筒、袋には金具や小石のように見える共鳴器。地形を読み、導線を崩し、見えないところへ仕掛けを残す。
射手モーリッツは口数が少ない。だが、カーリンが切り、ディートリヒが止めたその一瞬へ、寸分違わず矢を通す。彼にとって戦いは、勇気でも怒りでもなく、角度と呼吸の問題だった。
そしてアルベルト。
読むように、祈るように、しかし祈りそのものを信じてはいない顔で、低い読経を流し続ける。《読経》は広域のジャミングだった。魔王の網を断ち切るほどではない。だが、わずかに濁らせる。わずかに遅らせる。その「わずか」が生死を分けることを、彼だけが知りすぎるほど知っていた。
彼らの戦い方は、美しく単純だった。
スキルを切る。
一瞬止める。
その隙に、物理で殺す。
結局この世界の戦闘は物理だ、というルールが、彼らの動きの中ではやけに端正に見えた。
出立の前夜、アルベルトは焚き火の前で仲間たちを見回した。
熱い演説はしなかった。
勇気も正義も、ほとんど口にしない。
ただ、火の赤を目に映したまま、静かに言った。
「持ち帰るな。残すな。欲しがるな」
若い兵なら意味を聞き返しただろう。
だがここにいるのは、対スキル戦の専門家ばかりだった。誰も問わない。誰も、その言葉を軽く受け取らない。
持ち帰るな。
向こうで見たものを、心に抱いて帰るな。
残すな。
証拠も、未練も、仕掛けも、欲も、不要なものは残すな。
欲しがるな。
勝利も、名誉も、救済も、心地よさも。
欲しがった瞬間、足を取られる。
そのことを、彼らは理解していた。
享楽圏の外縁へ着いてから、戦いは正面衝突では始まらなかった。
夜ごと、町の端が少しずつ削られた。
まず倉庫が焼かれた。
見張りが「火だ」と叫んだ頃には、もう乾いた藁へ火が移り、積んであった木箱の半分が駄目になっていた。火をつけた奴は見えない。だが、その直前まで門の外には何もいなかったはずなのに、足跡だけが中途半端なところで消えている。
次の夜は伝令が消えた。
スピーカーの補助で走っていた若者が、外縁の畑道で戻らなかった。死体は見つからない。血だけが少し、石垣の影に飛んでいた。
三日目には見張り台が潰れた。
イザークの仕掛けだとコンラートはすぐに見抜いた。柱の根元へあらかじめ共鳴器が埋め込まれていたのだ。湿った地盤と振動の癖を読んで、重みが一番かかる瞬間に崩れるようにしてあった。正面から叩いたのではない。足元を殺したのだ。
「面倒な連中だな」
ハインツが槍を担ぎ直しながら吐き捨てる。
「正面から来る気がねえ」
「正面から来る必要がないんだろう」
コンラートは短く返した。
彼の顔は、嫌に静かだった。古い兵法の顔だ。町を守るというより、少しずつ削られる陣地をどう延命させるか考えている顔。
享楽圏の側は、初めて「演算能力では勝てない相手」に出会っていた。
これまでの敵は、怒りか飢えか信仰のどれかで動いていた。だから欲望を読み、少し歪ませれば、遅れるか崩れるかした。
だが勇者パーティは違う。
彼らは欲望を削って来ている。
少なくとも戦闘中だけは、欲しがらないようにしている。
しかも、局地で魔王の作用を切ってくる。
門脇の狭路でそれが起きたとき、旬は初めて、網が急に薄くなる感覚を味わった。
カーリンが手を上げた。
祈るように見えるが、祈ってはいない。彼女の《破邪》は、いまそこに作用しているスキルだけを裂く。
その一瞬、門前の数人から接続の熱が消えた。
糸が切れる。
享楽圏の中では当たり前になりつつあった、あの無言の連携が、局地的に崩れる。
その空白へ、ディートリヒが踏み込んだ。
「止まれ」
ただそれだけだった。
《服従》が、一瞬だけ門番の動きを止める。
本当に一瞬だ。
まばたき一つぶん。
けれど、その一瞬で十分だった。
モーリッツの矢が飛ぶ。
喉のすぐ下へ、まるでそこが最初から空いていたみたいに入る。
門番が崩れ、コンラートが怒鳴る。
「槍壁!」
ハインツが先に動いていた。狭路へ槍を三本並べ、その後ろへ若い連中を押し込む。押し合いになれば強い。狭い場所なら、どれほど技巧で来ようと、最後は槍の穂先へ顔を出したほうが負ける。
「前へ出るな! 出すな!」
その怒鳴り声は、妙に効いた。
享楽圏の連中は、戦うことに慣れていない者も多い。だからこそ、狭い場所で単純な形を作らせたほうがまだ保つ。
グレーテはもう、別のことをしていた。
「荷を動かす! 火の通るところから先に!」
倉庫が狙われた時点で、彼女は物資を一か所に集めるのをやめていた。干し肉は井戸の裏。薬草は城壁沿いの石室。布と毛布は塔の下。分散だ。燃やされる前提で守る。悔しいほど現実的だった。
アンネリーゼは弱者を城内へ集めていた。
孤児、熱のある子、歩けない老人、衰弱した女。泣く暇も与えず、奥へ押し込み、毛布を配り、水を飲ませる。彼女の強さは戦場向きではない。だが、こういうとき、城の内側を崩さない力としては誰より必要だった。
リーゼはリーゼで、スピーカー網を繋ぎ続けた。
「東壁、火!」
「南の見張り台、使えない!」
「門はまだもつ!」
「子どもは奥へ!」
短い文が、飛ぶ。
それを別のスピーカーが拾い、別の場所へ回す。
享楽圏がこれまで積み上げてきたものが、初めて戦時運用に入っていた。
そのおかげで、勇者パーティは思ったより進めなかった。
イザークが導線を撹乱しても、リーゼの網が別の道を作る。
カーリンが局地で《破邪》を打っても、その切れ目をコンラートが槍壁と怒鳴り声で埋める。
ディートリヒが止めても、ハインツが狭路で時間を稼ぐ。
モーリッツの矢は正確だったが、アンネリーゼが奥を崩さないので、町全体までは崩れない。
戦況は拮抗した。
少なくとも、享楽圏の側からはそう見えた。
その夜、旬は尖塔から町のあちこちで上がる火を見ていた。
門前だけではない。
倉庫の裏、外壁の根元、見張り台の跡。小さな損耗が増えていく。町が削られていく。
「押されてるな」
ぽつりと言うと、グプタが答えた。
少しだけ遠い、五〇の声で。
「局地判断に優れています。演算量ではなく経験則で押してきます」
「嫌な言い方するな」
「しかし正確です」
そう、正確だった。
こちらは大きな網で回している。
だが向こうは、その網が届きにくい瞬間だけを狙って切ってくる。
合理的で、古くて、いやらしい。
その一方で、下の中庭では、誰もが「押し返した」と思い始めていた。
勇者パーティは引いた。
二人に浅い傷、ひとりが矢を失い、イザークの仕掛けもいくつか潰された。門は破られていない。中庭へも入られていない。見張り台は失ったが、城そのものは守れている。
勝った、とまでは言わないが、持ちこたえた。
そういう空気が、町に広がる。
リーゼも少しだけ息をつき、グレーテはようやく腰を下ろし、ハインツは「次も来る」と吐き捨てつつも、水を一気に飲み干した。
けれど、その頃、アルベルトたちの目的はすでにほとんど達していた。
彼らの狙いは、城門突破ではなかった。
町を焼き切ることでもない。
もっと静かで、もっと嫌なものだ。




