薬師はうなされる
イクスの読み通り、リーアが熱を出したのは、その日の真夜中のことだった。
普通に湯浴みをし、着替え、一緒にベッドへ入って眠りに落ちた後。
イクスの見つめている隣で、まずは眉間に大きなシワが寄った。
次第に呼吸が荒くなり、額に汗が浮かぶ。
「うぅ……い、や……嫌っ」
明らかに悪夢を見ている。
どんな悪夢かまではイクスにはわからない。
精神干渉魔法でリーアの夢に潜ればわかるだろうが、対象に少なからず負担をかけるこの魔法は、出来ればリーアには使いたくない。
「リー、大丈夫。大丈夫だよー」
背中をあやす様にポンポンと優しく叩くが、効果はない。
イクスはボックスから、水薬を取り出した。
出発する前に、アンナから預かった安定剤だ。
虐待されていた頃に住んでいた場所の近くに行くというので、万が一を考えて持たせてくれたのだ。
まさか、こんなことになるなんて思いもしなかったけれと、もらっておいて正解だった。
「リー、口開けて」
リーアは荒い呼吸を繰り返して僅かに口を開けているが、このまま飲ませれば口から溢れてしまうだろう。
気管支に入って咽ても困る。
イクスは、リーアの身体を少しだけ起こすと、安定剤を口に含んで、リーアに口移しで飲ませた。
リーアの喉がコクンと動いたのを確認して、また寝かせる。
しかし、薬を飲ませてしばらくたっても、リーアは魘され続けている。
あやしても駄目。
となると、起こすか、夢に潜るかの二択になる。
起こしても、再び寝付いたときに悪夢を見ないとも限らない。
(仕方がない、か)
イクスはリーアの額に手を置いて、ゆっくりとリーアの夢に潜った。
リーアは逃げていた。
昼間歩いた大通りの雑踏の中を、たった一人で。
誰もリーアのことを振り向かないし、声もかけてこない。
リーアは裸足だ。
足元には屍で埋め尽くされている。
追ってきていたのは、何体もの死体と、数年前に見た、旧国の王女たち。
リーアに石を投げ、手を伸ばし、髪をつかもうとしている。
そこまで見て、イクスは夢に干渉した。
リーアの目の前に立って、その小さな身体を抱き上げる。
追手は、魔法でその姿を消す。
そこでやっと、リーアと視線が絡んだ。
「イクス、さん……」
「リー、頑張ったね。もう大丈夫だよー」
「怖かった……ありがとう」
リーアが泣きながらイクスの肩に顔を埋める。
ポンポンと背中を叩いているうちに、リーアは静かになった。
夢の中の世界が歪み始める。
悪夢が消えた合図だ。
イクスはさっきと同じようにゆっくりと、リーアの夢への干渉をやめた。
まだ眠っているリーアの頬には涙の跡が残ってはいるが、呼吸も落ち着いているし、もう大丈夫そうだ。
イクスはリーアの身体を優しく抱きしめたまま、眠りについた。
しかし、リーアの悪夢はこの日だけで終わらなかった。
翌日、リーアは悪夢を見たことを忘れているのか、心配させないようにしているだけなのか、何事もなかったかのように、元気いっぱいに過ごしていた。
もうそろそろ、二人で住んでいる家に着くということも、リーアの心境を明るくしている原因かもしれない。
家についたのは、日も暮れかけている頃だった。
とりあえず、リーアに湯浴みをさせている間に、ササッと簡単な夕飯を作る。
リーアが湯浴みを終えたら、二人で食事をした。
「アンナのところ、いつ行く?」
「今日はもう遅いよね?明日の方がいいかな」
確かに、もう日は暮れているが、旅先でのリーアのことを考えると、今日行っておいた方が安心かもしれない。
「いや。アイツなら起きてるでしょ。今から行こうよ」
「迷惑じゃないかな」
「だーいじょうぶ、だーいじょうぶ」
イクスはリーアを抱き上げて、認識阻害魔法をかけると、そのまま外に出てアンナの家に向かった。
アンナの家は、思った通りまだ明かりが灯っていた。
たぶん、結界に入ったことに気がついたのだろう。
玄関からアンナが出てきた。
「師匠!」
「あら、リーア。おかえりなさい。旅はどうだった?」
「市場がすごかったです!それで、私、師匠にお土産を買ってきて」
「あら?私に?嬉しいわね、ありがとう。とりあえず、中には入りなさいな」
促されて、リーアと二人でアンナの家の中に入る。
ちらっとイクスと視線を絡めたアンナは、リーアに優しく言った。
「リーア。薬草園からこの紙に書いた薬草を摘んできてくれるかしら。お茶にすると美味しいの」
「わかりました。すぐ行ってきます」
リーアが薬草園へと出ていくと、アンナはイクスに向き合った。
「それで、何があったの?」
「リーが誘拐されかけて、自分で対処するのと俺がとどめを刺したのは同時くらいだけど、その日の晩かなりうなされた。もらってた安定剤が効かないくらい。もしかしたら、これから先も魘されるかも。リーが人に直接危害をくわえたのは、初めてだったろうから」
「普段は、いつも通りなのね?」
窓から見えるリーアの姿を、アンナは気遣わしげに見ている。
「そうだね。驚くくらい普通」
「深層心理に傷が残っちゃったかしら。とりあえず、安眠出来る薬は渡すわ。あとは、カウンセリングでもできたらいいんだけど……」
「出来るかどうかはわからないけど、俺が話してみる。俺が殺した暗殺者たちの遺骸の始末も、手伝ったくらいだから、色々歪んだはずだ。歪んでる俺にどこまで直せるかはわからないけど、やってみる」
「もし、無理そうなら私も手伝うわ」
パタン、とドアが開いて、リーアが戻ってきた。
「ありがとう。じゃあ、お茶をいれるから、少し休んでて」
「はい。あ、師匠、その前に。これ、お土産です!」
「あら、素敵なストールね。大切に使わせてもらうわね」
アンナは受け取ったストールをその場で身につけると、キッチンへと向かった。
「喜んでもらえてよかったねぇ」
先程までのアンナとの話なんて欠片も匂わせず、イクスはリーアを膝の上に乗せた。
それから、戻ってきて呆れた顔をしたアンナと三人でお茶を飲むと、イクスはアンナから薬を受け取って帰途についた。
眠る前には必ず安眠剤を飲ませるようにしたが、それでも三日に一度ほどは、必ずうなされる。
あれ以来、夢への干渉はしていなかったが、イクスはリーアが寝付くとリーアベッドに入り、柔らかく抱きしめて、リーアが落ち着くまで頭を撫で続けた。
(やっぱり、一度話してみるか)
イクスは、そっと左目の眼帯に触れた。




