凄腕薬師に弟子入りします 3 〜イクス視点〜
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(かーわいいなぁ)
イクスは、自分があげたぬいぐるみと服を抱きしめて眠っているリーアを、小さな笑みを浮かべながらその髪をそっと梳いて寝顔を眺めていた。
「今日も頑張ったんだろうねぇ。いい子」
起きてしまわないように、そっと額にキスを落とす。
昨日別れたばかりだけど、イクスは早々に仕事を終わらせると、リーアが寝付いただろう時間を見計らって様子を見に来ていた。
敢えて、自分を思い出すように選んだ、黒く瞳の赤いウサギのぬいぐるみと、普段着。
リーアはそれを大事そうに抱きしめている。
(いい具合に俺に溺れてるみたいだねぇ)
想定通りの展開に大満足だ。
「ちょっと、夜中にレディの部屋に忍び込むもんじゃないわよ」
「よぉ、アンナ。うちの子、優秀でしょ?」
アンナがひっそりとリーアの部屋の入り口に立って声をかけてきたが、イクスは、アンナの言葉を無視して話しかけた。
だって、リーアはイクスのもの。
別に夜中に訪れたって構わない。
「まったく…気配を殺しもしないで来るなんて、私に何か言い残したことでもあった?」
「んー、今日のリーアの様子と、修行の進捗を聞きにね。ま、それはついでで、リーアの顔を見に来たのが一番の理由だけど」
「そうね……正直、かなり驚かされたわ。短期間で詰め込まれたにしては、アンタが教えたことをしっかり覚えて自分のものにしてるし、今日私が教えたことも自分なりに理解して吸収してたわ。
施設にも入ってないのにあの年齢であそこまで薬を作れるのは大したものね。
それより、聞いてないわよ。あんなに魔法のレベルが高いなんて」
(あー、そう言えば魔法については詳しく話してなかったっけ)
リーアは、治癒魔法と4属性の初級魔法ならば、無詠唱で発現させることができる。
知らない魔法でも、やってみせて仕組みを教えてやれば、大抵のことは出来るようになる。
グダグダ理論を教えるより、やってみせてやらせてみせる方が、リーアの場合は早く身につくのだ。
「いくら、生活魔法に近いとはいえ、ボックスを、簡単な説明と見ただけでサラッとモノにしちゃうんだもの。驚いたわ」
「リーアの凄さは、俺から説明するより見た方が早いかな、と思って。ホント、潜在能力高いよね」
「そこに、学ぶ意欲と努力を厭わない性格。私じゃなくたって弟子にしたがる人は多いでしょうね。
実際のところ、なんで私に預けたの?」
アンナに預けることを決めたのには、いくつかの理由がある。
リーアを隠し、守り育てるだけの実力と権威があること。
リーアの正体に興味を持たないだろうこと。
自分と敵対していないこと。
そして何より。
「女だから、かな?リーアをいい女にしてくれそうだし、手を出すこともないでしょ?」
「当たり前じゃない。はぁ、まったくアンタって男は……」
それからしばらく、部屋を移してイクスは今日リーアが教わって、できるようになったことを聞き出した。
薬師や魔法師としてだけではなく、生活能力についてもだ。
「やっぱり、アンタに任せたのは正解だったな」
「私は、あんな素直ないい子がアンタみたいな男に捕まっちゃって、可哀想にと思うけどね」
「他の奴に渡す気はないよ」
少し冷たい声で言えば、わかってるわよ、と呆れた声で返ってきた。
「じゃ、そろそろ行くよ。リーアにはくれぐれも今夜のことは秘密にしてねー」
「はいはい」
そのまま窓を開けると、イクスは暗闇に溶け込むようにアンナの家から出た。
この辺りにある一番近い隠れ家に向かう。
(今夜は、湯浴みしようかな。少し疲れたし)
もう、遅い時間だけど、ゆったり身体を休めたい。
裸になることは、無防備になることなので本当は避けたいのだが、疲労を蓄積しても良くないし、不味いポーションで体力だけ回復しても休まった気がしない。
今日は久々にアサシンとしての仕事だったので、返り血は浴びるようなヘマはしていないが、のんびりとリーアのことを考えながら過ごしたい。
別に、今更人を弑すことに罪悪感も躊躇いも特別な感情は一切ないのだが。
数ヶ月ぶりに訪れた隠れ家は、少し埃っぽかった。
詠唱の代わりに指を鳴らして清め魔法を発動させると、サッと綺麗にする。
保冷庫の中は空っぽで食糧はないが、普段から持っている携帯食糧で十分だし、物足りなければボックスの中に何かしら食べ物が入っていたはずだ。
イクスは元々の魔法量が多くボックスも広いため、ポイポイと放り込んだまま忘れているものも結構ある。
確か、結構前に晩餐会の料理人に紛れたときに、拝借した料理をいくつか入れた気がする。
「早く1人前になってねぇ、リー」
報告を聞いた限りだと、やはり3年はかからないだろうが、また二人で過ごせるようになる時期は早ければ早いほどいい。
現職の引退についても、コツコツと、でも着実に準備を進めている。
金さえ貯まれば、いざという時は、適当な死体を見繕って幻惑魔法をかけ、死んだことにしてしまえばいい。
(そう言えば、俺と離れてから一日しか経っていないのに、リーアは随分ふっくらしたほっぺたしてたな)
特に何も言っていなかったが、アンナが滋養のあるものを食べさせたのか、それともやはり、料理のレパートリーが自分より多いからなのか。
もしくは、さり気なく栄養素の高い薬を飲ませているのか。
(この分だと、割と早く普通の平民並の体つきになるかもねぇ)
それはそれで大歓迎だ。
ただ、リーアの体を作り上げるのが、自分ではなくアンナだというのは、少し面白くないが。
ふと、寝ていたリーアの首元に自分があげたネックレスが光っていたのを思い出す。
あれは、リーアの身を守るものであり、大切な虫よけだ。
(今度行った時にでも、他の魔法も付与しておこうかなぁ)
明日は、仕事の時間的にリーアの顔を見に行ける時間はなさそうだ。
(次に行けるのは、明後日以降か。本当は一瞬でも目を離したくないけどねぇ)
湯浴みと食事を終えると、そんなことを考えながら、イクスは眠りについた。