雪景色をともに 2 〜イクス視点〜
『きれい』
窓の外の雪景色に見とれるリーアの身体を後ろから抱きしめながら、イクスは戻ってきた幸福をしみじみと味わっていた。
油断をすると身体に集まる熱は、深く息を吐いて逃す。
視線を下げれば、細く白い首筋。
先程、自分が乾かしたばかりの金の髪を払って、白い首筋に吸い付いた。
少し歯を立てれば、リーアの唇から、小さな息が漏れる。
(あーもう。ほんと、どうしてやろうか)
リーアの理性をグズグズにとかして、思い通りにしてしまうのは簡単だ。
だけど、それは今ではないとわかっている。
あと二年。
どんなに急いでも、最低でもあと二年は待たなくてはいけない。
それまでに、リーアの声は戻るだろうか。
焦っても仕方ない。
それは分かっている。
現実問題として、リーアの声が出ないことで、イクスは特に不自由はしていない。
確かに、護衛依頼は受けられないけれど、それなら、二人きりで旅をすればいいだけだ。
二人で旅をする分には、リーアの声が出なくて困ることなど何もない。
それでも。
リーアの初めてを奪うときには、声を聞きたいと思ってしまう。
過ぎた望みだろうか。
リーアが自分のそばにいるだけで。
自分を拒否しないだけで、満足すべきなのだろう。
あの日の。
リーアが自分を拒絶した日のことを、イクスは忘れていない。
リーアと出会ってからずっと、一度だって、イクスは拒絶されたことも、反抗されたこともなかった。
リーアは常に自分を受け入れて、信頼してくれていた。
それが壊れたあの日のことは、絶対に忘れてはいけない。
リーアの声が出ないことは、イクスにとって、その戒めにもなっている。
リーアが、念話の魔法を取得してくれたおかげで、リーアの声は耳からではなく頭に直接聞こえる。
それは間違いなくリーアの声なのだけれど。
イクスは、子供らしい声から大人の女性の声に変わりかけていた、リーアの実際の声を忘れてはいない。
取り戻せるなら、取り戻したい。
『イクスさん?』
「ん?どーしたの?リー」
『なんかイクスさんが、思い詰めてる気がして』
(鋭いなぁ)
内心で少し笑って、イクスはぎゅっとリーアを抱きしめ直した。
「食べちゃいたいなって思ってただけだよー?」
『それはっ……えっと、……』
茶化して言えば、リーアはわかり易く挙動不審になる。
リーアが、自分に体を許してもいいと思っていることは知っている。
でも、たとえリーアが許してくれても、それはやはり今ではないから。
「冗談だよ。明日には雪が積もるだろうから、雪遊びでもしよっか」
『雪遊び?』
どうやら、リーアは雪遊びを知らないらしい。
確かに、イクスに救出されたあとは、雪らしい雪もふらない場所で暮らしていた。
もっとも、イクスだって、そんなに経験があるわけではないけれど。
「そう。雪玉投げ合ったり、魔法で雪像作ったり」
雪遊びとは言うものの、イクスの記憶にあるのは、訓練の一環で行ったものだけだ。
あの頃よりも、雪玉をもっと柔らかく握って優しく投げたり、雪像も、可愛らしいものを作ったら、リーアは喜ぶだろう。
『魔法で雪玉一気に投げるのはだめ?』
「それじゃ、ただの氷魔法の攻撃だね」
どうやら、リーアの頭の中では、なかなかに激しい遊びになっているみたいだ。
イクスが思わず笑うと、リーアは難しい顔をした。
「頭で色々考えるより、実際にやってみるのが一番だよ」
外は、だいぶ暗くなってきている。
魔灯で、庭が照らされてなかなかにきれいだが、そろそろ夕食の時間だろう。
そう思っていると、ぐん、と腕に体重がかかった。
どうやら、リーアが眠りに落ちたらしい。
(まぁ、露天風呂にも結構長く浸かってたからな)
露天風呂で、イクスの体を直視できずに顔を赤くしていたリーアを思い出して、頬が緩む。
「男の裸を恥ずかしがるようになったか」
いや、正確には、男の裸をというより、イクスの裸だからといったほうがいいだろうか。
「あんなことやこんなことも、してるのにね?」
眠っているリーアにそっと話しかける。
自分の腕の中にいる可愛くて小さな、愛しい存在。
それが、自分の手によって身悶えるのは、何度経験してもたまらない。
「早く、大人にならないかな」
小さく呟いた言葉は、雪の中に溶けて消えた。
翌朝。
前日の晩飯を食べ損ねたこともあり、早く目が覚めたイクスとリーアは、宿の食堂で早めの朝ご飯をしっかり食べて、早速宿の庭で遊ぶことにした。
イクスが雪玉を作って、リーアに向けて投げてみせると、リーアも遊び方がわかったらしく、イクスに向けて、柔らかな雪玉をいくつも投げてきた。
イクスも投げ返して……としばらく遊ぶと、今度は二人で雪像を作ることにした。
結構、緻密な魔法制御が必要で、作り始めると二人はほとんど話さなくなった。
いや、イクスからは話しかけていたけれど、凝り性なリーアは、ものすごく真剣で、自分からは話しかけなくなってしまったのだ。
そんなこんなで、思う存分雪遊びを楽しんだあとは、また、部屋付きの露天風呂に入って身体を温め、のんびりと過ごした。
リーアがこの宿を気に入った様子だったので、イクスはさりげなく宿泊期間を伸ばすことにした。




