狙われた薬師 〜イクス視点〜
リーアと楽しくお土産選びをしていたが、イクスは途中からこちらを追う視線に気がついていた。
(まだしつこく追手が来てる?それにしても、随分あからさまに視線を向けてくるけど……)
イクスにかけられていた懸賞の噂を聞きつけた、駆け出しの暗殺者か。
それならまぁ、ありえなくもない。
とはいえ、こんなに気配を隠せていないなんて、いくら駆け出しとは言っても暗殺者失格だけれど。
まだ、気がついていない様子のリーアにそっと追手の存在を伝えて、店の陰に入ると同時に認識阻害魔法をかけた。
これで、すくなくともリーアの姿は認識できなくなるはず。
この時のイクスは、狙われているのは自分だとばかり考えていて、珍しく別の可能性を見逃していた。
そのことに気がついたのは、視線を向けていた相手の目の前に立った時だった。
いるのは屋根の上だが、暗殺者と言うには明らかに不向きな普通の冒険者崩れの服装。
顔は隠しているけれど、暗殺者に多い黒系統の服ではないし、余計な武器も多い。
どうみても、冒険者崩れ。
一斉にイクスに襲い掛かってくるかと思いきや、屋根の上にいた男たちは一斉にバラバラに逃げ出した。
(逃げる?なぜだ?)
はっ、と奴らの目的に気がつく。
(しまった。盲点だった……!)
逃げ出した男たちを確実にナイフで仕留めながら、リーアと別れた場所まで全速力で向かう。
リーアの姿はなかったが、リーアの魔力の気配を追うと、すぐ近くに女の子ものの小さな靴が片方落ちていた。
少し先に、もう片方。
間違いない。
リーアの目印だ。
リーアの魔力を追って数分もしないうちに、裏道に倒れる身体の大きな男と、片足を上げるリーアの姿を捉えた。
イクスのナイフが刺さるのと、リーアが全力で男の股間を踏みつけるのは同時だった。
思わず、イクスまで股間がヒュッとなる。
イクスに気がついたリーアは、痺れ薬が舞ってるから来ないほうが良いという。
なるほど、痺れ薬で男を無力化したのかと、納得がいく。
リーアが投げてくれた解毒薬を飲み干して、リーアの元へと下りる。
失敗だった。
リーアと離れるべきではなかった。
リーアが極上の美人なのはわかっていたのに、人攫いに狙われる可能性を見逃していた。
リーアの話では、認識阻害魔法は作動していたようだが、それまでにいた場所から当たりをつけて、見えないなりに攫うのに成功したようだ。
リーアは怯えてはいなかったが、足元が気持ち悪いらしく、色々なもので湿っている足の裏をモゾモゾさせている。
リーアの靴下を脱がせて、元々買ってあったリーア用の柔らかい革靴を履かせると、ようやく落ち着いたようだった。
リーアが怯えていないとは言え、いつまでも死体のそばにいるのは良くない。
リーアの精神面を考えても良くないし、誰かに見られても面倒だ。
イクスとリーアは、そのまま表通りの人混みに混ざった。
リーアは、たぶん人を殺したのは初めてだろうに、まったく動揺している気配はない。
いや、とどめを刺したのはイクスだからかもしれないが。
あえて、そのままリーアの気をそらすように、アンナの土産を選び始める。
アンナは自分で稼いでいて、経験も研究書も豊富で、何がいいか、リーアは真剣に悩んでいる。
2年と少し一緒に暮らしていたからか、アンナの好みは分かっているみたいだが、リーアの所持金で買えるもので、アンナが満足してくれるだろうものが、なかなか見つからないようだ。
イクスが思うに、アンナなら、リーアが選んでくれたものは何でも喜ぶだろう。
たとえばイクスだったら、何でも嬉しい。
でも、リーアはそう思わないみたいで、悩みに悩んだ結果、イクスに買ってくれたマフラーと同じ生地のストールを買った。
納得がいく物を買えたリーアはご機嫌だ。
その後は、二人で買い食いしてから、来る途中にも寄った隠れ家に向かうことにした。
イクスだけなら、今日中に現在の住処にしている家に帰ることも可能だが、リーアにはあまり無理をさせたくない。
体力的なことはもちろんだけど、精神面で今日のことがまったく影響を与えていないとはいいきれない。
いくら、今普通の様子でも。
確かに、リーアは自分側に堕ちて来ているとは思う。
現に、今も肉の串焼きにかぶりついている。
普通なら、初めて人を殺したあとは食欲がわかないどころか、肉など見たら気分が悪くなるものだ。
仕留めたのは確かにイクスのナイフだろうが、リーアの金的潰しだって、充分致命傷だっただろう。
子供の体重と侮ってはいけない。
全体重と勢いをつけて押しつぶされたら……
死にはしないまでも、かなりの重傷。
おそらくは治癒魔法も無意味だろう。せいぜいが止血する程度だ。
そもそも、人はあまりにひどい痛みを受けるとショックで死ぬこともある。
そのことに気がついているかどうか。
いや、金的を潰される痛みを想像できなかったとしても、急所を攻撃されたらどうなるか。
そして、その急所が治癒魔法では治らない器官だということは、アンナの元で薬師の勉強をしたリーアならわからないはずもない。
人が、痛みや精神的なショックで死に至ることがあるということも、おそらく学んではいるはず。
リーアの作った痺れ薬だって、筋肉や神経を麻痺させるものなら、いずれは呼吸ができなくなったはずだ。
イクスの考えでは、たぶん、まだ実感していないだけだ。
これまでだって、リーアは毒薬を作ってきたし、闇ギルドに売ってもいる。
売ったということは、それが使われることも理解しているだろう。
ただ、直接自分で手を下した訳ではないから、実感できていないだけで。
今日のことは、誘拐も含めて、後からリーアにショックを与えるだろう。
イクスはそんなことなかったけれど、施設にいた子どもたちも、初めて人を殺めた時には熱を出したりしていた。
イクスの心の中で、人を殺した事実が僅かなりとも自分に影を与えたのは一度だけだ。
人として何かが欠落しているだろうイクスでも、人を殺めることがどれだけ重い経験になるだろうかは予想がつく。
ニコニコと、肉の串焼きを食べ終わって、りんご飴を食べ始めたリーアを、さり気なく観察した。
手は震えていないし、顔色もいい。
(だとしたらやはり、夜か)
イクスはリーアのテンションにあわせて、食べて遊んで隠れ家へ向かった。




