新米薬師、取引をする 2
R15含みます
不快に感じられる方は、読み飛ばしてください
二人目の客は、どうみても男性だった。
リーアは深くフードをかぶっているし、認識阻害魔法で、ある程度大人の女性に見えるようにしてもらっているけれど、そのせいなのか、客はジロジロと無遠慮にリーアを見てきて、特に胸のあたりなんかは舐めるように見てきた。
正直、ものすごく気持ち悪い。
師匠のところにいる時も、たまに師匠に会いに来た客で、そういう人はいた。
まだ子供のリーアの身体を、舐め回すように見てくる人。
師匠は大抵の場合、客が来ると、リーアを調薬室に行くようにしてくれていたけど、それでも、そういう人はいた。
嫌だな、と思ったその時、隣からブワッと何かが客に向かうのがわかった。
冷たいみたいな、鋭い何か。
目の前の客が青褪めたのを見て、それがイクスの殺気だとわかった。
「何がご入用?話を進めないなら、帰るけど」
リーアも冷たく言うと、男はハッとしたように、まだ青い顔のまま、口を開いた。
「持続時間の長い、避妊薬がほしい」
避妊薬。
だいたいそう言うのを欲しがるのは、娼館(師匠に教えてもらった)の主人か、妾をたくさん囲っていて、さらにそれとは別で愛人までいる貴族や金持ちか、あるいは、性奴隷を買っている人だ。
女性なら、愛人のいる貴族とか。
基本的に、貴族は結婚するまで純潔は保つもの、とされているらしくて、婚姻前にそういう行為に及ぶことはほとんどないらしい。
だから、うっかり婚約者を孕ませちゃった、とか、うっかり孕んじゃった、なんてことはほとんどないのだとか。
逆に、平民は結婚前でもそういう行為をしても構わないし、その結果妊娠して、それから結婚ということも往々にしてある、らしい。
だから、平民が避妊薬を欲しがるときは、子沢山だから、これ以上増えないように、と言うときくらいなんだけど、平民は子供が増えすぎると間引きするらしいし、何より、この店を利用することができない。
イクスに聞いた話によると、この店を経由してリーアや師匠を指名依頼するだけで、庶民の1年分の生活費が飛んでいくらしい。
それはそれとして。
持続期間の長い避妊薬を依頼された場合。
リーアは、生涯妊娠しないような、強力な避妊薬も作れるし、在庫もある。
男性用も女性用もだ。
けれど、師匠からは、依頼されたのが女性用だった場合には、売らないように言われている。
女性用の生涯避妊薬はとても身体に負担がかかるものだし、それを置いておいても、何回かに分けたほうが、何度も依頼を受けられるからだ。
男性用のものは、そんなに身体に負担がかからないし、余程の覚悟なのだろうから、売ってもいいと言われている。
だから、先に聞く。
「女性用?男性用?」
「女性用」
はい、鬼畜けってーい。
この人はどうみても娼館の主人というよりお貴族様だし、そもそも娼館の主人と言うのは女性が多いのだ。
自分はなんの負担もなく、女性にしたいだけシて、妊娠しないようにしたいなんて、鬼畜なのだ……師匠に言わせれば。
「持続期間が3ヶ月の物と、半年のものがあるわ。
3ヶ月のものなら、金貨3枚。半年のものはその倍。
ちなみに、半年のものは、飲んだあと、副作用でしばらく寝込むことになるわ。どっちにする?」
「高いな」
鬼畜にはふっかけていいと、師匠からお許しが出てる。
「効果は間違いないわよ?」
「……わかった。3ヶ月のものを」
男の言葉に、リーアはボックスから、小瓶を取り出した。
飲まされる側の女性のことを考えると、本当はこんなことしたくないけど、女性側だって、こんな鬼畜の子供は生みたくないだろう。
愛人とかなら、もしかしたら、男の赤ちゃんを産んで、正妻の座に、と狙っているかもしれないけど。
ただ、この薬は味をごまかしていないので、なんの薬かは分からなくても、薬を飲まされたことだけはちゃんとわかる。
「どうぞ」
リーアの渡した小瓶を灯りに透かすようにして見た男は、側についていた使用人らしき男から皮袋を受け取って、その中から金貨3枚をリーアに渡した。
リーアは、それをボックスの中に放り込むと、にこりと、営業用の笑顔を向けた。
フードでほとんど見えていないだろうけど。
「ご利用ありがとうございました」
男が個室を出ていくと、リーアは、ハァッと息を吐き出した。
別に、難しい客でもないし、嫌な視線も最初だけだったし、特に何ということもないのだけど、なんだかすごく疲れた。
「おつかれー、リー。ああいう客は、面倒くさいねぇ」
「うん。でも、またあの人は客として会うことになるだろうけど」
リーアが眉をしかめると、イクスはクスクス笑った。
「それにしても、リーに向けたあの視線はムカついたな」
「気持ち悪かった」
「だよねぇ」
殺っとくかな、と小さな声が聞こえたが、リーアは聞こえないふりをした。
「リー。俺、明日はちょっと昼から夜までいないから、昼飯と夕飯は一人で食べられる?寝る時間にも帰れないと思うけど」
「……うん、平気。調薬して、本読んで時間つぶして寝るから」
「ありがと。リー、いい子」
たぶん、リーアの痩せ我慢なんて、イクスにはバレバレなんだろうけど、イクスに頭を撫でられて、ちょっと気分が上がった。
「もう、ちっちゃい子供じゃないし」
「ふふ。うん、そうだねぇ」
それから二人は個室を出て、前回のように飲み物代だけ払って、店を出た。
出る時に、マスターがコソッとイクスに耳打ちをしていたな、と思ったら、新しく「レッド・アイ」に渡りをつけたい人が何人かいるらしい。
「ほんとに、名前が売れてきたねぇ」
「早く師匠みたいになりたい」
「腕前だけなら、もう並んでるんじゃない?」
腕前だけなら。
それはつまり、その他の面──たとえば取引だったり、そういう事ではまだ師匠には追いついていないということだろう。
事実、イクスがいないと、怖くて夜に取引なんて出来ない。
それに、腕前でも、師匠にはまだまだ追いついていないと思っている。
「早く大人になりたい」
大人になったからって、すぐに師匠みたいになれるとは、もちろん思っていないけど。
少なくとも、夜一人で置いて行かれることを心配されることはなくなると思う。
「んー、リーにはゆっくり成長してほしい気もするし、早く大人になってほしい気持ちもあるかなぁ」
大人になれば。
きっと、イクスは大人のキスもその先もしてくれる。
だけど、大人のキスだけなら。
リーアは自分を抱き上げているイクスの腕を掴んだ。
「ん?どした?リー」
「大人のキス、したい」
精一杯勇気をだして言うと、イクスはピタリと歩みを止めた。
「んー。リー、あのね?前に、大人のキスして、その後大変なことになったの、覚えてる?」
もちろん。
忘れるはずがない。
あんなの、初めての体験だった。
「別にいいの。それでもしたい」
イクスは、あ~、とか、うー、とか言って顔を逸らしていたけど、最後にはリーアの顔を見た。
「俺がどこまで我慢できるか、わからないからね?」
「うん」
むしろ、我慢なんてしてほしくない。
でも、それを言ったら、本格的に困らせることもわかってる。
イクスは建物の影に入ってリーアを地面に下ろすと、クイッと指でリーアの顔を上げさせた。
「目、閉じて、口開けて」
言われるがままにすると、するりと口内に舌が入り込んでくる。
ゾワッとした何かが背筋を走る。
この感覚は、嫌いじゃない。
むしろ、好き。
イクスの指が、耳をくすぐる。
ゾワゾワが、耳から全体に広がっていく。
(ん、気持ちい……)
コクッと喉が鳴った。
それを合図にしたみたいに、イクスの唇が耳に移動した。
耳朶を舌が這い、中へと侵入してくる。
ぐずぐずに甘やかされたリーアは、イクスの手が身体を這っていることにすら気が付かない。
カクッと膝が折れたのを、イクスはしっかりと抱え直した。
「はい、今日はここまでー」
少し掠れた声に、リーアはぼぅっと聞き惚れる。
「イクスさん……」
「ダメダメ。そんな可愛い顔して可愛い声出したって、これ以上はしないよー」
そんな顔をしていた自覚はないけど、イクスから、多分、色気と呼ばれるものが滲み出ているのがわかる。
「色っぽい……」
「えー?俺?」
まったく、と言って、イクスは少し笑った。
その眼が、ギラリと光る。
「お仕置き」
言葉と、首筋に噛みつかれるのは、ほぼ同時だった。
吸い付かれたことはあるけど、噛みつかれるのは初めてだ、と思う。
じわっとした、痛みのような、痛みではない感覚。
「俺が、リーが大人になるのを待てなくても、俺のせいじゃないよね。これはもう、リーのせいだよね」
よくわからないけど、リーアが大人になるより先に、イクスとそういう関係になるかもしれない。
それは、ものすごく魅力的な未来だった。




