初めてのお祝い 2
朝起きると、外はまだ薄暗かったけど、ここに来てからリーアはいつもこれくらいの時間に起きていたから、特に眠いとも思わなかった。
一緒に寝たはずのイクスの姿は、ここにはない。
(どこにいったんだろう。帰っちゃったのかな)
キョロキョロしていると、ふわりとカーテンが揺れて、イクスが窓から入ってきた。
「あれぇ?リー、もう起きてたの?」
「うん。いつもこれくらいの時間に起きるから」
「そっかー。でも、今日はリーの誕生日だし、もう少しゆっくり寝ててもいいと思うよ」
確かに、アンナからは今日は薬師の仕事はお休みだと言われている。
でも、何となくまた寝る気にはなれなかった。
せっかくイクスが前みたいに側にいてくれるのだ。
寝てしまうのはもったいない気がした。
「寝ない。イクスさんは、どこに行ってたの?」
「んー、ちょっと鍛錬……身体を動かしてきたんだよ。仕事のための練習って言ったらわかりやすいかな」
(イクスさんほど強くても、ちゃんと練習するんだ)
「ところで、リーは外国語の勉強は順調?」
「うん。アンナさんが丁寧に教えてくれるから。今は、発音と、簡単な手紙くらいなら書けるようになったよ」
「リーは相変わらずすごいね。いい子」
褒められて、リーアの顔がふにゃりと綻ぶ。
師匠も、よく「いい子」と褒めてくれるけど、やはりイクスに褒められるのが一番嬉しい。
リーアにとってイクスは、「恩人」で「先生」で、それから、「特別な人」だ。
イクスになら、何をされてもいいし、イクスが側にいてくれるなら何でもするし、イクスが嬉しいとリーアも嬉しいし、イクスの嫌なことはリーアの嫌なことだ。
自分は多分、イクスがいないとまともに生きていけないと思う。
アンナの家にいる今でさえ、イクスが時折会いに来てくれるし、自分が薬師として一人前になったら、二人で旅ができるから、またイクスと暮らせるから、だから、頑張れる。
「それじゃ、アイツも起きてるみたいだし、俺たちも支度しておはようの挨拶しにいこっか」
「うん」
リーアは、頷いてベッドを出ると、クローゼットからワンピースを出して、ハタと手を止めた。
着替えるためには夜着を脱がなくてはならない。
でも、たとえ相手がイクスでも、異性の前で服を脱いではいけないと、イクスから教わっている。
でも、他に着替える場所もないし、どうしたものかと思っていたら、イクスがクスクスと笑った。
「ちゃーんと、俺の言ったこと守れてるんだね、いい子。俺は部屋の外に出てるから、リーアも着替えたら出ておいで。一緒に下に行こう」
「うん」
イクスは部屋の外に出たけど、ちゃんと廊下にイクスの気配がある。
普段なら、イクスはいつも気配を消しているけど、たぶん、リーアを安心させるために気配を消さないでいてくれてるんだろう。
リーアは、イクスを待たせたくなくて、急いで着替えて髪の毛を括ると、部屋のドアを開けた。
「あ、着替え終わった?じゃ、ちょっと部屋に戻ろうか。せっかくの誕生日だし、髪の毛もキレイに結ってあげる」
「髪?結うの?」
「そうだよー。リーの髪を結ってあげたくて練習したんだー」
(私のため……)
心の中が、嬉しいでいっぱいになる。
鏡の前にリーアを座らせて、イクスは手慣れた様子でリーアの髪を複雑に編み込んでいく。
「リーの髪は、相変わらずキレイだねぇ」
「そうかな」
「うん。キレイだし、サラサラ。はい、出来たよ」
鏡に映る自分は、見慣れなくて、でも少しだけ大人っぽく見えた。
「気に入った?」
「うん」
「じゃ、今度こそ下に降りよっか」
当たり前のようにイクスに抱き上げられて、階段をおりていくと、朝食の準備をしていたらしいアンナは、少し呆れた顔をした。
「シュバルツ。アンタ、さては夕べからいるわね」
「当たり前じゃん。リーアに一番におめでとうっていうのは俺に決まってるんだから」
「まったく……リーア、おはよう。それから、誕生日おめでとう」
「おはようございます。それから、ありがとうございます」
アンナはリーアの髪型を見て微笑んだ。
「可愛い髪型ね。少しだけお姉さんになったみたいよ」
アンナに褒めてもらって、少し照れくさい。
「さ、顔を洗ってらっしゃい。もうすぐ朝ごはんが出来るから。今朝は、リーアの好きなオムレツがあるわよ」
オムレツ、と聞いてリーアは浮き立った。
イクスに下ろしてもらって、急いで顔を洗いに行く。
アンナの作るオムレツは、イクスの作るそれとは少し違っていて。中がトロトロで、それからフワフワしてて、すごく美味しいのだ。
(それでも、イクスさんの作ったものの方が好きだけど)
リーアにとって、イクスは特別枠なので、何があろうとイクスが一番なのだ。
顔を洗って戻ってくると、テーブルの上にはちゃんと三人前の食事が用意されていた。
なんだかんだいっても、やはりアンナはイクスが夜中から来ることを見越していたのだろう。
アンナの焼いた白パンと、オムレツとサラダにスープ。
白パンなんて、アンナの世話になるまでリーアはたべたことなかった。
イクスが言っていたように、この国では白パンは貴族階級や、裕福な商人たちが食べるもので、庶民は黒パンが主流なのだ。
でも、アンナが金に困っていないこともあるのかもしれないが、アンナは自分で白パンを焼くため、リーアも時々食べるようになった。
白パンは、フワフワで柔らかく、甘みも多かった。
とは言え、イクスに初めて食べさせてもらった黒パンの方が、リーアには美味しく感じられるのだけど。
パンの焼き方も、アンナに教えてもらったことの一つだ。
果物を発酵させたものを使って作るのだけど、成型までは出来ても、焼き加減がリーアにはまだ難しい。
早く、自分でも作れるようになって、イクスに食べてほしいと思っている。
「朝からあんまりガッツリ食べられないと思って軽くしたけど、お昼と夕ごはんは腕によりをかけて作るから、楽しみにしててね」
アンナの言葉に、白パンを齧りながらリーアはコクコクと頷く。
ちなみに、今口の中にあるパンは、イクスが口元まで持ってきてくれた物だ。
リーアにとって、イクスに何か食べさせてもらうことはそんなに珍しいことではないけど、アンナは少し呆れた顔をしていた。
パンに付けている木苺のジャムも、アンナの手作りで、これは、リーアも作れるようになった。
ただ、砂糖は高いから、イクスと二人で暮らすようになっても作れるかどうかはわからないけど。
(あ、でも、イクスさんはいつも色んなものをプレゼントしてくれるから、やっぱりお金持ちなのかな)
モグモグ食べながら、リーアは考える。
でも別に、もしもイクスがお金持ちじゃなくても、リーアは全然気にしない。
薬師として一人前になれば、リーアだってそこそこお金を稼ぐことが出来るようになるだろうし、特別贅沢をしたいとも思っていないから。
全員が食べ終わって、話したり遊んだりして昼ごはんを食べて、夜になっていつもよりずっと豪華で手のこんだ夕食を食べ終わると、アンナがリーアに、布袋に入った物を手渡した。
「お誕生日プレゼントよ。リーアにこれから必要になるものにしたの」
開けてみると、調薬に必要な道具1式が入っていた。
とは言え、さすがに鍋などは入っていなかったけれど、薬研やスリ棒、すり鉢、試験管などはしっかり入っていた。
「独り立ちするまでは、私のものを使えばいいけど、いつか一人前になったら、それを使ってね」
「ありがとうございます!」
リーアは一つ一つ確認して、大事に布袋に戻すと、当たり前のようにイクスに預けた。
アンナが苦笑していたけど、理由はわからない。
アンナにおやすみなさいを言うと、リーアはまたイクスに抱かれて、部屋に戻った。
「寝るまでいてくれる?」
「もちろん。リーが起きたときにはもういないけど、リーが寝付くまでは一緒にいるよ」
「ありがとう。おやすみなさい、イクスさん」
「おやすみー」
こうして、リーアの初めての誕生日祝いの日は終わった。




