左目の過去
イクス視点です
「リー、少し話しておこうかなって思ってることがあるんだけど」
朝の鍛錬と朝食を終えると、冷たいお茶を飲みながら、イクスはリーアを椅子に座るように促した。
「俺も、隠密騎士を辞められたし、これから傭兵や暗殺者として、主に闇ギルドからの依頼を受けて動くことが増えると思うんだけど、その前にして俺の過去についてリーに話しておこうと思って」
「イクスさんの、過去……?」
これまで、イクスの過去についてはほとんど話していない。避けてきたと言ってもいい。
リーアも、イクスがあえて話題にしないようにしてきたことに気がついているはずだ。
だからこそ、急に過去を話すと言い出したイクスに驚いている。
むしろ、聞いてしまってもいいのか、というような顔をしている。
「いつかどこかで耳にするかもしれないし、それなら、俺の口から話しておこうと思って」
そう言えば、リーアはこくんと頷いた。
「どこから話そうか。……そうだね、俺が施設に入れられてからにしようか」
イクスは、その優れた身体能力と、人より多い魔力に目をつけられて、半ば攫うように施設に入れられた。それでも、すぐに逃げようと思わなかったのは、このまま一人で生きていてもせいぜい冒険者にしかなれないし、孤児が一人で生きていけるほどの冒険者になるまで、長い時間がかかる。
冒険者ギルドの初心者用研修を受けるだけの金もなく、研修を受けられても、まず第一に、その日生きるための食糧を確保するのが難しかったからだ。
その点、施設にいれば食事と寝床は保証されると思った。
まぁ、そう思ったのも初めの頃だけで、訓練の一環で森の奥深くに一人で放り出されたり、食糧を与えられずに、定められた期間、真冬の山奥に放り出されたり、これなら一人で狩りをしていたほうが楽だと思うこともたくさんあった。
そうするうちに、狩りとは別に、殺しの技術を教えこまれるようになった。
最初は、小動物から。
それが大型動物になり、犯罪者になり、やがては簡単な任務として、暗殺に変わった。
殺しに対して、元よりなんの感慨もわかなかったイクスは、おそらく人として何かが欠落しているのだろう。
周りの子どもたちは、最初に動物を解体した時、そして、初めて人を殺したとき、吐いたり、泣いたり、うなされたり、様々な反応を示していた。
人としては、それが普通の反応なのだろう。
殺し方は、それぞれの個性や性格にあわせた方法で教えこまれていた。
それでも、基本は全員暗殺術だったけれど。
そして、施設側で一人前と認められると、卒業試験を受けて、闇ギルドや隠密騎士として、各場に振り分けられた。
イクスの卒業試験は、イクスと同レベルで、施設にいる間、何かとイクスに突っかかってきていた、一人の少年との勝負だった。
戦闘能力だけで言えば、ほぼ同格。
それでも、魔法力はイクスのほうが高い。
相手の獲物は鋼糸。
イクスはナイフ。
今ほど、認識阻害魔法の腕が高くなかったイクスは、攻撃魔法を放ちつつ、相手の鋼糸をかい潜り、ナイフを投げていたが、ほんの一瞬の隙を付かれて、首に鋼糸が巻きついた。
鋼糸はナイフでは切れないし、細くて逃れようもない。
ググッと鋼糸が喉に食い込む。
このままだと死ぬ。
そう思った瞬間、ほんの少しだけ鋼糸が緩んだ。
たぶん、相手のためらいだったのだと思う。
そのためらいを逃さず、イクスは身体をひねってナイフを相手の首に突きつけた。
首をかき切るのと同時に、鋼糸から手を離した相手はイクスが隠し持っていたナイフを手にして、イクスの左目を突き刺した。
イクスが相手に与えた傷は浅かったが、イクスの左目にナイフを突き刺したことで、たぶん、相手は勝ったと思ったのだろう。
拘束が緩む。
イクスは、左目にナイフが刺さったまま、振り返りざまに今度は相手のこめかみに、深くナイフを突き刺した。そのまま、首元の鋼糸を解いて、戦闘態勢をとる。
けれど、相手はもう、息絶えていた。
特に、仲間だと思ったことはなかった。
それでも、ずっと一緒に暮らして、同じように訓練に耐えてきた。
殺らなければ殺られていた。
イクスは、左目に刺さったナイフを引き抜くと、そのまま審判をしていた監督員にナイフを投げつけた。
「俺達は、お前らの玩具じゃない!」
監督員が倒れるのを見て、イクスはそのまま気を失った。
目が覚めると、左側の視界が塞がっていた。
それでも、見えないわけじゃない。
ベッドに横たわるイクスのそばには、施設長が無表情で立っていた。
「感情は殺せ。それが最後の教えだ。お前は卒業だ」
それだけ告げると、施設長は立ち去って、イクスは高熱にうなされ、そのまま、また意識を失った。
傷の手当は完璧にされた。
そして、左目を失ったまま、イクスは隠密騎士となった。
「これが、俺の過去。その後は、隠密騎士として、色んな任務についたよ。主には間諜と暗殺だね。
そして、リーに出会った」
イクスは言って、左目を覆う眼帯を外す。
「この傷は、俺が過去を忘れないためのものだよ。だから、これ以上、傷が消えなくてもいいし、見えないままでいい。ごめんね?気持ち悪いかもしれないけど」
薄く笑ったイクスの頬に、リーアは両手を伸ばして包み込んだ。
「気持ち悪くなんてないよ。この傷は、イクスさんが生きようとした証だから。人を殺すのも、全部、イクスさんが生きるために。それから私を助ける為に必要だったことだから、怖いとも思わないし、思ったこともないよ」
「リーの手は、あったかいね」
心の奥底で冷えて固まっていた何かが、解されるような気がする。
「リーも。これから先、俺と暮らしていく中で、また人を殺すかもしれない。でも、怖がらなくていいよ。それは、リーが生きるために必要なことだから」
「そっか。うん、わかった」
「俺たち、結構似てるよね」
「ふふ。うん、そうだね。うれしい」
こんな暗殺者に似ていることを嬉しいと言ってくれる。たぶん、イクスのせいで歪んでしまった哀れな子。
それでも、歪みながらでも、リーアの心に巣くっていた、人に誘拐されそうになり、そして殺したという現実は、怖いものではなくなったみたいだ。
(カウンセリングなんかとは程遠いけど、リーが楽になったなら良かった)
そしてその日以降、リーアが夜中にうなされる事はなくなった。




