第一部
スタンも自慢の剣でジャイアントバットを切り裂いた。
「吸血タイプじゃねえってんなら……とおりゃっ!」
リザードマンならではの筋力や俊敏性を活かし、次々と仕留めていく。
「さすがスタンだな。戦うことに関してだけは、天才だ」
「その『だけ』ってのは何だよ? ニス」
そうしてスタンたちがモンスターを引きつけている間に、モーフィは錬金魔法の準備を済ませた。ジャイアントバットの群れは赤い煙に包まれる。
「#$%&ッ!」
それまで機敏だったジャイアントバットの動きが、やけに鈍くなった。目をまわしたように宙でふらついては、ひっくり返る。
「これはコンフュージョン(混乱)か? モーフィもやるではないか」
「#$%&」
敵の群れはもはや格好の的だった。スタンとニスで数を減らし、とどめにはドラゴンネオのエルロイが十八番を披露する。
「あとは僕がやります、さがってください! ハアァーッ!」
高熱のブレスが残りのジャイアントバットを一気に焼き尽くした。
スタンは剣を納め、余裕を浮かべる。
「まっ、こんなもんかな。すげえじゃねえか、エルロイ。火を吐けるなんてよ」
「ドラゴンネオの仲間がこれほど心強いとは……」
ニスからも賛辞を受け、エルロイは照れながらも謙遜した。
「ハハハ……スタミナを消耗しますから、せいぜい一度の戦いで一回が限度なのですが」
「モーフィの魔法もあるし、おれたち、割といいパーティーなんじゃねえ?」
先ほどの戦いに確かな手応えもあって、スタンたちは意気投合する。
付き合いの長いスタンとニスの息が合うのは当然、モーフィのサポートもタイミングがよかった。また、エルロイは槍とブレスで中距離をカバーできる。
「錬金系統の魔法にあまり攻撃的なものはないそうだが」
「#$%&」
「そんなこと言うなよ、ニス。モーフィが怒るだろ」
おかげで、ジャイアントバット程度のモンスターに苦戦する道理もなかった。
「それより……あの女性が見当たりませんね」
「ん? ……おっと、忘れてたぜ。変な女を追ってたんだっけ」
スタンたちはモンスターの奇襲を警戒しつつ、塔の階段を昇っていく。
「いたぞ、スタン。あっちだ」
リザードマンのご令嬢はおぼつかない足取りで、スタンたちの少し先を進んでいた。こちらには気付きもせず、黙々と歩くだけ。
階段の脇には看板が立っていた。
『宝石姫の滑稽な最期はこちら。あなたも笑えるはず!』
意味がわからず、一同は首を傾げる。
「……笑える、だって?」
「あと少しで最上階のはずです。行きましょう」
さらに昇ると、半壊した扉があった。これも『広間』のものと同じく昔は豪奢なものだったらしい。蝶番も外れ、向こうから冷たい風が吹き抜けてくる。
その先は誰かの私室だった。とうに朽ちているとはいえ、箪笥やベッドなどから、部屋の主の立場や生活を窺い知ることができる。
「こんな高いとこに住んでたってか? おれの婆ちゃんじゃ昇れないぜ……」
「小生の祖父も無理だな」
壁の一部は大きな鏡となっていた。扉や家具は壊れている中で、その鏡だけは目立った破損もなく、先ほどの女性を映している。
真正面からそれを見て、リザードマンの令嬢は急に狂乱し始めた。しきりに丸い頭を撫で、何かを引っ張ろうとする。
「な、なんだ?」
「様子がおかしいですね……」
大声で喚き散らしているようだが、声は聞こえなかった。
そして窓へと近づき、それを乗り越えようとする。
「いかん! やめろ!」
咄嗟にニスが手を伸ばすも、彼女に触れることはできなかった。
女は身を投げ、塔の下まで落ちていく。
「……………」
スタンたちは絶句した。窓から見下ろせば、再び立ちあがるのが見える。
「彼女は小生の手をすり抜けたのだ。実態がない、ということは……」
背筋にぞっと震えが走った。
「じ、冗談だろ? 幽霊だなんて……ハッ、ハハハ」
スタンは青ざめ、慌てて窓から離れる。
鏡の前でモーフィが小さなものを見つけた。
「#$%&」
「大分傷んでますけど、靴ですね」
エルロイに『靴』と言われて、スタンも気付く。
「あの女の持ち物ってか?」
「それにしては小さすぎるぞ。履くのが子どもならまだしも……」
見たところ、その靴は彼女のドレスに合わせてのものらしかった。だが、さっきの女性の足とはサイズが一致しない。
特にリザードマンは脚力に優れる分、足が大きかった。
スタンたちだけで考え込んでいても、答えは見つかりそうにない。
「……腹も減ったし、今日はこのへんで切りあげるか」
「僕も賛成です。陽が暮れては、動きづらくなりますから」
「#$%&」
踵を返そうとしたところでニスが提案した。
「やはり一度ブライアン殿に聞いてみてはどうだ? 石碑のこともご存知だったんだ」
「それしかねえか。ここには長いこと住んでるみたいだし……」
話しがてら一行は塔を降りていく。
その途中で令嬢の幽霊とすれ違った。延々と身投げを繰り返しているのだろう。
『宝石姫の滑稽な最期はこちら。あなたも笑えるはず!』
あの看板は彼女を嘲笑っていた。