隠密騎士は叱られる
イクス視点です
朝、目覚めたリーアが、アンナのところへ行きたいと言い出したときは、すごく焦った。
やはり、昨夜はやりすぎたか。
リーアはもう、自分と暮らしたくないのか。
そんな考えが一瞬のうちに頭をかけめぐった。
でも、そうではなくて、リーアはただアンナに会いたいだけみたいだった。
もしかしなくても、たぶん、昨夜のことを相談しに行きたいんだと思う。
リーアには友達がいないし、いたとしても同年代の友達では、話が合わないだろう。
ぶっちゃけて言ってしまえば、イクスはリーアには友達なんていなくていいと思っている。
アンナは仕方ないけれど、リーアの世界にいるのは自分だけでいい。
そんな、仄暗い欲求が常にある。
それはともかく。
流石に昨日はやり過ぎたかもしれない。
不可抗力だった、とも思っている。
気づかなかった自分が迂闊なんだけど、まさかアンナに媚薬を盛られるなんて思ってもいなかった。
イクスには毒や媚薬に対して耐性があるから、あの程度で済んだとも言える。
リーアがおとなしく寝ててくれれば、イクスだって何もするつもりはなかった。
自分の部屋でそっと自己処理するつもりだったのだ。
なのに、まさか自分が渡した官能小説を読んでたなんて。
いざ手を出してみれば、リーアはとんでもなく可愛くて、ついつい意地悪をしてしまった。
それでも、最後までしなかったのは、リーアが大人の体になるまで待つ、と心に決めているからだ。
まぁ、途中でリーアが気絶してしまったことも大きいけれど。
リーアは、食事中はどことなくぎこちなかったけれど、アンナの家につく頃にはいつもどおりに戻っていた。
離れてからそんなに経ってないのに、リーアはアンナに会えたことをすごく喜んでいた。
女同士だし、2年とはいえ毎日一緒に暮らしていたわけだし、懐いているのは仕方ないとわかっているけれど、やはり少しだけ面白くない。
それでも。
仕事に入れば、イクスの頭の中からはそういったモヤモヤや昨夜のことなんて頭の奥にしまいこむ。
自分を殺して、周囲には何も悟られないように、ただ淡々と任務をこなす。
最近になってやっと、隠密騎士団長と宰相、陛下の三人から、引退を認めるような言葉が出るようになった。
それでも、少なくともあと半年は続けることが条件だ。
それから、これまでの任務について情報を漏らさない、という契約を交わすこと。
まぁ、当然のことだろう。
これまでの任務について話さなくたって、闇ギルドや裏の世界ではイクス──シュバルツは有名人だ。
自分で言うのもなんだが、腕の良さには一目置かれている。
まあ、隠密騎士を辞めたところで仕事に困ることはない。
リーアと離れている間に、だいぶ金もたまった。
いつでも旅立てる。
(あーでも。リーにも少し護身術を教えておいたほうが安心かな)
何しろ、リーアはとんでもない美人だ。
まだまだ幼いけれど、それでも。
だから、何かで自分がそばにいられない時に、身を守る最低限の術は教えておいたほうがいいだろう。
そんなことを考えながら、夕方、アンナの家に行くと、リーアはアンナと二人で夕飯を食べていた。
「おかえりなさい、バルさん」
「おつかれ」
二人に声をかけられる。
「アンタも、食べていくでしょ?」
「あー、そうだね」
アンナの目が、話がある、と言っている。
たぶん、昨夜のことだ。
これは、逃げられない。
いや、そもそも、媚薬なんて盛ったアンナにだって責任はあると思う。
夕飯を済ませると、アンナがリーアに調薬をするように指示した。
(リーアのいない場所で話したいってことか)
そりゃ、そうだろう。
リーアがいなくなると、珍しく、アンナがイクスにお茶をいれてくれた。
昨日のこともあるので、匂いと味を確かめてから頂く。
今日は何も盛られていないようだ。
「心配しなくても、今日は何も入れてないわよ」
「念の為、ね」
二人でソファセットに腰掛けると、アンナはズバリ切り出してきた。
「襲ったって?」
「あー、いや……うん」
やはり、その話だった。
「そもそもさ、俺に媚薬盛ったり、変な風に唆すのが悪いよ」
「まぁ、そこは私も責任感じてるわよ。でも、アンタならどうとでもなると思ってたんだけど」
確かに。
普段なら媚薬を盛られたら、身体のどこかに傷をつけて正気を保つ。
昨日それができなかった、いや、しなかったのは。
「正直、ちょっと限界だったし。ちょっとくらい、リーアも俺のことで悶々とすればいい、くらいに思ってたんだよ」
「それだけじゃないでしょ?」
「お見通しかよ。実は、家に帰ったらさ、リーアが官能小説読んでて、それが恥ずかしかったらしくて、服の下に隠してたんだよ。そんなの見ちゃったらさ、ちょっと味見してもいいかなって気になっちゃって」
「気持ちはわからないでもないけど、そもそも、その官能小説渡したのはアンタじゃない」
ごもっとも。
下心ありで渡した。
まさかこんなに早く、効果を発揮するとは思わなかったけど。
「で?リーアは途中で気を失ったって言ってたけど、どこまでしちゃったの?」
「……味見、だよ」
そう。
まさに、味見。
アンナはその言葉で悟ったらしい。
「でも、反省はしてないみたいね」
「まぁね。リーアには将来的なこと考えると、慣れてって貰わなきゃいけないし」
「それにしても、早すぎたんじゃない?」
「けしかけといてよく言うよ」
「でも、あの子泣いたんじゃない?」
確かに、リーアは泣いた。
でも。
それでも続けたのは。
「拒否してるならやめたよ。ただ、慣れない快楽に戸惑ってるだけなら、やめる理由がない」
「なるほどね。ま、でも。ちゃんと考えてあげなさいよ?あの子がまだ一桁年齢だってこと」
それを言われると弱い。
確かに、一桁年齢の女の子に手を出すなんて、立派な変態だ。
愛情があればいいって話じゃない。
「反省します」
「そうね」
話はそれで終わって、そのあと、どうでもいい話をしているうちに、調薬を終えたらしいリーアが下に降りてきた。
「リーア、終わったの?」
「はい、師匠」
「じゃ、それ持って帰っていいわよ。あなたの作ったものだし」
「え?でも、素材は師匠のものだから……」
「いいのいいの。今回は特別」
「はい。ありがとうございます」
リーアは本当に素直で良い子だ。
「あ、そうだ。せっかくアンナもいるから今のうちに話しとくけど、あと数ヶ月くらいで今の仕事辞められそう」
「あら、そうなの?」
「その後は、どうするの?旅に出る?」
「いや。もう少し、リーアと二人で暮らしたいし、旅に出るのは早くて半年後くらいかな。準備もあるし」
「じゃあ、わたしも出来る限り薬のストック作っておくね」
そう言うリーアの頭を撫でる。
「そうしてもらえる?いい子」
リーアは、にひゃっと笑み崩れた。
昨夜の扇情的なリーアもいいけど、やっぱり年相応で、イクスにだけ見せてくれる笑顔もいい。
「可愛いね、リー」
それは、昨夜もさんざん囁いた言葉。
リーアも思い出したのか、頬を染めた。
「じゃ、そろそろ帰る?」
「うん。師匠、ありがとうございました。食事も、ごちそうさまでした」
「どういたしまして。また、いつでもいらっしゃい」
「はい!」
嬉しそうに答えるリーアを抱き上げて、フードを深く被せると、俺は玄関を出た。
「じゃ、またね」
「アンタも、程々にね」
「はいはい」
軽く答えて、闇の中に紛れる。
リーアは特に何も言わず、俺の首に手を回している。
でも、何か言いたそうに口がモゴモゴしている。
「ん?どしたの?リー」
「えっと、その……今日もするのかなって」
(この子、ほんとに俺の理性崩しに来るよね)
「今日はしないから、安心して」
「ん……」
安心とも不満ともどちらともつかない声で、リーアは答えた。
「モヤモヤしても、自分ではしないでね?それは、俺の役目だから」
「? 自分で?」
「わかんないならいいよー」
家に着き、リーアを風呂に入れると、俺はため息をついた。
こんな悶々とした夜を、あと何回越えればいいのだろうか、と。




