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醜い奴ら  作者: 川崎真人
32/35

愛 九

 アクセスありがとうございます。

 友人と作ったサークルでの活動をどうしても優先してしまい、これまで投稿ができずに申し訳ありません。そちらで書いた小説もアップさせていただいたので、よろしければどうぞ。

 勝手なぼくですが、どうかお付き合いください。

 「それでさ。宗谷、何か言うことはないか?」

 「ありがとう」

壁一面を鋭利なもので傷つけ、砕いた花瓶を散乱させた異様な空間。ホテルの一室で、百目木宗谷は堂々とそのようなことを言った。

 「おまえが来てくれて助かったよ。いやはやそれにしてもおまえは有名なんだな。まさかあの合理主義を擬人化したような金持ちが、こんな大事なゲームにノイズの存在を許すとは。よっぽどおもしろがられてんぜ、おまえ」

 親友の物言いに風間劾は深く深く嘆息した。

 自分のことを友達想いであると風間はそう思う。だがこの男のことは、心の底から愛するのはどうも難しいのではないかと、そのように考えてしまうのだ。

だからこそ風間は百目木のことを好きだし、腐れ縁を大事にしたいと思う。

 まあまあ。倒錯していることには違いないが。

 「しかし。おまえのことを俺は世界で一番頭の賢い愚か者だと思っていたが。どうしてもっておまえがこんなところにむざむざ連れ込まれてんだよ」

 「……君の言えることじゃないだろう」

 風間は首を振って

 「メールが来たところでだいたい把握はしたさ。それで。僕自身には何の危害が及ぶこともないとそのように判断したのさ。僕は他人の為に何かをする快感をある程度好んでいるが、無論と言うか命をかけるほどじゃない」

 「ふうん。寂しいね」

 言いながら、百目木は花瓶の欠片を拾って、皮膚が裂けるのを構わず握り締めた。ガラスを壁に着きたて、何やら絵を描き始める。

 「……なあ宗谷」

 「なんだ」

 「どう考えても。そこに置いてあるペンを使った方が安全だとは思わないのかい?」

 百目木はへ、と抜けた声を発して、それから風間の言ったことを理解したように首を振る。

 「しまった。これは怪我のし損だ」

 ガラスを放り投げ、電話機の下に備え付けられたノートとペンを拾い上げる。

 「それじゃあ。これから亮の奴の置かれた状況を説明したいと思う」

 言って、百目木はノートにペンを走らせる。大して厚くない本と、安そうなカメラと、錆び付いたナイフが一瞬で描かれた。

 「最初は六人いた」

 大きな円を三つ、いい加減な筆致で描く。

 「こいつとこいつは肉親の死体を見てびびった。その状態はぐっちゃぐっちゃのどっろどろ。多分こんな感じ」

 ノートの下半分を使って大きく惨殺死体を描写する百目木。精巧なる写真のようなその絵は、あくまでも想像であった。

 「待てよ。どうしてそれが肉親だって分かったんだ」

 ただの肉の塊にしか見えないそれを指差し、風間は突っ込む。

 「匂いとかだろ」

 百目木は随分なことを言って

 「それで。廊下に六人がいた時に、明かりが消えて、その内にもう一人が部屋の中でばっらばら。白い腕だけが血溜まりに浮いていたらしい」

 先ほど描いた円の中に、またしても死体の状態を書き出す百目木。

 「ついでに。この六人が連れて来ていた植物が枯れて死んだ」

 「なるほどね」

 あまりに退屈な説明に、風間はあくびをかました。こいつはもっとドラマチックに物事を描写できないものか。

 「翌日。ある男の部屋で、ある男が死んだ。死体の状態はさっきと一緒。ただし足だけが切り刻まれることなく残っていた」

 「ついでだ。描いといてくれ」

 「了解だよ」

 百目木は絵ともつかない曲線の塊を書き出し、上から大きく『DEAD』と文字を置く。

 「ところで。死体の置かれた部屋が閉鎖されるとか、例えばそういうことはおこっているのかい?」

 「そうだけれど」

 風間がどのように考えてそれを導き出しのか、そんなことを気にすることもせず百目木は説明を続ける。

 「そして、最新の情報。亮は根本と言う男とある一室に引きこもった。その扉をノックする音。またしても人が殺された、というのは外にいるもう一人の男の主張だ」

 「どう考えてもそいつが犯人だろうね」

 風間は呆れたように言った。

 「やっぱそう思う?」

 「退屈な結論だけれどね。今はそう考えておいて問題ないんじゃないのかい? もしも扉の外の男の死亡が確認できたら、それは、ホテルのどこかに殺人鬼が潜んでいるということだ」

 「どうやって確認するんだよ?」

 「上手く言いくるめて根本を外に出しておけば良い」

 「亮ならやりかねん」

 百目木はおかしそうに言った。

 「それからもう一つ。この場合ポイントになるのは、最新の死体……多分そいつは女か子供だろう……を亮が確認していないということ」

 「つまり?」

 「単純な犯人探しゲームなら、そいつが一番怪しいということだよ。死体じゃないものを死体に見せかける方法くらいいくらでもある。そこから行くと……なあ百目木」

 風間は考えを纏めるように、指先を顎に持って行く。

 「一番最初に登場した死体。その体積を教えてくれ」

 「体積?」

 「ああ。体重と言っても良い。男か女だけでも良い」

 「たしか。太った女だったな。ほら、覚えてねぇ? 港の母親だよ」

 風間の眉間に皺が寄る。

 「……なあ君。僕は君のことをとんでもない性悪で、こと会話の相手をするのに君ほど愉快なのはいないと考えていたが。……その、外で部屋の扉をノックしている男、そいつは大宮港では、ない?」

 「ああ。そうだよ」

 百目木は飄々と

 「俺の話の中で出てきた三番目の惨殺死体。それが港の奴さ」

 「なんてこった!」

 風間は床を思う様殴りつけた。

 「君はどうして、そんな情報をわざわざこの僕に隠した?」

 「おもしろそうだったからだよ」

 百目木は首を捻った。

 「俺としては、港の奴が死んだことに、心の整理はついているからな。だから」

 「……そうかもね。君の場合はそうなんだろう!」

 歯軋りし、それから顔を覆う。ポケットから取り出した錠剤を口に入れ、唾液だけで飲み下した。

 「最後に訊く」

 「何だよ」

 「部屋の外にいる最後の一人は?」

 「神代信一郎」

 「どんぴしゃりだ」

 言って、風間はその場で失神した。

 百目木はそれを見て、おかしそうに、裂けるような笑みを浮かべた。ノートを手元に手繰り寄せて、その姿を模写し始める。

 「やれやれ。おまえは賢いくせに、賢いだけに、与えられた物以上のことを考えられないんだよなぁ」

 憐憫を含んだ表情でそのように呟いて

 「それに。自分勝手なのは俺もおまえも一緒だよ。……亮も港も京も、だいたいみんなそうだな」

 くっくと笑い

 「さて。おまえが寝ている間に、下では何人死んじまうことかな? ……まあ、普通は友達が死んだような状況で、抜け抜けと事件推理なんてやってらんない。悪いことじゃあねぇさ。罪なことではあるがね」

 百目木は立ち上がる。そろそろじゃんけんゲームの様子を見に行ってみるべきだろう。

 「あー。おかし」

 あまりおかしくなさそうに、少年はそう呟いて部屋を出た。


 西条未明は窮地に立たされていた。旧友に気持ち良い程裏切られたからである。

 「いいや。あれはおまえが間抜けすぎるんだよ」

 土谷はそう言ってくくくと笑う。未明は唇をつり上げたまま奥歯を噛み締めて

 「なぁ土谷君……言いや呼び捨てで。この場合さ。ぼくを相手に勝利することに、土谷にとってこれと言った意味があるように思えないのだが」

 「勝てば儲かるじゃないか」

 当たり前のことを確認するような口調。

 「西条。おまえはいい加減に学習した方が良い。何もかも論理的にできている訳じゃあないんだ。昔から正しいのは大抵おまえ、でも損をするのもおまえだったじゃないか」

 「……いつも甘い蜜を啜っていたおまえの言うことかい? それは」

 「そうともさ。オレならではの言い分だ」

 土谷は満足そうにそう呟いて、百ポイントを示すカードを自慢げに掲げる。

 「で? おまえは何に入れたんだ」

 「……一倍だけれど? 当たり前じゃないか」

 「へー。その辺は変わったもんだね。もうすっかり温厚で少しばかり変わり者の中学生やってる訳で?」

 おめでたいほど真っ赤な壁に背中を預けて、未明は深く嘆息した。土谷に大金を奪取されたことにうんざりとした訳ではない。もとより、まだまだ子供であるところの未明は、金銭の重要性をろくずっぽ理解していないのだ。

「取り返さなくて良いのかよ? オレに百万負けてんだろう? 下手すりゃどっか連れていかれるぞ、おまえ。いくら動堂さんがいるってもさ」

 「……それなら問題ない」

 部室に隠して来た指輪のことを考えながら、未明はそう口にした。

 「お金には困っていないよ。一億までなら負けられる。あまり物欲の強い方じゃないし、グレーゾーンに陥らないようにだけ気をつけるよ。……ところで」

 未明は備え付けの固定電話機に視線を注いだ。

 「この建物は一体なんなんだ。ついさっきあいつが鳴ったと思ったら、中学の友人からの電話だぜ。あれは確か、ホテル内でしか通じないんだろう?」

 「さあな。楽しそうじゃないか」

 ぎぎぎ、とそんな具合に土谷は一笑する。

 「どこに誰が居ようが、そんな変なことじゃない。虫篭の中に突っ込まれたザリガニは、自分がどうしてこんな狭いところにいるのか理解しないはずだからな」

 「小さきものの扱いは、大きなものの思うままってことかい? ぼくがこの場合疑問に思うのは、その大きなものというのが何者で、何を目的に根本をこのホテルに招いたのかと言うことだ」

 あまり尋常な事態であるとは言いがたい。世界中どこを探しても代わりが見付からないレベルで醜い顔をしているという点を除いて、根本弘は殊更なんということもないただの中学生なのである。

 「さあな。おまえの知らないところで、おまえが一因を担っている可能性は十分にあるぜ」

 「……だからおまえに相談したんじゃないか」

 「へぇ」

 今度の笑いは、けけけとでも表現するべきものだった。

 「未だにおまえはオレに相談なんぞするのか?」

 「そうしない理由は無いだろう?」

 未明は飄々とそう言った。

 適わない、とでも言うように、土谷は頭を低くした。爬虫類のような視線で未明の方を見て、おかしそうに笑いながら

 「根本的には変わっていないのな」

 懐かしむように、どこか嬉しそうに

 「思うことより考えることを優先する。だからおまえは、そうするべきだと思えば何にも屈しなかった。それが正しければ、どんな無茶な言い分も拒まなかった。それは、いろんな感情が混沌と渦巻くあの状況の中で、何よりも頼もしかっただろうよ。オレとしちゃただの迷惑だったがね」

 「ちゃっかり利用してくださったじゃないか。さっきも」

 未明は嘆息する。

 「それで。おまえはどう思う? どんな奴なら根本弘をこのホテルに攫って来ようと思うかな?」

 「その根本弘と言う男を、オレは知らん」

 「ただの中学生と思えば良い。ただの中学生を探偵役に、推理小説の真似事をするなんて、どんな輩だと思う?」

 土谷は珍しく、考え込むように首を捻って

 「そうさなぁ。まずは、その根本の知り合いで、根本の能力を認めていて、でも根本を良く思っていない奴。……多分だが、そいつはその根本って奴を計ろうとしたんだと思う。尋常ならざる状況に置かれた根本の行動が、精神の変わりようが、それが気になって仕方が無かった。だから、根本を地獄に追いやった」

 「それは、どういう奴?」

 「……根本弘に劣等感と、それに伴う憎悪を抱いていて。それだけに、この建物を利用できるくらいの自分の強力なコネクションを利用したがった。ただの中学生に対して、普光院と関わりがあることがジョーカーとして使えると思ったんだろうな」

 土谷は首を振って

 「感情豊かなバカだ、そいつは。多分、我侭ながきんちょだろう」

 「納得の行くプロファイリングだね」

 未明は何度か頷いて

 「自分の考えに自信がついたよ。ついでにもう一つ、調べてくれないかな?」

 土谷はばつの悪そうに顔を逸らして

 「まあ。しょうがねぇだろう。できる範囲だ」

 少しばかり誇らしげな声色で言った。

 そういう縁なのだ、この男とは。間でどんなことが起ころうとも、お互いをお互いの武器にする。

 これも一つの愛の形と言えば、誰かが大笑いしそうではあるが。

 

 「あんたさぁ……。摩子の奴から指輪を抜き取る時に、どんなことを思った訳?」

 光姫に問われ、未明はあっけらかんと

 「ラッキー、ってところかな。少しばかり緊張したね」

 「クズだな」

 少女のその評を顔色一つ変えずに聞き流した未明は、電光掲示板に視線を泳がせて、それから光姫の方を向き直った。

 「ところでさ」

 「なんだよ?」

 「君ってばお金持ちなんだろう? それはつまり、このゲームに負けても勝っても同じだということじゃないの? 君のお家は、一億やそこいらに目くじら立てるようなスケールじゃあるまいよ」

 「……おまえ、自分の言ってること分かってんのか?」

 光姫は呆れたように

 「金持ちってのは、一円を大事にするからなれるもんだぜ? ……まあ、親父も金ばっかり求めて頭のおかしなことやっている訳じゃあないんだろうけれどさ」

 利発な子供らしく、一人前に一家を代弁し

 「一億ったら大金さ。内からそれがなくなる事で、めぐり巡ってこの世の何人かが路頭に迷う程度には、な」

 「へぇ」

 「残念だったな。わざと負けてやるなんてことはできねぇよ。俺はおまえのことが嫌いじゃないが、だけどおまえの為に世話役に小言を言われたくはないんだよ」

 「じゃああいこで良い」

 未明はいけしゃあしゃあと

 「ぼくか、ぼくの仲間の誰かが君と同じカードをしていたら、あいこにしてやってくれないか? 青天井に額も上がりすぎた、君にもその程度の慈悲はあるんだろう?」

 「ふうん」

 光姫はゴミでも払うように手を動かして

 「騙すつもりじゃねぇだろうな?」

 臆病をうかがわせる声色でそう言った。

 やっぱりこういう子だ、未明はそんなことを思い、ほくそえむ。意識的に奇抜なことをやる子供は、だいたいそうだ。

 光姫にとって、このおめでたい服装は鎧のような役割を持つんだろう。未明はそんなことを考える。

 「あんまりいじめてやるな」

 背後の声に振り向くと、不器用に車椅子を動かす佐藤一郎の姿があった。未明の協力者の一人で、事態を傍観してほくそえむような場面の多いこの男。その面影に、未明は若干のデジャヴを感じるのだった。

 「その子には仲間になって貰えば良いじゃないか。俺とおまえと連れの女の子と、それからその子で四人になって都合が良い。一組のあいこはできるからな、四人いれば」

 土谷と動堂頂子が未明達から放れて行ったのは自然の成り行きだった。彼らは稼ぐことを望み、未明達はとにかく借金を負いたくなかったのだから。

 「ふん。そんなことに意味はねぇよ。……二回戦ごとに抽選でレートを一倍か十倍か百倍にするルールの意味、分からない訳じゃあるまい?」

 「それまでの成績に関わらず、後半の試合が対極的な勝者を決める。レートが上がれば、弱者ほど勝負に出ざるを得なくなる」

 佐藤一郎が皮肉っぽく口にする。

 「そうさ。勝負はこっからなんだよ、これまでにおまえらが平和的な行動しかしていなかったとしても今から信用できる訳じゃない。当たり前の理屈だろう? 一万と一億じゃ全然違う」

 「ぼくらを信用しないのかい。じゃあ他に誰を頼る?」

 白々しく首を傾げる。

 「……さあな。仲良しの双子の懐柔は無理だろうし、向こうの高校生三人組には、ホームズみてぇに人の仕草や格好を分析しやがる白石の奴がいる。榊原の野郎ならおまえらの方が千倍マシだ。向こうの頭のおかしな女には関わりたくも無い。」

 未明はついと木原狭霧の方を見る。枯れ木のような体躯のその少女は、残り四人になるまで一言も発さず、一度も勝負に出て行かず、しかし負けたことは一度しかない。誰もが彼女との勝負を極力避けようとするのだが、最後には運否天賦が通用すると錯覚して自爆してしまう。

 榊原はもっと厄介だ。未明達の話し合いの中に突然登場し、にこやかに名案を口にしたと思えば、次の試合では姿をまるで見せない。まるでホール中の金の動きを捜査しようと動いているかのように、誰の味方とも付かない動きをし、自分自身はほぼプラスマイナスゼロを保っているのだった。

 「それで。だからってどこかに突っ立ているつもりかい? 隠れる場所も何も無いホールの中だ、素人に狭霧ちゃんみたく黙り通していられる訳も無い」

 「分かっているよ」

 光姫は鬱陶しそうにそう言って

 「じゃあさ、西条。おまえのカードを教えろ。それによって勝負してやる」

 「嘘をつくこともできるし、返しの反応でおまえのカードを推理することもできる」

 佐藤は気だるげに

 「仲間以外の奴なら騙して良いことになってんだよ、俺ら」

 「ようするに、やはり俺も仲間にしたいと?」

 「そうなるね。五十棲と言う子供がゲームの展開を全て覚えているんだが、おまえは人を騙せるようなタイプじゃない。まず安心だ」

 「ふん」

 光姫は不機嫌に息を吐いて

 「分かったよ。あーあ、ちょっとは楽しめるゲームだと思ったんだがな。……もういい加減こんなお遊びにも飽きた。無難に終わらせてしまうとするぜ」

 負け惜しみのように、光姫は言った。

 それは少し、未明の言い方に似ていた。


 「お疲れ様です。未明さん」

 などと、どんなビジネスマンでもできそうにない流暢な発音で榊原は言った。

 「別にお疲れと言うことも無いさ。今回苦労したのは、光姫ちゃんを勧誘することだけだったからね。……三人と四人じゃ大分違う。四人と、五人もね」

 「七人になられれば良いとぼくなんかは思うのですが、そこは未明さんには何か妙案があられるので? いよいよ次が最後、今度こそ妥協はできないでしょう」

 百目木と岸谷と白石の三人組と仲良くしろと言いたいらしい。休憩時間でまで人の行動に口を出すのがこの野郎である。不自然なほど自然なタイミングで現れるのだから、ひょっとしたら未だにこいつをただの好少年だと思っている奴もいるのではないだろうか。半分くらいはそうだ、多分。

 「そういうなら君に加わって欲しいのがぼくの気持ちだよ。何度誘っても散々迷った末何もしないんだから、そろそろきっぱり決めたらどうだい? ……そもそもさ」

 未明は深く深く嘆息して、それから鬱積したものを一つずつ吐き出すように

 「君は何をどうして、僕をこんなところに誘ったんだ。お陰で古い友人に良く良く再会できたよ」

 「森口さん兄妹と、それから土谷さんですか」

 「一人忘れているよ」

 吐き捨てるように

 「木原狭霧だ。あれは一度、娑婆に出てきていたじゃないか。あんなのを野に放つなんて、木原家の皆さんにはもう少し気をつけていただきたいところなんだけれどね。またしても、あの子は何人を壊してしまったんだろうね」

 「未明さん、余程あの子が好きみたいですね」

 榊原はいたずらっ子の表情で言った。

 「……そのとおりだよ」

 未明は肩を竦める。 

 「中学に通えるようになってから、あの子のことを考えなかったことは無い。……友達への愛でもなけりゃ、増して恋愛なんか有り得ない。多分これは、家族に向ける類のそれなんだろうね」

 「妹ですか?」

 「お姉さんだよ。彼女の方が先輩なのさ。何もかも、ね」

 そう言って、未明は右側の唇を顔の上の方に歪め、小さく笑った。

 「だから、懐かしくもあるんだよ。ひさしぶりにあの時の気分だった」

 榊原は、鳩が豆鉄砲を食らったような表情になる。

 それは多分、作り物ではなかったのだろう。それは、ここにいる誰も不幸にしない表情の変化だったのだから。

 「……と、言いますと?」

 「何ていうのかな? ……これは絶対に、ぼくの表現じゃないが……人間にはね、自分の他にもう一人いるんだよ。多分、そっちが主人さ」

 未明は坦々と

 「ぼくや、土谷や大海君や砂輝子ちゃんや、狭霧ちゃんなんかはその主人を負かしてしまって生きているところがあるんだけれど。今日はその主人が、ひさびさに調子に乗って暴れていたんだ。古い友人の、その主人も同じく好き勝手してね。喧嘩させて遊んだ、楽しかった」

 「ふうん」

 榊原は心底つまらなさそうに言って、表情を憎悪の羅刹の如く歪めた。放射される視線に備わるのは黒々とした不愉快であり、倒錯した自己愛のようにも思えた。

 次の瞬間にはもとのナチュラルな笑顔に戻り、榊原はどこか弾んだ声色で

 「流石未明さんですね。随分と私的な形容をなさる。感服ですよ」

 「ありがとうね」

 未明は、今度はくすくすと笑った。

 とても愉快な気分だった。何せ自分は、ほんの瞬間の出来事とは言え、この榊原をやりこめてやったのだから。

 ……このことは八坂さんに話さなきゃな。

 ……つまらなさそうにして、辛辣な言葉をつらつら並べるのを、ちゃんと聞かなくちゃな。ぼくには、多分もうそれしかない。

 「さあ。次も引き分けで終わらせるぞ。榊原、ぼくらの仲間にならないかい?」

 「お誘いは嬉しいのですが」

 榊原は言いずらそうに 

 「何か、思い当たることはありますか?」

 「なんだい?」

 「佐藤一郎のことです」

 未明の表情が一瞬引き攣る。

 「彼の挙動、少し気になりませんでしたか? 何と言うか、他人の不幸を、どうしようもない状況を、意にも介さずに眺めているというか」

 「そうだね。別に変なことじゃないよ」

 「だったら……」

 榊原は語気を強くして

 「……いいえ。何でもありません。そうですね、ぼくにしたって。これ以上はお節介ですし」

 にたぁと笑い、切り札を出すように

 「これで十分ですから」

 などと、不自然にその場を歩き去って行った。

 「やれやれ」

 ご苦労様としか言いようが無い。

 「ぼくはもう、勝ったようなものなんだよ?」

 肩を竦める。

 いつものペースが戻ったのを確認して、未明は自分の部屋へと歩き始めた。だらだらとしたその歩調は、西条未明そのものである。

 全ての動きが、行動が、何かに引っ張られるようで

 その癖、どこかで自らの意思を弄んでいる。

 諦観を嘲る執着者である彼を、八坂詩織など人でなしとまで形容する理由は、そのあまりに生々しい人間らしさにある。彼は人間を失格してしまうほどに、人間だったのだ。

 「何を独り言していた?」

 と、角から姿を現したのは、百目木宗谷。

 愉快そうににたり、笑う彼は、佐藤一郎の車椅子を押しつつ未明に近付いて来る。

 「ふざけんなって程おちついたおまえが、随分と君の悪い行動と言動をしたな。俺は洋子の奴みたいにものを聞き分けることはできないが、トーンの高さが違ったことくらい分かるぜ。目や耳は良いからな」

 「共の奴から聞いています」

 未明は肩を竦めて。

 「佐藤さん、すっかり百目木さんと打ち解けたようで。……どうです? 百目木さんのお仲間とぼくら、みんなで協力するというのは?」 

 「それも良い。賛成だ。だがその前に」

 百目木は親指で、廊下の奥をさす。

 「電話がある。本当に聞かせたい奴は今頃はベッドで寝ているはずだし、次に聞かせたい奴は床で醜く転がっている。聞かせるべき奴も呼んでこなくちゃだが……いいや奴の方から来てもらうべきなのかな? 俺は何も事情は知らないが、だいたい予想くらいはさせてもらっている」

 「何のことですか?」

 煙に巻くような台詞に、未明は肩を竦める。百目木は愉快そうに

 「お友達から電話だよ。……根本弘君」

 未明はぎょっと、目を見開いた。

 「おまえのお陰だと。全部解けたって……いいやその前におまえは問題を知らないか。とりあえず部屋に来てもらおうか。呼べそうなのは、おまえと、榊原と、……それからもちろん」

 百目木はすぐ下を向いて、車椅子に腰掛ける佐藤一郎を見詰めた。佐藤一郎と二人、顔全体を使って微笑する。

 「大宮港。おまえもこれから連れて行くぞ、たっぷり味わいな」

 「……なあ百目木」

 佐藤一郎はそこで、気持ち良さそうに口を利いた。

 「やっぱおめぇ、最悪だよな」

 「何を今更」

 そのやり取りを、未明は道化者の語り部の如く、呆然と回らぬ頭を捻りながら見詰めていた。

 読了ありがとうございます。

 もう少しで完結になります。どうか最後まで、お付き合いください。

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