二人の距離 〜イクス視点〜
リーアをアンナに預けて以来、イクスはほぼ毎日リーアのもとに通った。
すこしでも、リーアとの間にあいてしまった距離を縮めたくて。
アンナからは「執着しすぎてて怖い」と言われたけど、別に気にしない。
イクスがリーアに執着しているのなんて、今更だ。
少しでもリーアに安心してほしくて、本来なら口外無用の、請けた仕事の内容も、その日あったことも、全部リーアに話している。
リーアの警戒心は、少しはなくなった、とは思う。
それでも、まだ声の出ないリーアを見ていると、リーアに拒絶されたあの日のことが思い出されて、触れるのも躊躇ってしまう。
「触れていい?」
と聞けば、リーアはコクンと頷いてくれる。
それでも、また拒絶されたらと思うと、怖い。
あれ以来、たとえどんなに割がよくても、少しでも女が関わる仕事は、一切受けないようにしている。
あの日と同じ過ちは、二度と繰り返さない。
リーアは、イクスがいない間は、薬を作ったり、魔法の勉強をして過ごしているようだ。
アンナの話では、少しでもストレスを貯めないように、健康的で、穏やかな日々を送り、アンナからは気持ちを穏やかにする薬湯を与えているらしい。
それでも、リーアの声は戻らない。
イクスが与えてしまった、傷。
イクスの罪。
時を巻き戻せるなら、絶対にあんなことはしないのに。
それでも、もどかしそうな表情でイクスを見上げてくるリーアが愛しくて。
そっと触れれば、猫のように目を細めるリーアを手放したくなくて。
イクスがそばにいれば、嫌でもあの日のことを思い出してしまうだろうとわかっているのに、リーアに会わずにはいられない。
いっそ、リーアのすべてを奪って、暴いて、手に入れてしまえば、リーアは自分から離れられなくなるんじゃないか、なんて、独りよがりな考えすら浮かぶ。
リーアが欲しくてたまらないのは、今に始まったことじゃない。
自分の欲を抑えつけて、リーアが大人になるまで待つ。
そう決めたのに、いつだって、その決意はグラグラと揺らいでしまう。
リーアを思って欲を発散したことなんて、数え切れないくらいだ。
そんなことを考えていたからだと思う。
リーアと二人でいる時に、不意にリーアの声が聞こえた気がした。
「キスを」
リーアの口は動いていない。
(あー。ついに俺、幻聴まで聞こえるようになったか)
「あー、とごめん。なんか、自分の願望でちょっと幻聴が聞こえたみたい」
苦笑するイクスに、またもやリーアの声が聞こえた。
頭の中に、直接。
『幻聴じゃない。魔法なの』
「え?リー、今のも……?」
リーアはコクンと頷いてみせる。
「じゃあ、さっきの……」
言い淀んだイクスに、追い打ちをかけるようにリーアは続ける。
『キスを』
「えっと……いい、の?」
リーアは、まだイクスに触れられるのが、怖いと思っていたのに。
リーアは、イクスの頬に這わせていた手を、イクスの首の後ろに回して、そっと引き寄せた。
ここまでされて、我慢なんてできるはずもない。
でも。
そっと、リーアの唇に触れようとした瞬間、リーアの身体がこわばったことに気がついてしまった。
「リー。無理しなくていいよ」
今ならまだ我慢できる。
そう思ったのに。
『違う。そうじゃない。イクスさんのためじゃなくて、私は、私がキスしたいから……!』
リーアの切ないような想いが伝わってきた。
「そっか。リーが望んでくれるなら、少しだけ」
イクスは、掠めるように触れて、また離れていった。
「リー。焦ることはないよ。少しずつ、距離を戻していこ?俺は、いつまでだって待てる」
いつまでだって、待たなくてはいけない。
そう思っているのに、その反面、どうしても、リーアが欲しくてたまらなくなる。
イクスは少し笑みを浮かべて見せて、リーアが寝たのを確認すると、アンナのところへ行った。
リーアの思念が聞こえる魔法について聞きたかった。
「ねぇ、アンナ。リーは、どんな魔法を習得したの?」
前置きもなく尋ねると、アンナは何故か自慢げに笑った。
「あら、あの子、もう何か使ったの?」
「リーの声が、頭に直接聞こえた」
「ああ。念話ね」
納得したようにアンナは言う。
念話?
あの、離れた場所にいる相手にでも、頭の中で会話できるとか言う?
あの幻の魔法?
「他にも、あの子いろんな魔法をマスターしてるわよ。今では使えないとされているような魔法をね。
緻密な魔法制御と、明確なイメージがないと発動すら難しいと思うのに、あの子、本を読んで、数回練習しただけで、出来るようになっちゃったのよ」
(あの、魔法大全か)
リーアの読んでいるという本を思い出す。
「転移すら可能にしちゃったんだから、リーなら問題なく使えるとは思うけど……詠唱できないでしょ?」
「あの子の話だと、音として発生しなくても詠唱は出来るらしいわよ。その辺りは、難しすぎて私にはいまいち理解できなかったけど。むしろ、アンタの方が理解出来るんじゃない?」
まぁ、確かに、リーアの言わんとしていることはわかる気がする。
まあ、それはそれとして。
「リーにさ、キスしたんだ。強請られて。でも、やっぱり、思い出しちゃうみたいで。俺は、ぶっちゃけちゃうと、今すぐにでも、リーのすべてをもらって、不安を潰したいと思ってるけど、まだ、早いよね」
「そうね。まだ、あの子の身体は子供だからね」
「リーとの間に空いちゃった距離は、どうやったら埋まるんだろうね」
俺の問に、アンナは返事をしなかった。




