厄介事からは逃げるが勝ちだと思うのです
出発して4日目の夜。
不意にイクスの胸元が微かに光った。
「ん?お手紙かな」
たぶん、光ったのは胸元に入れてある転移魔法陣だ。
「このタイミングで依頼ってことはないと思うんだけど」
言いながら、イクスが胸元に手を入れる。
そこから取り出したのは1枚の紙。
イクスはさっと目を通すと、面倒くさそうに顔をしかめて、リーアに見せた。
「ん?私達の情報開示について?」
「みたいだねー。たぶん、誰かが俺達の身元を闇ギルドで調べようとしたんだと思うー」
なんだか、すごく嫌な予感がする。
このタイミングで、リーアとイクスのことを調べようとするなんて。
「ねぇ、イクスさん。これって……」
「んー、間違いなく、あの王女が噛んでるだろうね」
「だよね。えー、でもなんで?」
「まぁ、予想はつくかな」
「そうなの?」
リーアにはさっぱり予想がつかない。
「ねぇ、リー。あの魔法、モノにできそう?」
「うん。本によるとそんなに難しくないみたいだし」
「じゃ、いつでも発動できるように準備だけしておいてー」
「詠唱に少し時間かかると思うけど」
「だーいじょうぶ。そこは俺がなんとかするから」
イクスに言われた魔法は、今では誰も使わない、使えないと思われている魔法だ。
でも、『古の魔法大全』を読む限りでは、そんなに難しい魔法ではなかった。
ただ、詠唱が長いので、急を要する時などには向かない。
それに、長い詠唱を覚えるのも簡単ではない。
そういうことから、使われなくなったのではないかと、リーアは推察している。
「とりあえずー、俺の情報は隠密騎士だったこと以外は逆に知らせたほうがいいかな。リーアの情報は、まるっと秘匿で」
「秘匿にしちゃうと、ギルドがお金もらえないから嫌がられないかな」
「そんなことないよー。秘匿っていうのも、一つの情報だからねー。それに、謎に包まれた女って、なんかかっこよくない?」
イクスの言い方が面白くて、リーアはクスクスと笑った。
「それにしても、何するつもりかな」
「んー……明後日には次の国に着くし、あの王女サマがその国の王族だとしたら、たぶん国境に着いた時にわかるよ」
イクスはそう言って、サラサラとギルドに返事を書くと、転移魔法陣で飛ばした。
「もしかしたら、ちょっと俺達の見た目、変えないといけないかもねぇ」
それは、追われると言う事だろうか。
せっかく、ダッタイト皇国からの追手がかからなくなったというのに。
そして、それから数日後。
クラインベリー王国との国境で、越境申請をした時に、それは起こった。
「シュバルツとリーアだな?すまないが、別室で話がある」
「やだよ。話ならここでも出来るでしょ?」
国境を守る衛士に、イクスとリーアは引き止められた。
衛士は、イクスの言葉に眉をひそめた。
「やんごとないお方がお前たちをお待ちだ」
「『やんごとないお方』ね。お・こ・と・わ・り!」
イクスはきっぱり言うと、リーアの耳元でコソッと囁いた。
リーアも頷いて準備を始める。
「生意気な!黙ってついてこい!」
「なんの用かもわからないのに、ついていくわけ無いでしょ?」
イクスは、依頼主を振り返った。
「俺たちはここで抜けるよ。元々、クラインベリーまでって話だったしね。報酬、ちょうだい」
「いや……それは、少し待ってほしい」
依頼主の言葉に、イクスは嫌な顔をした。
「支払いを渋るのは、ギルドの規約に反するけど?
今すぐ払わないって言うなら、ギルドに訴える。そうなったら、アンタたちもう二度とギルド使えないよ?まぁ、騎士さんには用はないかも知れないけど?」
「気づいて……!?」
「そんなゴツゴツ剣だこのある商人なんているわけないじゃん。最初からわかってたよ」
イクスの言葉を受けて、他の護衛メンバーたちが、イクスとリーアを取り囲む。
「払うの?払わないの?」
依頼主は渋々報酬の入った布袋をイクスに渡した。
どうせ、報酬を受け取ってもここから逃げられないから構わないとでも思っているのだろう。
「私が話すわ」
馬車から、王女が降りてくる。
「あなた達、私に仕える気はない?高待遇は約束するわ。そうね、シュバルツさんは騎士として、リーアさんは私の侍女でどうかしら」
「名前も名乗らない奴に仕える気はないよ」
「あら、ごめんなさい。私は、エリザベート・クラインベリー。この国の第三王女よ。お父様は、あんまりいい顔をしなかったけど、腕が確かならって、あなた達のことを認めてもらっているわ」
さも、いい仕事したでしょうと言わんばかりのエリザベートに、イクスもリーアも、うんざりした。
「悪いけど、仕える気はない。はっきり言っておくけど、アンタみたいなヤツ、大嫌いだから」
「コイツっ!」
頭に血が上ったらしい護衛の一人が、徐にイクスに切りかかる。
イクスは、キンッとナイフでその剣を弾いた。
そもそも、この護衛たちくらいのレベルで、イクスに勝てるわけがないのだ。
とは言え、ここで揉め事を起こすのも、後々面倒だ。
だからこその、あの魔法。
リーアの詠唱が終わると同時に、イクスとリーアの足元に、魔法陣が浮かび上がった。
「な、なんだこれはっ!」
「王女をお守りしろ!」
見当違いの指示に、リーアは笑い出しそうになるのを堪えた。
「この先、俺たちを追うつもりなら、容赦しないから。返り討ちを覚悟して」
魔法陣が発した光に、リーアとイクスが包まれる。
ポカンとしたアホ面を眺めながら、二人は軽く手を振った。
次の瞬間、景色が変わった。
指定したのは、クラインベリー王国の王都の外れにある、大きな草原だ。
「成功したねぇ。転移」
「うん。詠唱は長いけど、簡単だった」
「ははっ。アイツらの間抜け面見たぁ?」
二人は草原に寝っ転がって、クスクスと笑った。
「諦めてくれるかな」
リーアの言葉に、イクスは首を傾げる。
「どうだろう。返り討ちにするって教えてあげたし、国王は乗り気じゃなかったみたいだから、案外姿を変えなくても大丈夫かもねぇ」
二人はしばらく草原をゴロゴロと転がって遊んだあと、今日の宿を求めて、平民街へと歩き出した。




