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イクスの過去

このところ、なんだか起きてからもあんまり頭がスッキリしないことが多い。

寝汗をじっとりとかいていることもあるし、もしかしたら……いやたぶん、怖い夢を見ているんだと思う。

真夜中に、身体が重くなって、それがフワッと軽くなることもあるから、イクスさんが何かしてくれているんだとは思うけど。

デートという名の旅の後半から、帰ってきてからもずっとだ。

ただ、夢を見ているのだとしても、どんな夢なのかは全然覚えていないから、起きてしまえばどうってことはないんだけど、ちょっと身体は重い気がする。

でも、起きたときにいつもイクスさんがすぐそばで、優しい顔をしてくれているから、なんともない、そう思っていた。


でも。


たぶん、私は毎晩、ひどくうなされていたんだと思う。


ある朝、鍛錬を終えて、ちょっと食欲はなかったけどきちんと朝ご飯も食べ終えたあと、イクスさんが話があると言った。


いつもの飄々とした顔だったけど、眼差しは真剣で、何か大切なことを話すんだって、すぐに気がついた。


(出て行けって、言われるのかな)


ドキドキして怖かったけど、イクスさんの話は、私の予想とは全然違うものだった。


それは、イクスさんの過去の話。


「施設」と呼ばれる場所で暮らして、卒業するまでの数年間の話だった。

イクスさんの過去については、詳しく聞いてなかったけど、おおよその予想はついていた。

たぶん、師匠も同じところにいたんだろうってことも。

だから、ある意味、イクスさんが暗殺をメインとして教えこまれる場所で育ったことは、予想の範囲内だった。


ただ。


まだ子供のうちから、人を殺させられたこと。

イクスさんがそれに対して忌避感を持っていなかったことは、少し予想外だった。

リーアの中では、独り立ちして、隠密騎士になってから、人を殺すようになったのだと思ってたし、はじめの頃はイクスも忌避感を持っていたと思っていたから。

だから、人が目の前で死んでもなんとも思わない自分は、どこかおかしいのだと思っていた。


そして、卒業試験のこと。

仲間同士で殺し合わせるなんて。

あのイクスさんが追い詰められるなんて。

そして、左目を犠牲にして、相手を仕留めたこと。

相手は、多少なりとも躊躇して、イクスさんはしなかった。

それが、生死を分けた。


そのときに躊躇しなかったイクスさんを、冷たいとか怖いとかは思わない。

だって、そうしなければイクスさんが死んでいた。

人を殺すときは躊躇なく。

リーアだってそう教えられた。

ほんの一瞬でも迷えば、それが命取りになる。

そして、イクスさんは隠密騎士になり、今は隠密騎士を辞めて、リーアと一緒にいる。


もしかしたら、イクスさんは、リーアが人の死をなんとも思わないことを、自分のせいだと思っているのかもしれない。

でも、本当にそんなことはなくて。


もしも、旧国の王宮の納屋に住んでいた頃に、人の殺し方を知っていたら、リーアはとっくに自分を虐げてくる人たちを殺していたと思う。


それに、イクスもリーアも、それからたぶん師匠も、無駄な殺生はしない。

任務で人を殺すことや、毒薬を求められてそれを手渡すという、間接的な殺人はするだろうし、してきただろう。

でも、自分の快楽の為の殺人はしてきていないと、リーアは自信を持って言える。


初めて人の死に触れて、気持ち悪くなったりしないのは、たぶん、生まれ持った何かだ。

それは、今更変えようもない。

リーアが見ていただろう悪夢は、もしかしたら、リーアの倫理観みたいなものが、拒絶反応を起こしていたのかもしれないけれど。



「この傷は、俺が過去を忘れないためのものだよ。だから、これ以上、傷が消えなくてもいいし、見えないままでいい。ごめんね?気持ち悪いかもしれないけど」



薄く笑ったイクスの頬に、リーアは両手を伸ばして包み込んだ。



「気持ち悪くなんてないよ。この傷は、イクスさんが生きようとした証だから。人を殺すのも、全部、イクスが生きるために。それから私を助ける為に必要だったことだから、怖いとも思わないし、思ったこともないよ」


「リーの手は、あったかいね」



心の奥底で凝り固まっていた何かが解されたような気がした。



「リーも。これから先、俺と暮らしていく中で、また人を殺すかもしれない。でも、怖がらなくていいよ。それは、リーが生きるために必要なことだから」


「そっか。うん、わかった」



そうか。

たぶん、イクスははじめからこれが言いたかったんだと思う。

初めて自分の手を下して人を殺したことを、怖がらなくていい、と。

あの男を殺したのは自分だ、とはイクスは言わなかった。

リーアが急所を踏み抜くのとナイフが刺さるのはほぼ同時だったけれど、リーアも致命傷を与えたことには変わりなくて、イクスも、そのことをごまかすつもりはないんだと思う。



「俺たち、結構似てるよね」


「ふふ。うん、そうだね。うれしい」



幼いうちから人を殺すことを覚えたところが。

人の死に対して忌避感を持たないところが。

自分の身を守るために、躊躇なく人を殺せるところが。


育った環境は違うのに、二人はよく似ていた。

二人とも歪んでいて、二人でいると、その歪みがお互いピッタリとはまる。

きっと、出会うべくして出会った。


あの時。

王城が落ちたとき。

リーアを見つけてくれたのがイクスで良かった。

生かしてくれたのがイクスで良かった。


きっとこれからも、自分の身やイクスの身に何かあったら、きっとリーアはまた人を殺すだろう。

なんの躊躇いもなく。

でもそれは、大切なものを守るためで。


たとえ、世界中の人がその考えは間違っていると言っても、リーアは考えを変えることはないだろう。


それに、イクスとおそろい。

それだけで、何かが許されるような気がした。


イクスと話をした日から、リーアは寝起きに身体が辛いということはなくなった。

たぶん、怖い夢を見なくなったんだと思う。


これでいい。

リーアはこれからも、こうやって生きていくのだから。

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