初めての旅 23日目
リーアも思う存分堪能できたし、宿で一日のんびりして、今日は二人で街歩きだ。
この、国境の街は、皇国語も通じるが、基本的には隣国の公用語がメインだ。
でも、イクスとリーアは別に困らない。
イクスは前職の仕事柄、いくつもの他国語を操れるし、リーアも、旅に出る前にしっかり勉強して、何ヶ国語かはマスターしている。
一応、共用語もあるにはあるのだが、庶民はほとんど使わない。
使えないことはないが、訛が出てしまって聞き取りづらいのだ。
だから、どの国も、ほとんど庶民は自国語を話す。
こういう国境の街は、観光地になったりもするので、片言なら他国語も使える庶民もいる。
土産物屋とか、宿屋の人間とか。
なんにせよ、イクスとリーアには関係ない。
適当に街をブラブラしていたが、書店を見つけると、リーアの目が輝いた。
「入ってみるー?」
「いいの?」
「もちろん」
思ったとおり、リーアは喜んで書店の中に入ると、まず先に専門書のコーナーへ行った。
たぶん、新しい薬学の本でも探しているのだろう。
イクスは別に、本には興味ないので、適当に店内を見て回る。
もちろん、視界の端にリーアを入れることは忘れない。
(ていうか、リーアの知識なら、今更目新しい薬学の知識なんてないと思うんだけど)
イクスはそう思っていたが、どうやら違ったらしい。
リーアは一冊の本を手にホクホクしている。
薬学の本でめぼしいものはそれだけだったらしく、次に小説のコーナーへと移動した。
リーアは、恋愛小説が好きだ。
その辺りは、普通の女の子と変わらない。
イクスが与え、求める愛は、恋愛小説に出てくるようなものとはかなり乖離していると思うのだけど、リーアは小説は小説として楽しめるみたいだ。
イクスに、恋愛小説に出てくる男のような態度は別に求めてこない。
恋愛小説のような恋愛に憧れているかといえば、それも違うようだ。
最近の恋愛小説の流行は、「一国の王女が、ひっそり庶民として育つが、王子様に見つけられて、真実の愛とやらが芽生えて、王子妃として幸せに暮らしました」という感じらしい。
いやいや、庶民として育った子が王子妃になろうと思ったら、かなりの努力が必要だ。
貴族の妻になるだけでも、貴族の夫人としての勉強が必要になるのに、それが王族相手なんて。
と、イクスは思うのだけど、庶民の女の子はそういうシチュエーションに憧れるみたいだ。
リーアの人生は、それとは真逆だな、と思う。
王族として生まれ、庶民の男に見出されて、庶民として暮らすことになったのだから。
でも、イクスはそれを不幸だとは思わない。
イクスが見つけ出して助けなければ、リーアは間違いなく死んでいたし、今のリーアはとても楽しそうだから。
「ねぇ、リー。もし俺がどこかの国の王子様で、リーを妃として迎えたいって言ったら、どうする?」
本を数冊買ってホクホクしていたリーアは、きょとんと目を丸くする。
「王子様でも暗殺者でもイクスさんに変わりないから、どうもしないけど?」
「お妃教育とか、大変だよ?」
「イクスさんのそばにいるのに必要なら、勉強する……けど、イクスさん自身が王子様なんて嫌がりそう」
「だーよねー!」
さすがリーア。
イクスのことをよくわかっている。
そして、イクスがほしい言葉も。
でも、もう少しだけ確かめたい。
「じゃあ、もしもー、本当の王子様がリーのこと好きって言ってきたら?」
「えー。たとえ王子様でも、イクスさん以外の人にそういうこと言われるの、なんかやだ」
「もぉ、リーほんと好き」
戸惑い顔のリーアを、道の真ん中で抱きしめる。
本当は、こうして抱き上げたままグルグル回したいくらいだけど、さすがに往来の邪魔になるし、目立つのでやめておく。
「リーは、ホントにいい女になったね。やっぱり、アンナに預けるんじゃなかったかな。痩せっぽちで、小さかったリーが、こんなにイイ女に成長する過程も、そばでみたかったなぁ」
「んー、でも。イクスさん、よく会いに来てくれてたよね?」
「それはそうなんだけどー。ま、リーは今成長期だし、これからますますイイ女になっていくんだろうから、それをそばで見られるなら、いいかー」
「私もっ……私もイクスさんが今のイクスさんになるところ、見てみたかった……」
可愛いことを言ってくれる。
でも、それは流石に無理だ。
リーアとは十も離れているのだから。
「俺はあの頃の自分を見られたくないなぁ。特にリーには。すごく生意気なヤツだったから」
(ん?生意気なのは、今も変わらないか?)
チラッと思ったけど、まあいいかと思い直す。
成長期の頃のイクスは、生意気で、尖っていて、周囲と馴れ合うのを嫌がって、周りの奴らを見下していた。
師匠に言われたとおりにするのも癪で、歯向かってばかりいた。
だから、何度もぶん殴られた。
師匠は、子供相手でも容赦なかった。
今思えば、暗殺者を育ててるんだから、そりゃそうなるだろうとも思うが、飴と鞭どころか、鞭一本だった。
修行の途中で死んだ奴も沢山いた。
当時のイクスは、それを見てもなんとも思わなかった。
いや、その辺りは、たぶん今でも変わっていない。
こんな風に、穏やかで甘さのある生活を始めたのは、リーアと出会ってからだ。
リーアは、イクスにとっての「特別」。
自分に「特別」ができるなんて、思ってもいなかった。
ふと、露店で魔石が売っているのを見つけた。
イクスはいくつか買うと、それぞれに魔法を付与した。
そのうちの一つをリーアに手渡す。
「きれい。これ、魔石?」
「そうだよー。身代わり魔法を付与しておいたから、いざという時は一度だけリーの身代わりになってくれるよ。まぁ、俺が一緒にいるときなら、使うことなんてないと思うけどねぇ」
「ありがとう!」
嬉しそうなリーアの前で、ボックスから取り出した革紐を魔石に結びつけると、それをリーアの首から下げた。
「それからこれはー、位置情報発信魔法を付与した魔石。もし、リーが攫われても、これをつけてればすぐに居場所がわかるからねぇ」
そう言って、また、革紐に括りつけると、今度はそれでリーアの髪を括る。
「うん。かわいいかわいい」
リーアの魔力を辿るのは簡単だけれど、もし魔力封じでもされた場合、これがあれば簡単に追跡できる。
まあ、これも、本当にいざというとき用なんだけれど。
「そろそろ疲れてきたんじゃない?明日から、俺は闇ギルドの仕事を受けるつもりだけど、リーはどうする?薬のストックでも作って待ってる?」
「うん」
「じゃ、そろそろ宿に帰ろうか」
リーアを抱き上げて、イクスは宿に向かった。




