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師匠に連れられて、ギルドに挨拶回りをしてから約1ヶ月。
あれから師匠のツテで、ちょこちょこ調薬の依頼は来ていた。
指折りの薬師である「グリーン・アイ」の薬には手が出せなくても、ほぼほぼ同程度の効果を発揮する、弟子の「レッド・アイ」の薬なら、価格的にも手が出しやすく、それなのに効果は抜群ということで、リーアへの依頼は日に日に増えていた。
それと同時に、その腕前が認められ、リーアの調薬したものも、そこそこ高値で取引されるようになった。
今では、国内の商業ギルド、国内外の冒険者ギルドと闇ギルドで、「レッド・アイ」の名前を知らない者はモグリだと言われるほど……だそうだ。
師匠に言われた通り、最終試験の後も、リーアは時間ができると新しいレシピを考えては試し、いくつかの新薬や解毒薬、それと毒薬も開発していた。
この中で、特に「レッド・アイ」の名前を有名にしたのが、解毒薬だ。
通常、解毒薬は毒薬のレシピが解らなければ、調薬出来ない。
それは、もちろんリーアも同じだ。
しかし、リーアは、現存する毒薬の中で解毒薬がないと言われているものを解析し、或いは、魔獣の毒に対する解毒薬をいくつも開発した。
純粋な薬師としての仕事の他にも、師匠に連れられて、あらゆる怪我人や病人の治療に積極的に取り組んだし、これまでは随行が許されなかった、出産にも立ち会い、医師や産婆としての知識も身に着けた。
患者の血液の解析も、その頃教えてもらった。
リーアの治癒魔法は、結構便利らしく、いいように利用されないよう、それでいて役に立つように師匠がしっかり教えこんでくれた。
そして、今夜。
リーアは初めて裏の世界に足を踏み入れる。
最初は、師匠が連れて行ってくれることになっていたんだけど、それを知ったイクスが、自分も同行すると言ってくれたので、三人でのお出かけになった。
師匠は、闇ギルドにだけ顔を通しておけばいいと思っていたみたいだけど、リーアがあまりにも有名になってしまったので、仲介する人を通さなければ、リーアには接触できないようにすることになった。
なにせ、リーアはまだ9歳だ。
各ギルドのギルド長たちは、もちろんリーアの顔や年齢を知っているけれど、その情報は秘匿されている。
子供だと思って、侮られたり、脅されたり、誘拐されたりしないように、ということらしい。
本当は、国から、研究所に来ないかと誘われていたみたいなんだけど、それは師匠がうまく断ってくれた。
国としては、優秀な人材の囲い込みと、危険な毒薬を作る危険人物の監視が目的だったみたい。
師匠がそう言っていた。
それを躱せたのは、ひとえに師匠の権力があったからこそだ。
国としても、無理に「レッド・アイ」を国に縛り付けて、師匠である「グリーン・アイ」の不興を買いたくないのだ。
国内屈指の腕利きである「グリーン・アイ」が、もしも国に見切りをつけたら。
王族の暗殺だって増えるかもしれないし、王族が困った時に助けてもらえなくなる。
それが怖いらしい。
(師匠って、ホントにすごい人なんだなぁ)
知っているつもりではいたし、イクスが預けるくらいだから、信用できる人なのだとは分かっていたけれど、国を相手取って、ノーとはっきり言えて、それが通るなんて、余程のことだ。
それはともかく。
夜の町に出るのは、初めてだ。
初めてのときにイクスにそばにいて貰えるのは、すごく嬉しい。
二人に連れられてやってきたのは、下町の小さなお店。
お酒を出す店で、夜しか営業していないらしい。
そして。
お酒を出す店というのは建前で、本当は、裏の仕事を指名依頼したい時に、繋ぎを取ってくれるお店なんだそうだ。
だから、これから、もし例えば誰かが暗殺を企んでいて、それを闇ギルドにも知られたくない場合とか、闇ギルドに依頼するほどではないけれど、確実な効果が出る薬を欲しい人が出てきた場合は、このお店のマスターを通して、リーアに連絡が来ることになる、らしい。
マスターは、商売柄か、さすがにリーアのことを知っていた。
だから、今日三人で来た理由もすぐに分かったみたいだ。
厳つい顔だし、顔に大きな傷もあるし、無愛想だけど、何にも言わないのにリーアにりんごジュースを出してくれたから、多分いい人なんだと思う。
「で?どこにするんだ?」
「もう、私のところは卒業して出ていくから……」
なんの話かわからないけど、リーアのことらしい。
師匠は横目でイクスを見ている。
イクスも、師匠の言葉を引き取って口を開いた。
「俺のとこ。あー、だけど『レッド・アイ』専用の窓口作ったほうがいいから、これ使って」
イクスがマスターに差し出したのはした、1枚の紙。
複雑な模様が書いてある。
たぶん、魔法陣ってやつだと思う。
「それなあに?」
「転移魔法陣だよ。生き物は転移させられないけど、連絡取るための紙程度なら、送れるから」
そう言って、リーアにも同じものを渡す。
「別に構わんが、直接会うとなると、子供だとまずいんじゃないか?」
「あー、それね。大丈夫。俺が認識阻害魔法で見た目をちょーっと変化させるから」
「そこじゃない。取引出来るのか?」
どうやら、リーアがちゃんと相手の言うなりにならないように交渉出来るかどうかを心配されているみたいだ。
言葉が少なすぎてよく分からなかったけど。
でも、それについては──
「あら、私の弟子よ?仕込んでるに決まってるじゃない」
そう。
交渉術も、しっかり師匠から教わっている。
それに多分。
「この子一人で夜の町に出すわけないでしょ?俺が近くにいるようにするから、平気」
やっぱり。
イクスが守ってくれるらしい。
その事に、ホッとする。
「ふん。とりあえず、『レッド・アイ』への渡りをつけたいって依頼は、既に何件か来てる」
まさか、この店に顔を出す前から依頼が来ていたとは思わなかった。
「どうする?受ける?」
「……依頼者の中に、医師や薬師は?」
リーアが尋ねると、マスターはちょっとだけ表情が変わった。
たぶん、驚いてるんだと思う。
「依頼者の中には、身元を隠してるやつもいるが、宮廷薬師もいるな」
「あー……」
師匠とイクスの声が重なる。
その気持ちもわかる。
だって、魂胆がミエミエなんだから。
「その人については、会いません。お断りしてください。それから、今後も同業者については、一切お断りしてください」
「ふん」
この、ふん、と言うのはマスターの口癖なんだろうか。でも、ただ返事をしているだけという感じで、嫌な気持ちにはならない。
「出来るだけ急ぎ、という案件が二つ。後は、興味本位みたいだから、対応は任せる」
「じゃあ、その二つだけ受けます」
「いつ?」
イクスの言葉に、マスターは何でもないように答える。
「両方とも、早ければ早いほどいいが、日時は合わせるそうだ。待ち合わせ場所なんかについては後で送っとく」
「りょーかい」
イクスがお金を出そうとしたが、祝いだ、と言われて、お金は受け取ってもらえなかった。
基本的に依頼者が、依頼料と、それに付随するやり取りについての料金と手数料を出す仕組みらしい。
だから、イクスが出そうとしたお金は、純粋に飲食代だ。
「さ、今夜はもう帰りましょ?これから、どんどん忙しくなるわよ?」
師匠が手を繋いでくれたけど、それをペイっと離して、イクスがリーアを抱き上げた。
「これでもう、リーアは卒業でしょ?なら、明日からはもう俺のとこで暮せば良くない?」
「だって。どうする?リーア」
「師匠にはまだ教えてもらいたいことが沢山ありますけど、私もバルさんと暮らしたいです」
「はいはい、ごちそうさま。じゃ、明日から少しずつ引っ越しの準備をして、終わり次第コイツと暮らすといいわ。あ、そう言えば、大切なこと忘れてたわ。あなた、薬草園持ってないでしょ?ギルドに採取依頼をかけてもいいけど、お金の無駄だから、コイツの家のそばに作っちゃいなさい。苗はあげるから。
あと、薬草園の薬草が育つまでは、今ある薬草をボックスに入れて、それで凌ぐといいわ」
「師匠……!ありがとうございます!」
リーアはふにゃふにゃになるほどの笑顔になった。
薬草園がないと、採取が大変だな、と思っていたのだ。
「じゃ、俺も休暇取るから、明日から数日で終わらせちゃおう」
リーアはイクスに頬を合わせて、感謝の気持ちを伝えた。
こうして、リーアはとうとう一人前の薬師として動き出した。




