第18話 声
数日前から自分の足で歩いているような感覚がない。何処か世界を達観した第3者視点のような…そんな他人事のような感覚だ。ロキは薄く微笑んだ。前のような暖かみのあるような笑みではなくどこか諦めた笑みである。もしこの場にラキがいたら「これが属言うに闇堕ち!」と大騒ぎしていたことだろう。生憎、彼に突っ込めるような強者はこの場には存在しなかった。
俺は…きっと…君のところには行けないだろな。
陽だまりような笑みを浮かべるラキを思い浮かべてはロキは笑みを歪ませた。俺は実の弟、義母も、愛などというしがらみに囚われ続けていた無能な父親も。
全て消してやる。
激情に囚われ…己を見失っていたロキには「復讐」という2文字以外に頭が浮かび上がらなかった。心の中のラキは「止めて!」と泣いているように思える。
止めるなんて…そんなのは出来ない。君を失って…長い間親愛を持っていた弟に裏切れ…側近兼親友を失い…もう全てが嫌になった。投げ出したい。壊して…もう楽になりたいんだ。私は…もう疲れた。
「私が行くのはきっと地獄だろうな」
ロキは己の磨いた剣を構え、その写った歪んだ己の顔を見た。…もう一度やり直せるなら…今度こそ。
君を守れるくらいに強い男になろう。
まぁ今度があれば、がな。自嘲気味に笑う。ラキ…私に出会わなければ…君には多くの出会いも未来もこれから人生が大きくあっただろう。
それでも…俺は君に出会えたのは奇跡だと思う。私の数少ない幸福の一部であった。君が隣にいたあの頃の自分は確かに笑えていた。幸せ、だと思えていた。
「ロキ殿下、ご用意できましたか?」
「あぁ、できている。今すぐ行く」
家臣の声にハッと顔を上げ、ロキは前に進んだ。本日はヘルトの誕生日会である。今回ばかりはチェリー王妃も何もする気配がなかった。だからこそ、ロキにとっては一生一隅のチャンスでもあった。ヘルトの誕生日会の終われば、ヘルトの意思確認に移行される。そのときは王族、準王族(婚約者ら)しか立ち入れない審判の間で儀式が執り行われる。…そのときだ。彼らを撃つなら。そこで殺す…その後は…自分も。
そうすれば、直系の王族は全員死んだことになる。国は幾許か混乱するだろうが…三大侯爵らもいるしな。
どうにかなるだろう。別にロキも全てを投げ出したいだけで世界を全ての人間を不幸などにする気はない。と、いうか別にどうでもよかった。自分が死に、この世界がどうなろうと…預かり所知らぬ状態なのだ。
「誕生日、おめでとう。ヘルト」
「ありがとう、兄さん」
このときばかりは日頃から無表情で良かったと思う。無表情でも勝手にあっち側が平常運転だと思ってくれるからだった。しかし、ヘルトはそんなロキの姿に少し眉毛を下げて「先に言っておくね」とよくわからない前置きをしてながら、苦笑いを浮かべる。
「ごめんね。僕、あの人に逆らえなかった」
意味不明な言葉を思わず顔を顰めると、話は以上と言わんばかりにヘルトはロキに背中を向けて歩いた。あの人とは…チェリー王妃のことだろうか。チェリー王妃に逆らえないとは…母親だからか?しかし、今更謝られてところで何かが変わる訳ではない。ロキは諦観した様子でその誕生会を見届けていた。
「これでは、ヘルト殿下の誕生会を終了せていただきます。王族の方々は審判の間まで」
いよいよ意思決定の儀式である。ロキは静かに歩みを進めた。少し横目で様子を見て…少し目が止まる。気のせいか。一瞬、ラパオが見えた気がしたのだが…。彼は1週間の暇を出したはずだ。こんなところには。
いや、今はそんなことなど。首を振り、ロキは目の前のただ出来事と目標に足を進めた。
審判の間はその名に相応しい厳かな雰囲気を感じ、教会のような作りをしていた。真ん中には玉座、後ろには天秤を持った女神の像があった。玉座には、陛下と王妃が座り、陛下の隣にロキが立った。ヘルトは玉座の手前に膝付き頭を垂れ、少し顔を上げた。
「…して、ヘルト。お前の意志を聞かせてくれ…」
「私は…」
ロキはヘルトが意志を口開く前に刀を抜き、ヘルトに向かったが…カキンという音がなっただけだった。
周りの王や王妃が目を丸くし、ヘルトは少し顔を青くさせていた。…ロキの剣はヘルトに向かわず、ヘルトの手間で止められたのだ。どこから現れた?もしや…ヘルト専属の隠密の輩だろうか。グッと険しい顔をしながら1歩後ろに下がり、体勢を整える。
よく見ると、侍女の姿を身に纏ったものであった。しかし先程の剣さばきといい…ただの侍女でないな。
どうしようか。これでは一家心中など夢のまた夢になってしまう。本来の目的を果たせずになりそうだと少し焦っていると、驚きから戻ってきた王妃がはっとして声を上げようと口を開く。
「え、衛兵を…ひっ!!」
そんな王妃の真横を1本の短剣が通り過ぎる。軌道からしてそれは例の侍女からであった。何がしたいんだ?この侍女は。そこでふと、ロキはヘルト「あの人には逆らえなかった」という声が思い浮かんだ。
なんで…いま…そんなことを思い出しているんだ。
「呼ばれては困るのですよ…そうお互いにね」
なんで…その声は…。ロキは一瞬して混乱に陥る。ロキが混乱に陥っている間にその侍女は衣装を一気に剥がし、代わりに一人の令嬢が現れた。ロキの前には蜂蜜色が広がる…まさか…まさか…なんでここに。
「ラキ・マ・シェリ!ただ今参上です!」
凛とした声に、差し込んできた太陽の光が艶ある蜂蜜色の髪に意志の強い蜂蜜色の瞳。全てが彼女だ。
「ラキ嬢」
掠れた声で彼女を呼ぶことしたできない。ふと、彼女は振り返り眉毛を思っきり下にした顔をしていた。
「帰り遅くなり、申し訳ありません。ロキ殿下」
しかも剣まで止めてしまったし…苦笑いしながら話を進めている彼女を見て…思わず右目から一筋の涙が零れた。ラキ嬢のところに1歩1歩近づき、彼女を抱きしめる。「え?へ!殿下!」と彼女には珍しい上擦った声が耳元を擽る。それが今この上なく幸福だと思う。
「おかえり、ラキ嬢。」
恐る恐るといった感じで私の背中に彼女の暖かみある手の温度を感じる。自分の抱擁に彼女も応えてくれようとしているんだと思うと…思わず笑みが零れる。
「な、何故…ラキ嬢あなたが…」
暫く抱擁した後、王妃の動揺した声が響く。彼女は私との抱擁を解き、女王の前に立つ。抱擁が解けたのは少し物足りないさを感じながら彼女の隣に立った。




