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失ったもの ~イクス視点〜

その連絡が入ったのは、真夜中のことだった。


『レッド・アイを騙って商売をする少女がいる』


闇ギルドからの報告。

レッド・アイ──リーアが少女だと知っているのは、闇ギルドと冒険者ギルドの上層部、それと情報屋だけだ。

レッド・アイの名を騙る少女が、どこまで知っているのかはわからない。

それでも、勝手にレッド・アイを名乗って、リーアの商売の邪魔をされるのは許せない。

リーアほどの腕前がある薬師なんて、アンナくらいしかいないのだから、偽物に騙された客から、リーアの評判を落とされるのは看過できなかった。


偽物は、この街の広場で客にあっているらしい。

イクスは、偽物を排除すべく、冒険者ギルドを通して、客を装ってその少女に渡りをつけた。


リーアから離れたくはなかったが、リーアを連れて偽物に会うのは危険だった。

万が一にもこちらの思惑に気が付かれては困る。


イクスは、リーアに宿で待っているように伝えると、一人で偽物に会いに出かけた。

リーアに、偽物のことを伝えなかったのは、伝えれば必ず、自分も行くと言い出すだろうと思ったからだ。

薬師としてプライドを持っているリーアが、自分の偽物など放って置けるはずもない。

直接会って、言葉だけでコテンパンにしてしまう可能性が高いと思った。


でも、それだけではダメだ。

しっかりと、命を摘み取らなくては。

その命をもって、レッド・アイの名を騙った罪を償わせなくては。


広場に行くと、報告通り、リーアより少し年上の少女が待っていた。



「レッド・アイ?」


「ええ、そうよ。あなたがお客さんね?」


「依頼については、歩きながらでも?」


「ええ、もちろん」



少女は、イクスの見た目が気に入ったのか、嬉しそうにイクスにぴったりとひっついて歩き出した。

正直、ものすごく不愉快だ。

でもそれをペロリと隠して、イクスは笑顔を作って少女と話し始めた。

少し話しただけで、少女の薬師としての知識は、その辺の薬師見習い程度だとすぐに分かった。

よくこんなレベルで、レッド・アイの名を騙ろうなんて思ったものだ。


適当に歩いて、裏路地へと連れ込む。

少女に気が付かれないように、毒を口に含むと、そっと抱き寄せた。

それだけで充分誤解してくれたらしく、彼女は顔を上げて目を閉じた。

こちらの思惑通り、キスを強請ってきたのだ。


見た目も知識も、リーアには遠く及ばない少女。

こんなヤツがリーアのフリをしていたなんて、許せなかった。


だから、唇を重ねて、少女の口内に毒を送り込んだ。

本当は、触れることすら嫌だったけれど、本人にも周りにも怪しまれないように暗殺するには、これが一番だった。

イクス自身は、念の為解毒薬を飲んでいるので問題ない。


少女は、目を見開いて、毒を吐き出そうとしたが、唇をキツく重ねて、それを許さなかった。

すぐに、少女の身体から力が抜ける。

その身体を支えて、イクスは耳元で囁いた。



「君は俺を敵に回した。レッド・アイだけは、名乗っちゃいけなかった」



その言葉を、少女は理解できただろうか。

もう、音すら聞こえなくなっているかもしれない。

腕の中で、確実に少女が絶命したのを確認して、イクスは裏路地に転がっている物の隙間に、少女の遺体を押し込んだ。


それから、街の公衆浴場へ行って、少女の臭いを落とし、そのまま闇ギルドへと向かった。

少女がレッド・アイとして活動していた過去を、全て洗い出して抹消させた。

これに、思いの外時間を取られた。


リーアには、昼過ぎには戻ると言ってあったのに、全てが終わったのは、辺りが夕闇に包まれてからだった。


宿に戻って、そこにリーアの魔力があるのを確認し、安心した。

何しろ、以前は宿にいたところを攫われたのだ。

ちゃんと、リーアはここにいる。

そのことに安心しながら部屋について、決められたリズムで扉をノックしたが、リーアの返事はない。


(眠ってる?)


鍵で扉をあけて中にはいると、真っ暗だった。

イクスは夜目がきく。

すぐに、リーアがソファに座り込んでいるのに気がついた。


だけど。


(様子がおかしい)


眠っているわけでもないのに、リーアは真っ暗な中で座り込んで、話しかけても返事をしない。

明かりを点けたが、やはりリーアの表情は強ばって、どこか青褪めている。


それどころか、どんなに話しかけても、リーアは返事をしない。


不審に思って近づくと、驚いたことにリーアは結界を張った。


(リーが、俺を相手に結界?)


何か良くないことが起こったのだと、すぐに気がつく。

でも、何が起こったのかがわからない。

それでも、このままにはしておけない。

強引にリーアの結界を壊して近づくと、また結界を張られた。

それも壊して、リーアを抱き寄せようとすれば、突き放された。


(なんで?リーは、俺のこと嫌いになった?)


そう思うが、突然嫌われる心当たりはないし、そんなこと怖くて聞けない。

もしも、嫌いになったなんて言われたら、イクスはきっとリーアを殺してしまう。

リーアを殺して、自分も命を絶つ。

どうしたらいいのかわからないまま、リーアの肩を掴んで更に尋ねると、リーアは口を開いた。

だけど、その唇からは言葉は出てこなかった。

そのことに、衝撃を受ける。



「リー。もしかして、喋れないの?」



人は、耐えがたいショックを受けたり、ストレスに耐えられなくなると、稀に言葉を紡げなくなることがある。


(でも、なんでリーが)


疑問と戸惑いが頭の中を駆け巡る。

自分がいない間に、一体何があったというのか。

リーアの目には、絶望が浮かんでいる。

こんなリーアは、初めて見た。


出会ったばかりの頃、自分に殺してくれと言ってきたあの時ですら、リーアはこんな目はしていなかった。


(話せないのなら、せめて筆談で)


そう思った瞬間のことだった。

リーアは素早くボックスを開くと、そこから致死性の高い毒薬を取り出して、止める間もなく口に入れた。


(そんな、待ってくれ!)


あの小瓶は、リーアの作った即効性のある毒薬。

今すぐにでも解毒薬を飲ませなければ助からない。

焦りながらもボックスから解毒薬を出してリーアに飲ませた。

でも、リーアは既に意識を失っていた。



「なんで……リーア、なんで?!」



呼びかけても反応はない。

イクスはグッタリとしたリーアの体を抱きしめて、その場に崩れ落ちた。

イクスの頬を、涙がこぼれ落ちる。

リーアも、毒薬を飲む前に泣いていたことを思い出す。

泣くほど。

毒を呷るほど、イクスを拒絶したかったのか。

あんな絶望を目に浮かべるほどのことがあったのか。

どんなに考えてもわからない。


リーアの首筋に指を当てて、鼓動を確かめる。


(生きている。生きているけど)


リーアは死にたかったのか。

自分を置いて。

朝までは、いつも通りだった。

自分が帰ってくるまでの間に、リーアが死を選ぶほどの、一体何があったというのか。

どんなに考えてもわからない。


(悔しいけど、俺だけじゃ、ムリだ)


イクスは、リーアの魔術大全を手に取り、パラパラとページをめくった。

転移のページを見つけ出すと、リーアを抱きしめたまま、長い長い詠唱を紡ぐ。

動揺する気持ちを抑えて、精緻な魔法陣を描く。

光が、二人を包み、やがて、見覚えのある場所へと転移した。



「シュバルツ?どうやって……いえ。なにがあったの?」


「アンナ、助けて。リーアが……!」



イクスは泣きながら、アンナに助けを求めた。

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