初めての旅 26日目〜イクス視点〜
それは、闇ギルドから請け負った仕事中、突然のことだった。
ずっと同じ方向に感じていたリーアの魔力が、忽然と消えたのだ。
何かが起こったことは、すぐにわかった。
魔力を全く感じられないということは、魔力切れを起こしたか、魔力封じをされたか、命を落としたか、だ。
最後の可能性は考えたくないし、考えにくい。
子供とはいえ、リーアはしっかり護身術を学んでいるし、優れた魔法使いであり、薬師だ。
自分の身を守ることくらいはできるはずだ。
それに、リーアには身代わり魔法を付与した魔石を身に着けさせている。
あの魔法が発動したら、イクスにもすぐにわかるようになっている。
魔力切れを起こしているのだとしたら、危険だ。
リーアは以前にも、神級魔法を発動している。
あの時は、予めポーションを飲んでいたから事なきを得たが、もし、ポーションを飲む余裕もなく神級魔法を使ったとしたら、魔法切れを起こす可能性もある。
魔力切れを起こすと、失った魔力を補うために、生命力が使われる。
ゆえに、魔力切れを起こした人間をそのまま放置するのは危険なのだ。
だとしたら、早く宿に行かなくてはいけない。
そして、リーアが魔力封じをされている可能性。
イクスの考えでは、これが一番可能性が高い。
魔力封じは、たいてい、首輪か手枷で行われる。
首輪なら、リーアも逃げたり、ナイフで応戦するなり出来るかもしれないが、手枷だとしたら、魔法を使えない上に、抵抗すらできない。
リーアに渡した、位置情報発信魔法を付与した魔石の魔力を辿る。
宿と同じ方向ではあるが、場所は離れている。
(さらわれた、か)
イクスは依頼である、要人暗殺を素早くこなすと、とりあえず宿へと向かった。
リーアは用心深い。
見知らぬ人間が訪ねてきても、部屋のドアを開けるとは考えにくい。
だとしたら、手引した者がいるはずだ。
まずは、ソイツから情報を聞き出して始末しなくてはいけない。
宿へとつく頃には、リーアの位置は、港の方へと変わっていた。
部屋に入ると、床に何かが落ちていた。
拾い上げて、それが従業員の名札だと確認する。
間違いなく、リーアからの手がかり。
すぐに、支配人を呼び、名札の従業員を呼び出させる。
「この男が、俺の連れを攫うのに協力していたことはわかっている。目的とどこへ連れて行ったのかを吐け」
「そ、そんな、私は何も……」
「この名札が部屋の床に落ちていた。不自然にちぎり取られているだろう?普通に俺達の部屋に入っただけではこんなことは起こらない。時間が惜しい。10秒以内に話さないなら指を切り落とす。それから5秒ごとに身体の一部を失うことになる。10、9……」
「わ、わかった!話す!人身売買の組織に引き渡した。今頃は出港に向けて船にのせているはずだ」
「他には」
イクスの赤い隻眼に射竦められて、男はガタガタと震えながら、首を横に振った。
「知らないっ!知らされていない!」
「そうか」
男はイクスの返事に安堵したような顔を一瞬したが、次の瞬間に、何か衝撃を受けた気がして、そのまま暗闇に落ちていった。
男が何かを話すことも、目を覚ますことも、もう二度とない。
イクスはボックスの中に、男を無造作に投げ込んだ。
「お前は何も見ていないし、聞いていない」
真っ青な顔をしたままの支配人に告げると、彼は無言で頷いて、頭を下げた。
リーアの位置を報せる魔石の魔力を追って、港へとつくと、不意に、リーアの魔力が戻ったのを感じた。
何かしらの理由で、魔力封じが解けたらしい。
一隻の貨物船から、リーアの強い魔力を感じ、一気に甲板へと飛び乗った。
そこにいたのは、予想通りリーアと、数人の少女たち。
どうやら逃げてきたようだ。
「バルさん!」
「リー!」
イクスはリーアに近寄って、きつく抱きしめる。
こんな時でも、自分を本名で呼ばないだけの冷静さがあるリーアは、本当にすごい。
「無事でよかった。俺、来るの遅かった?」
「そんなことない。バッチリのタイミング」
「敵は?」
「一括駆除したつもりだけど、残ってるかも」
「ん、見てくる。リー達はこの縄梯子で陸に降りてて」
イクスから縄梯子を受け取ると、リーアは、逃げ出した女の子たちを1人ずつ陸に下ろした。
それを見届けて、船内を見回る。
貨物室の一つ。
その部屋のドア付近に、何体もの男たちの遺体がある。
息がないのは、遠目に見てもわかった。
おそらく、リーアの毒にやられたのだろう。
そこへやってきた男は、船長だった。
話を聞くと、どうやら犯人たちの仲間だったようだ。
当然、処理した。
イクスが覆面をはずして戻ると、リーアが事情聴取の為に警備隊の詰め所に来てほしいと言われていた。
「さらわれた当日の晩に事情聴取は可哀想だよ。明日の朝でもいいでしょ?」
イクスが少し威圧を込めて言えば、警備隊はおとなしく引き下がった。
宿につくと、総支配人が深く頭を下げていた。
自分の同僚が人身売買に関わっていたのだ。当たり前だろう。
途中から、リーアの魔力をまた感じられるようになっていたので、リーアが逃げ出したであろうことは予想していた。
それでも、最悪の場合を考えていた。
もしも、船が出向してしまっていたり、リーアの身に何かあったら、どんな手を使ってでも報復し、リーアを助け出し、誰も来ない場所で二人きりで暮らすつもりだった。
そして、もしもリーアが死んでいたら。
犯人の命を奪った上で、リーアのそばで自分も命を絶つつもりだった。
「無事でよかった」
その晩、イクスはリーアを腕の中に囲いこんだまま眠りについた。




