失ったもの
鬱展開です
クラインベリー王国に到着して、イクスと二人、平民街の宿でのんびりしている。
二日に一回くらいの割合でイクスは闇ギルドの仕事を受けて、そのたびに、リーアもついていっている。
闇ギルドに行くときも、仕事のときも。
これは、国境の街でリーアがホテルからさらわれて以来、ずっとだ。
リーアには全く不満はないし、イクスの仕事中は、気配を消して邪魔にならないようにじっとしている。
仕事中のイクスの姿を見るのは好きだ。
しなやかな豹のようで(本物の豹はみたことがないけれど)かっこいい。
仕事の帰り道に、二人で夜道を歩くのも好きだ。
翌朝、早い時間に鍛錬をしなくてはいけないけれど、そんなこと、全く苦にならない。
ほぼ24時間ずっとイクスと一緒にいるけれど、それが嫌だと思ったことは一度もない。
むしろ、いつでも、ずっとイクスと一緒にいたいし、それが二人きりなら尚更いい。
リーアは、まだ子供と言える年齢で、イクスは大人だ。
でも、イクスが自分を深く想ってくれていることはわかるし、リーアだってイクスのことを想っている。
リーアはイクスだけのもので、イクスはリーアだけのもの。
これから先もずっと、二人で一緒にいる。
二人の関係に名前をつけるつもりはないけれど、リーアがもう少し大人になったら、イクスと結婚するつもりだし、たぷん、イクスもそう思ってくれている。
ずっと、そう思ってきた。
師匠の元に預けられてからもそうだし、師匠から巣立って、二人で旅を始めてからも。
ずっと、愛されていると思ってきた。
イクスの気持ちを疑ったことなんて、イクスの言葉を、行動を疑ったことなんて、これまで一度もなかった。
それは、これからも変わらないと思っていた。
だから今、イクスのあとをこっそりつけながら、様子を窺っているのには、別に理由はない。
イクスが珍しく、尾行されていることに気がついていないことも、イクスの隣を、自分より少しだけ年上であろう少女が歩いていることも、心配することなんてない。
何度もそう言い聞かせた。
イクスが自分を騙したり、裏切ったりすることなんてないと。
今朝、イクスは、少し出てくるけど、昼には戻るから、絶対に部屋の鍵を開けないように、宿から出ないようにと、リーアに言い聞かせて、外へ出ていった。
リーアがさらわれて以来、そんなことは初めてで。
リーアは頷いてはみたけれど、どうしても大人しく留守番なんて出来なかった。
宿の窓から、イクスが歩いていくのを確認したあと、リーアも宿を出て、気配を消してイクスのあとをつけた。
普段のイクスなら、相手がどんなに気配を消していても、すぐに尾行に気が付く。
だから、リーアもすぐにイクスが気がつくだろうと思った。
気がついて、仕方ないなって一緒に連れて行ってくれるって。
なのに、イクスはまったく尾行に気がつかないまま、繁華街に出て、広場のベンチに座っていた女の子と合流すると、並んで歩き始めた。
(その子は誰?)
これまで、イクスが女性と二人でいるところなんて、一度も見たことがない。
(その子は、イクスさんの何?)
初めての感情に、リーアは戸惑った。
リーアの位置からは、イクスの表情まではわからない。
ただ、隣を歩く女の子は、随分と楽しそうだ。
(やめて。そこは、私の場所)
声を掛ければよかったのかもしれない。
だけど、動揺するリーアには、そんなこと思いつきもしなかった。
そして二人は狭い路地裏に入った。
ギリギリ、路地裏が見える場所から見えたのは、イクスが女の子に口付けている姿だった。
クタリとした女の子を、イクスが抱きとめている。
その瞬間、リーアの心の中で、何かが壊れる音がした。
それからのことは、よく覚えていない。
いつの間にか宿に戻っていて、ソファの上で膝を抱えていた。
昼には戻ると言ったイクスが帰ってきたのは、部屋の中が暗くなってからだった。
「リー?」
暗闇でイクスの焦った声が聞こえて、すぐに部屋に明かりが灯った。
「リー、どうしたの?こんな真っ暗な中で」
イクスが近づいてきた瞬間、リーアは結界を張った。
無意識だった。
「リー、なんで……」
イクスはショックを受けた顔をしたけれど、そんな表情も、もう信じられなかった。
イクスと出会ってからこれまでで、初めて、イクスのことが信じられなくなった。
「リー、どうしたの?何かあった?誰かに何かされた?」
何かあったか?
何かされたか?
それを、イクスが聞くのか。
他ならぬ、イクスが。
黙ったままのリーアにしびれを切らしたのか、イクスは結界に手をついた。
「ごめん、リー。緊急事態だから、結界壊すね」
イクスがそういった瞬間、結界はパリンと音を立てて壊れた。
すぐにまた結界を張るが、それも壊される。
「リー、話して。どうしてこんなことを?」
抱き寄せようとしたイクスを、リーアは力いっぱい突き放した。
「黙ってたらわからないよ。教えて?」
リーアの目から涙がこぼれ落ちる。
戸惑い顔のイクスは、本当に心当たりがないとでもいうかのようだ。
でもそれなら、リーアが見たのは何だったのか。
リーアは口を開いた。
イクスを詰るつもりで。
問い詰めるつもりだった。
でも。
リーアの口からは、言葉は出てこなかった。
どんなに話そうと思っても、それは音にならなかった。
ただ、呼吸音が漏れるだけ。
「リー……もしかして、喋れないの?」
リーアは、言葉も失った。
リーアには、イクスがすべてだった。
だけど、もう、すべてがどうでもよくなった。
自分を裏切ったイクスのことも。
話せなくなった自分のことも。
自分の命も。
イクスが自分だけを愛さなくなったなら、もう生きている意味なんてなかった。
そして、リーアはボックスを開いて薬を出すと、それを口に含んだ。
リーアが作り出した、即効性の、致死毒。
ぼやけていく目の前で、焦った顔のイクスが、ボックスから出した薬をリーアの口元に持ってきたのが見えたけれど、リーアの意識はそこで途切れた。




