初めての旅 26日目
日付が変わる頃、リーアは宿からこっそりと運び出され、身体を覆っていた布が取り去られたのは、どこかの船の中らしかった。
日付が変わる頃だと分かったのは、宿の時計が鳴っていたから。
そして、船の上だとわかったのは、ゆらゆらと足元が揺れていたからだ。
目の前には、何人かの少女たち。
みんな、リーアと同じくらいか、それより少し上の年齢っぽい。
(奴隷商人かな)
少女ばかりを集めているということは、性奴隷にするつもりなのか。
(まずったな)
犯人たちが部屋に入ってくると同時に痺れ薬を撒くべきだった。
魔封じの手枷のせいで、ボックスを開けることもできない。
イクスが何時頃戻ってくるか。
イクスが、リーアを攫われたことに気がつけば、助け出されるのは確実だ。
ただ、いま自分がいるのが船の上というのが問題だ。
いつ、船が出航するかわからない。
もし、イクスの到着が船の出航より後なら、助け出すのは難しくなるだろう。
同じ部屋にいる女の子たちは、とにかく泣いている。
すっかり諦めているのか、絶望したように泣くだけだ。
リーアは部屋の中を見回した。
部屋を施錠してあるせいか、部屋の中に見張りはいない。
「ねぇ、あなたのその、髪飾り貸してもらえる?」
リーアは、一人の女の子に声をかけた。
悪いけど、リーアは諦める気なんてさらさらない。
他の子たちも助けてあげられるかはわからないけど、出来れば犯人たちを全滅させて、囚われているみんなで助かりたい。
「髪飾り。この手枷を外したいから」
キョトンとした女の子に、もう一度言うと、女の子はよくわからないような顔をしながら、自分の髪飾りを外して、リーアに手渡した。
多分この子は、魔法が使えないのだろう。
全員が手枷をされていなくて幸運だった。
髪飾りのピンを伸ばして、手枷の鍵穴に入れる。
鍵の解錠のやり方は、イクスに教えてもらっている。
何度かピンを動かすと、カチンという音とともに、リーアの手枷が外れた。
すぐに、ボックスを開けて、中から解毒薬を取り出すと、部屋の中にいた女の子たちに手渡した。
「私は薬師よ。これから、犯人たちに毒を嗅がせて、無効化するから、あなた達は、先にこの解毒薬を飲んでおいて。絶対に逃げられるから、助けも来るから、大丈夫。私を信じて」
リーアが強い瞳で言うと、泣いていただけだった女の子たちは、一瞬迷ったみたいだけど、頷いた。
リーアが先に薬を飲んで見せると、他の女の子たちも覚悟を決めたように解毒薬を飲んだ。
「えーっと、そうね、あなた」
リーアは気の弱そうな女の子に話しかける。
「あなた、今から苦しんでる振りして」
「え?苦しんでるふり?」
「そう。出来る?」
「……やってみる」
リーアは他の女の子たちを見渡す。
「あなた達は怯えた演技をして。それからあなた。あなたは苦しんでるふりをしている女の子に心配してるふりで声をかけ続けて」
一番年上に見える女の子に指示を出す。
その子も、コクンと頷いた。
「私はドアの陰に隠れるけど、絶対に私の方を見ないで。じゃ、いくよ。さん、に、いち、開始!」
リーアの指示で、気の弱そうな女の子が苦しみ始める。
リーアは、太腿に仕込んであったナイフを取り出すとドアの陰に隠れて、年上の女の子に目配せした。
「どうしたの?!大丈夫?!やだ、しっかりして!」
その声が聞こえたのか、目論見通り、外から足音が聞こえてくる。
「うるせぇな。どうした」
入ってきた男の背後に立ち、股間にナイフを当てる。
本当は首筋に当てたかったけど、身長が足りなかった。
「静かに。今から私の言うことを聞いて。聞かなかったら、このまま切り落とす」
ナイフをグイッと押し当てると、男が震え出した。
「出来るだけ多くの仲間を呼んで。出来れば全員。ここで起こっていることを話したら、切り落とす」
「わ、わかった」
男の背中に汗が滲むのがわかった。
「おい!お前ら来てくれ!一大事だ!全員集まれ!」
「なんだ!どうした!」
脅した男の声に、わらわらと人が集まってくる。
「これで全員?」
小声で聞くと、男が頷いた。
それを見て、リーアは、男たちの前に躍り出て、ボックスから出してあった小瓶2つの中身をぶちまける。
毒性の強いもので、すぐに呼吸困難に陥る毒だ。
「ガッ……グッ」
男たちが次々と倒れていくのを尻目に、リーアは女の子たちを連れて、船の甲板を目指した。
船の甲板につくと同時に、乗り込んでくる一つの黒い影を確認して、リーアはホッと息をついた。
「もう大丈夫」
女の子たちに告げる。
この黒い影は、リーアが誰より愛する人。
誰より頼もしく思っている人。
「バルさん!」
「リー!」
イクスが近寄ってきて、きつくリーアを抱きしめる。
「無事でよかった。俺、来るの遅かった?」
「そんなことない。バッチリのタイミング」
「敵は?」
「一括駆除したつもりだけど、残ってるかも」
「ん、見てくる。リー達はこの縄梯子で陸に降りてて」
イクスから縄梯子を受け取ると、リーアは、逃げ出した女の子たちを1人ずつ陸に下ろした。
縄梯子を怖がる子もいたけれど、そんなことを言っている場合ではないと説得して、無理やりおろした。
陸に降りてしばらくすると、警備隊が来た。
イクスが通報したらしい。
女の子たちはみんな保護されていく。
リーアも保護されそうになったけれど、イクスを待ちたかったので断った。
イクスが覆面をはずしてやってくると、事情聴取の為に来てほしいと言われた。
「さらわれた当日の晩に事情聴取は可哀想だよ。明日の朝でもいいでしょ?」
イクスが進言してくれて、リーアは一旦宿へと戻ることになった。
宿につくと、総支配人が深く頭を下げていた。
自分の同僚が誘拐に関わっていたのだ。当たり前だろう。
ちなみに、イクスは、リーアの魔力を突然感じなくなったことで、仕事を切り上げて急いで宿に戻ってきたらしい。
魔石のおかげでリーアの位置は掴めていたけれど、犯人の目的がわからなかったので、リーアが床に落としていた名札から、協力者の従業員を締め上げて、人身売買が目的だと聞き出し、船の出港前に駆けつけてくれたそうだ。
途中から、リーアの魔力をまた感じられるようになっていたので、リーアが逃げ出したであろうことは予想していたみたいだけど。
それでも、最悪の場合を考えていた、とイクスは言った。
犯人は、船長を除いて、全員呼吸困難で死んでいたらしい。
船長以外の船員は、犯罪に関わっていなかった。
船長に関しては、犯罪の詳細を聞き出すために、生きて警備隊に引き渡したらしい。
「リー、よく頑張ったね。明日の事情聴取でも、全部正直に話して大丈夫だよ。正当防衛がちゃんと適用されるからね」
ベッドの上でリーアを抱きしめて、イクスは続ける。
「次からは、リーも仕事に連れて行くよ。もう、心配で一人で置いておけない」
「うん。助けてくれてありがとう」
「どういたしましてー。おやすみぃ、リー」
こうして、リーアは穏やかな夜を取り戻した。




