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黎明と踊る  作者: 野良丸
飾章
13/23

2

 姫様と彼に就寝の挨拶をしてからドアを閉める。いつもより遅い時間。窓から見える月を見て思う。歩き出す。階段を降り、外廊下を通って居館へ向かった。城で働く女性が暮らす居館。

 一室の前にたつ。ノックをすると、すぐにドアは開いて、私服姿のエルマさんが立っていた。少し珍しい姿。彼女は真面目で、朝から軍服を着込んでいるから。

「遅くなって申し訳ありません」

「今までお仕事だったのでしょう? それに、お呼びしたのはこちらです。あなたが気になさることではありません」

「ありがとうございます」

「さぁ、どうぞ、入ってください」

 部屋にはいる。私の部屋より広い。一人部屋だから、余計にそう感じるのだろう。

 言われるままに椅子に腰掛けた。エルマさんはキッチンに立って紅茶をいれてくれているようだった。仄かに甘い、良い香り。テーブルに置かれると、より一層香った。

 一口飲む。今の今まで冷たい空気に触れていた唇が、熱を敏感に感じ取った。

「美味しいです、本当に」

「ありがとうございます」

 エルマさんとは大分長い付き合いだけど、世間話をするような仲ではない。早々に話を切り出す。

「話というのはフラットさんの?」

「はい。念のため、彼には注意をしていたほうがよろしいかと思います」

「どういうことですか?」

「普通の人間は、いくら容姿が整っていようと、十歳程の女児に愛欲を感じたりしません」

「愛欲、ですか。姫様を治すために必要なことだと聞きましたが。それに、最後の一線は越えないと約束されたのでしょう? 破れば間違いなく極刑です。彼がそこまでの狂人だと仰るのでしたら、返す言葉はありませんが」

「では、どうしてあの方法に行き着いたのでしょう。常人に、あんな方法が思い付くでしょうか。彼が嘘を言っているとは私も思っていません。謁見の間で彼の身体を見ました」

「身体?」

「今まで姫様に付けられた無数の傷痕、それによってまともに動かなくなった身体の節々。それを見て、恐ろしくなりました。姫様ではなく、彼が。穏やかな表情で話す彼が、恐ろしくてたまらないのです。愛欲に狂っているわけでないというのなら、尚更。彼はおかしい。表面に出ていなくとも、どこか、大事な部分が、決定的に狂っているように思えるのです」

 気付けば、喉が乾いていた。さっき飲んだばかりなのに。カップに触れようとして、手が震えていることに気が付いた。なんだろう。怖い? 彼が? そんなことはない。絶対に。

「以前の彼は、今と違ったのですか?」

 声が震えた。恐怖じゃない。怒りだった。

「違いました。彼の抵抗で、兵が二人殺されました。口調も今のように穏やかではなく、凶暴性を感じるものでした。しかし、今のような狂気は感じなかった」

「それなら、彼を狂わせたのは、私達なのかもしれませんね」

 エルマさんが顔を上げた。驚愕の表情。そんなに驚くようなことをいっただろうか。言ってない。当然のことしか。

「私達の都合で彼の大事な人を奪い、そのうえ危険人物として見る。そのようなことは、私にはできません。例え、彼が本当に狂人であったとしても」

 それだけ言って、立ち上がる。部屋から出たとき、エルマさんが私を呼んだ。反射的に足が止まった。振り向きたくない。そんな私の願いを聞いてくれたみたいに、背後で、小さな軋みと共に、ドアが閉まった。



――姫様の代わりを探さねば

 そんな声が聞こえた。目を開くと、花に囲まれて眠る姫様がいた。振り返る。大人がたくさん。その中に王もいた。

 みんな涙を流していた。

 でも、誰一人、姫様を見ていなかった。

――しかし代わりなど――――

――このままでは隣国との関係が――――

 隣を見て、周囲を見て、一度は止まった涙をまた流す。

 意地でも泣いてやるものか。そう思った。それでも、涙は流れた。大人たちと同じになった気がして、必死に涙をぬぐった。

 ようやく涙が止まった。顔をあげる。

 私も、大人達のなかにいた。

 離れた場所に、横たわる姫様の前に立っているのは彼だった。

 周りの大人たちが私を見た。

――代わりを探さねば――――



 ノック。返ってきた声は、彼のものだった。

「おはようございます」

「おはよう」

 彼は窓の前に立っていた。外を眺めていたのだろうか。そういえば、一応だが、彼の立場は一兵士のはずだ。

「朝礼にはでなくてもよろしいのですか?」

「朝礼? 兵士の?」

「はい。毎朝、この時間に、宿舎となっている尖塔前で行われていますよ」

「初耳だ。まぁ、行けるときは行くよ」

 行かない人の言葉だった。

「立場は兵士というだけで、実際は姫様の付き人と思っていた方がいいのでしょうか」

「付き人ってほどいつも側にいるつもりはないよ」彼は笑って言う。

「とはいえ、剣術訓練とかは無理かな。身体が悪くてね。あぁそうだ、この城に射撃場ってある?」

「はい。もしよろしければ、後でご案内いたします」

「ありがとう。お願いするよ」

「射撃の経験がおありなのですか?」

「まぁね」と彼は笑顔のまま答えた。兵士が二人殺されたという話を思い出した。

 そのやり取りで目が覚めたらしく、姫様がベッドのなかでみじろいだ。うにうにと動く様子を眺める。

「止めなくていいの? とてもじゃないけどお姫様っぽくないことしてると思うけど」

「寝起きくらいは、まぁ」

 動きが止まって、ゆっくりと上体が起きた。寝ぼけ眼。彼を見て、それから私を見た。

 今朝の夢を思い出して、気付けば、その身体を抱き締めていた。耳元で、短く息をのむ音。困ったように両腕が動いているのが伝わってきた。そのうち、両手が背中に触れた。指先が、爪が衣服にくい込み、肌に痛みを与える。不意に、両手が離れた。僅かに振り向くと、彼が姫様の手を掴んでいた。

「どうしたの?」姫様の声。困っているみたいだった。

「私は、あなたを、姫様――、ノエリア様の代わりだなんて思っていません。何があっても、私はあなたの味方です」

 言いたいことが伝わったかは分からない。でも、姫様は頷いてくれた。

「君は、いい人なんだね」

 背後で、彼がそう言った。


 朝食の後は勉学の時間となる。専属教師に一言言ってから部屋を出る。彼が廊下で待っていた。

 並んで歩き出す。彼がここにいる理由を知っている人はとても少ない。おそらく、給仕では、私と両親だけ。兵や親衛隊も、せいぜい隊長クラスくらいだろう。そのためか、彼はとても目を引く存在となっていた。

 ふと気付いて、隣を見上げる。

「銃はお持ちですか?」

「いや、持ってないよ。姫様のところに銃なんて持ち込んだら射殺されかねないからね」

 彼は笑いながら言う。笑えない、と心で思ったけど、表情は勝手に笑みを作っていた。

「射撃場には置いてないの?」

「確か、なかったかと思うのですが、あまり立ち寄ることがないため、正確とは言えません」

「それはそうだね。メイドさんが射撃訓練なんかするわけない」

「そうですね」

 小さく笑い合う。今度はちゃんとした笑みだったと思う。

 話しながら階段を降りていく。踊り場で曲がったところで足を止めた。階下に、久しぶりに見る顔。

「嬢ちゃん。久しぶりだな」

 白衣は着ていなかった。よれよれのスーツを着て、手にコートを持っている。

「先生。どうしてここに?」

 しかめ面。

「呼ばれたんだよ、国王に。正確にはノイエスの野郎だがな。そんで、その原因はそこにいる坊主だ」

 顎で指された彼はにこやかに笑う。

「引き受けたんだね。あんなに嫌がってたのに」

「条件は追加させてもらったがな。お前の怪我を診るだけで、今と比べ物にならないほどの給料が入る。面倒なやりくりもしなくていい。楽な仕事だ」

 そう言ってから、しかめ面を若干和らげて私を見た。

「そんなわけで、今日からまたこの城に世話になる。と言っても、城の常駐医は今までどおりだから、嬢ちゃんとは顔を合わせることは少ないかもな。俺は庭の小屋に住むつもりだから、あそこらへんの掃除はしっかり頼むぞ」

 言われなくてもしっかりする。ムッとした顔を隠すために、一つ頭を下げた。頭を上げると、先生は、立ち去ろうと片足を引いた状態で私を、私達を見ていた。睨むみたいな目。そのうち、意地の悪い笑みを浮かべた。どんなことを言うのか予想ができた。

「随分、仲良さげに喋ってたな。意外に思ったが、そんなこともないか。フラットと嬢ちゃんなら、気も合うはずだ。ま、せいぜい、お姫様に嫉妬されない程度に仲良くやれや」

「姫様は嫉妬なんかしないよ」

 立ち去ろうと歩き出した背中に彼の声が飛ぶ。笑い混じりの返事だった。先生は振り向いて、また、意地悪く笑った。

 それからの話題は、自然と、先生のことになった。ここに来る前、先生の診療所でお世話になったということ。意外と――、いや、そんなこともないかもしれないけれど、先生は患者さんに人気があったらしい。

「別に良い人ぶってるわけじゃなくて、あのまんま。口は悪いし、無愛想だし、怒鳴ることだってある。それなのに好かれてるんだ。不思議だよね」

 彼は言った。

「僕の知り合いにもいたんだよ。あんな感じの人」

 殺されちゃったけど。そんな言葉が続くんじゃないかと思うと怖かった。だけど、彼は笑みを浮かべるだけだった。

 謝らなきゃ。そう思った。

 謝罪の言葉とともに、深く頭を下げた。一歩先で足を止めた彼は、半身だけ振り返った。やっぱり笑っていた。

「君が謝ることじゃないよ。指示を出したのも、殺したのも、別の人なんだろう? それに、先生と性格は似ていても、その人は悪人の部類なんだ。殺されても仕方ないことは、山ほどしていた」

「それでも、人を殺していい理由にはなりません」

 彼は頷いて歩き出した。私も隣に並ぶ。

「じゃあ、人を殺していい理由ってなにがある?」

 彼が言った。世間話と同じ調子だった。

「ありません。どんな理由があろうと、人を殺すのは許されないことです」

「姫様が僕を殺したら?」

 足が止まった。多分、頭も止まっていた。彼も今度はすぐに足を止めた。並んで、前を見たまま言う。

「あり得ない話じゃないよ。だから、常駐医よりも腕の立つオルソン先生が呼ばれたんだ。姫様が僕を殺したら、それは許されないことかな? 親に甘えて抱き付く。姫様は、それと同じことをしたかっただけだよ」

「それでも、やっぱり私は、それは間違っていると思います。姫様にも、そうお教えすると思います」

「そっか」

 彼は笑った。もともとずっと笑みを浮かべていたけど、より一層。

「姫様のお付きが君でよかった」




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