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醜い奴ら  作者: 川崎真人
26/35

愛 三

 アクセスありがとうございます。川崎です。

 今回もお付き合いください。

 「ああそれかい? いいや悪いとは思っているんだ。もちろん全てをおまえに押し付けて逃げたというそういう訳ではないんだよ。ただね、道に迷ってしまって。帰ってしまったかなぁと思いつつどうにかトンネルに辿り着いた頃には、やはりおまえはもういなかったんだ。……そんなに長いこと迷う訳がない? ぼくは方向音痴なんだよ。知っているだろう? 知らない?」

 いけしゃあしゃあと飄々と、西条は反省の欠片も窺わせないニヤケ面で弘に言った。これはもうまともに言い訳するつもりがないと思って良い。どう思われても別にかまわないと考えているのだろう。

 こいつってこんな性格だったかなぁ、弘は思う。西条はなんだかんだ仲間や同類に義理堅い男だったはずである。面倒を人に押し付けるような真似をするような奴じゃなかったのだが。

 「……なぁ西条、おまえ何か隠してねぇか?」

 いぶかしんで、弘は西条にそう訊いた。西条は小さく首をかしげて

 「何のことだろう?」

 呟くように言った。

 「そりゃあ、おまえに意図的に話していないことならいくらでもあるけれど。おまえに話すべきようなことでおまえに隠していることなど一つも無い」

 ふうん、と弘はつまらなさそうに言った。事実、西条独自の無駄に増長な言い回しが、弘にはつまらなく思えたのである。もっと分かりやすく動揺して欲しかった。

 「それにしても根本、昨日の成果はあったかい? ホッチキスに会うことはできたかい?」

 ……ホッチキス。随分と妙な名前を付けてしまったものだなぁと、弘は今更ながらに思う。西条のセンスは良く分からない。ひょっとしたらこいつの好きな小説にそういう名前の殺人鬼が登場するのかもしれないが。

 「……いいや。何も」

 弘はそこで、西条に隠し事をした。

 「ところでさ西条。俺達の部長ってなんて名前だったっけ?」

 俺達の、と言いながら根本は研究会の面子の顔を見る。大宮の家を経由する為に(無事を確かめて来た)朝早く家を出過ぎた弘がすることも無く部室に向かうと、部長を除く全てのメンバーが揃っていたのである。

 「ああ。風間さんだよ。風間劾部長。ガイは弾劾の劾」

 弘の物忘れに呆れる様子も無く、西条は答えた。柏が興味深そうな顔で本から顔を上げ、高山は愉快そうな表情で弘達の方を見ている。

 「根本と柏さんはまだ知らないんだったね。一度は会う価値のある人だよ。ただの一度で十分かもしれないけれどね」

 弘は小さく頷いた。……それはなかなか言いえて妙だ。

 「……でも。その人こんな時期に家に引きこもっているんでしょう? 勉強は大丈夫なの?」

 柏が言った。たぶん高校受験のことだろう。心配していると言うよりは、やはり疑問に思っているような口調。西条はおかしそうに

 「出席日数をどうするつもりかは知らないけれど、でも多分大丈夫だよ。部長なら百年後のテストでも平均五十点は取れる」

 「へえ?」

 「ああ。あの人は記号選択問題なら、例え問題文に『ア~キから適当なものを選べ』しか書かれていなかったとしても八割くらい解けるからね。科目によっていくつか満点も出るんじゃないか?」

 「何その訳分かんない頭脳……」

 「出題者の意図を汲む能力が異常に高いんだよ。だからあの人は、真面目にプリントの相手をしたことがほとんどない。まあ熱心に授業を聞く性格でもないし、番号自体はぼくとそんなに変わらないんだけれどね」

 西条の順位は百七十人中の三十前後である。それでも研究会では一番成績が良い部類に入り、そこから柏、高山と続いて、最後の弘が必死で追い上げているところだ。

 「いくらブランクがあったところで、あの人の点数はほとんど変わらないだろうよ。そもそもあの人に進学の意思があるのかは疑問だし、客観的に見て必要があるのかも分からない。あの人がどれだけ学業を積んでもずっとあんな具合で何も変わらないと、ぼくは思う」

 西条が言って、こらえ切れなかったのか高山が笑い始めた。

 風間という男はやはり、後輩からもとんでもない評価を受けているらしい。

 「根本。あの人は探偵しない名探偵だ。研究会での繋がりがなかったとしても、おまえにまるで無関係な人物じゃない。ネット中毒の情報売りで、安楽椅子探偵みたいなことして、ある筋じゃちょっとした英雄なんだ」

 両手を開く西条。

 「目的も欲望も意思も権利も責任も傾向も惰性も認識も美学も何も無く、必要なのは唯一暇つぶし。だから、ただその異常な頭脳をだけを、埃とケーブルに塗れた暗い部屋で持て余している。そんなふざけた超存在」

 西条は肩を竦めた。

 「ああは、なりたくない」

 弘はそれに、心の底から同意した。


 「ふむ。君の話を総合して考えると、犯人は二十歳以上の女性。被害者は今までの三人の他には、一人だけしか出ないだろう。マスコミは合計で五人が被害にあったと報じるかもしれないがね」

 昨日、ファーストフードで如月から手渡された携帯電話の向こう側、風間劾と名乗る人物は弘の話を聞いてからそう言った。

 「犯人は殺す経験はともかく殺されかける経験はかなり積んでいる人物らしい。木原が関わっているかもしれないね。これはボクがここで暮らしている理由の一つなんだが、動堂の屋敷があるこの街は、五賢帝の関係者とのエンカウント率がかなり高いんだ」

 弘には、風間が何を言っているのか分からない。風間はそれを察したらしく「ともかくだ」そう言って

 「君の目的は自分の関係者を防衛することだろう? それなら、どうでも良い奴を匿名で、僕の言うところに呼びつけてくれれば良い。何度もやっていればその内誰か死んで、事件は終わるさ」

 それから弘は考えた。はたして、この男を信用しても良いのだろうか。

 この男のいう方法で、本当に解決するのだろうか。

 どうせ誰かが被害にあうのなら、それが弘の関係者にならない内に、他の誰かをホッチキスに遭遇させてしまおうというのが風間の発想らしい。傍観者ならではの非情なその計画は、実に合理的で論理的だ。

 弘としても精神的抵抗やらそんなものは一切無い。ただ、一つ確かめておきたかったのは、風間劾という男がはたしてどれほどの『名探偵』なのかということだった。

 研究会の長にそんな名前の男がいたことを思い出した弘は、西条にそのことを尋ねたのだった。


 「なぁ。西条、仮にその風間部長と対等以上の関係を築ける奴がいるとしたら、それはどんな野郎だ?」

 早朝の時間つぶしも終わりかけていた時だった。部長についての説明はもうし終えたとばかりに本を開いていた西条に、弘は何となく訊いた。

 「自分に何かを求めて来る相手には、常に何らかの対価を要求するんだろう? その部長は。対価は依頼人にとって一定以上の価値があるものに限られていて、それは部長にとっては以来がひっきりなしにならないようにする意味があるのだという。そんな探偵に、無償で事件解決を依頼できるような奴がいるとしたら?」

 弘の質問に、西条は苦笑してから

 「想像できないな」

 そう答えた。

 「部長に社会的な弱みなんて一つも無いからねぇ。……家族が人質にとられたとかでも、割と平気な顔をしていそうだし……。ある程度どんな状況でもどんな条件を出されても『好きにしてくれ』と一言だけ口にして、ゲーム機を弄り始めそうだ、部長の場合」

 「つまり?」

 「無理だよ。あの人は世界中の色んなことに諦観している。世界中のだいたいのものが、それがどういうことなのか分かっている。そして言う。『くだらない。面倒だ。どうでも良い』。あの部長を掌握してしまうなんて、人間業じゃないだろう」

 ふうん、と弘は口先を突き出した。

 ……自分は随分と、意味の分からないものに関わっているらしい。

 思いながら、黙って歩いていて、そこで

 「ああ! 偶然だなぁ。先輩方、こんにちは」

 廊下で出くわして威勢の良い挨拶をしたのは、無邪気な顔で嬉しそうに笑う榊原だった。

 「おう」

 弘は思考を中断し、榊原に手を上げる。それっきり、どうするかと迷ったところで

 「皆さんは部活の後ですか?」

 榊原の方が口火を切った。西条が小さく「そうだよ」と肯定する。

 「お疲れ様です。ところで先輩方、ぼくの小説は読まれました?」

 期待に満ちた目。それに西条が

 「ああ。まあまあ、相応しいものをぼくら研究会に寄越してくれたものさ」

 ニヒルな口調で言う。

 「パズラーの傑作さ。さまざまな状況で繰り出されるトリックの嵐、頭が痛くなるほど複雑なロジックが、多数の事件の間で飛び交う。登場人物の思考を完全に書ききっているのも良い。ノイズのほとんどない、純粋なデータの塊でありながら、読者には何も掴ませてくれない。そしてとどめの叙述トリック、不可解そのもののストーリーを完全に反転させた。『解き難さ』それだけに焦点を絞った真の本格ミステリと言える」

 「そうでしょう! ……しかし照れますね」

 榊原は西条の評価を受け、誇らしさと落ち着かなさの入り混じった表情で固まる。そんな後輩らしい仕草に西条は何の反応も見せず「何時間かかった?」とそう訊いた。

 「まるまる一ヶ月、夏休み中、小説以外は最低限度だけ残して放棄しましたから。一日十時間、総合製作時間は三百時間というところ。今は達成感で一杯です」

 弘は目を丸くする。西条は表情を何も変えず「なるほど。ふさわしい」とそう言った。

 「だが。こんなものにそれだけの時間をかけるということは……君は何がしたかったんだい? ……どんな執念があった?」

 計るような口調。

 「あえて言うよ。君は小説が嫌いだ。小説を書いている時間、君は地獄のような不愉快と不条理を味わったことに違いない。そうだろう?」

 榊原は、西条の言葉を受けて

 ただ戸惑うように、不安げに、研究会の四人の表情を窺うだけだった。

 「……くっ、く」

 呆れるように、同時に恐れるように西条は喉を鳴らす。

 それは、彼にはとてもとても珍しい、本心からの笑みだった。

 「まあいい。……まあいいよ。ぼくだって、似たようなもんだ。けれど」

 何か言おうとして、榊原は首を横に向けて

 「さっきから、何を言っているんですか?」

 心配するように、憂うように、榊原は西条に声をかける。

 西条は肩を竦めた。

 「こいつはかなわないね」


 廊下を階段を、生徒達が二列に進む姿はまるで兵隊みたいだ。その兵隊達の中で、自分のような顔をした男はさぞかし目立つことだろう。

 高山や榊原は、この列の中で目立たずに歩く術を心得ているはずだ。だが高山の処世術はなるだけ静かにしていることでしかなく、榊原はもとより凡百の雑兵だ。目立とうと思って目立てる存在ではないのかもしれない。

 どうなのだろう。

 弘はあの少年のことを気に入っていた。礼儀正しく、自分を慕う、可愛らしい後輩である。

榊原の書いた小説は弘には理解不能だったし、彼がどんな風にものを考えているのかすら今一つ分からないのだけれど。

 体育館に入り、並べられたパイプ椅子に順番に座って行く。兵隊みたいだった生徒達は、今度は箱に詰められたビスケットの如く整然と、秩序的に体育館に整列した。

 講堂の上から生徒達や来場者へ挨拶する校長から見ても、弘はさぞかし目立つ存在であろう。だが弘は、そのことにコンプレックスを持ったりはしない。むしろ、人に自分を無理矢理意識させる、暴力的な存在でありたいと願う。粗悪品のビスケットで上等だ。

 そう思っていた。

 自らが殊更の者であると、信じていた。

 だが世の中には、探偵行為を一切行なわず全てを知る名探偵がいる。殺人行為に効率以外を求めない殺人鬼がいる。ことごとくの情欲を否定する少女がいる。理不尽な自殺を肯定する少年がいる。

 そしてそれすらも片鱗に過ぎないのかも知れぬ。

 弘には理解できない。

 はたして、子供の自分が知る醜悪がいったいどれほどのものだというのか。

 講堂で二年四組のメンバーが両手を振り回して踊り狂っている。荒削りな動きだが、ダンスの基礎は抑えているし、中学生が行なうものとしては十分以上に良くできていると言えた。あんな練習のしんどそうな内容でも、その完成度の高さに引かれて付いて来る者がいるのだろう。

 あのクラスの室長は熊埜御堂と言ったか。良く喋る堅物で、随分と嫌われているらしい。そんな状況からクラスをあそこまで纏めるのだからたいしたものだ。

 誰に何と思われても良い。

 実力を示して人を付いて来させ、結果だけは出す。

 自分のなれなかった学級委員なら、それくらいのことはするだろう。弘は何と無くそんなことを考える。

 そして、すぐに忘れた。

 

 「おい」

 誰かしら、弘に声をかけるものがあった。

 自分の体が椅子から大幅にずり落ちていることに気がつきながら、弘はどうにか意識を覚醒させた。あまりにもつまらなくて眠ってしまったらしい。

 自分達が演技をする順番になったらしい。弘の役割は紙袋を頭に被って大声で叫びながら講堂を走り回るというものだ。それで掴みはOK、と大宮がそう言っていたので清く引き受けている。渚らしく極端なやり方だ、実に。

 弘を起こしてくれた、骨津ほねつというクラスメイトから紙袋を受け取る。目玉だけは露出するようになっているので、今からこれを被っていても問題はない。

 「しっかしバカみたいに寝ていたなぁ、間抜け」

 骨津はへらへらと笑いながら言った。紙袋を被っていようとも、決して弘と目を合わせようとしない。周囲を良く観察し立ち回り、クラスメイトからの信頼も厚い男であるが、やや口が悪いという嫌いがある。

 人に遠慮することがなくなった分、弘に声をかけてくるようになった者がちらほらと出て来た。骨津もその一人で、たまに弘にちょっかいを出して来る。

弘は黙って講堂に向かって進む。骨津はそれがおもしろいのか「待てよー」とバカみたいな声を出して 弘を追って来る。背中まで迫って来たその面に、弘は軽く肘をぶつけた。骨津は舌打ちをして、それから別のクラスメイトに絡みに行った。弘のことでも話すのだろうか。

 骨津のことはあまり好きではない。根拠もなく他人をなめているところがあるからだ。人間には誰しもそういうところがあるのかもしれないが、人の持つ根本的な醜悪さの顕著な例を愛するというのはどうしても難しいだろう。もっとちゃんと話してみれば良いところを発見するかも知れないが、今のところ探してみる気分にはなれない。つまり、弘にとって骨津とはその程度の人間だということだ。

 弘は講堂を走る。決められていた言葉を絶叫する。講堂の下の生徒達が一斉に笑う。同じような感性をした、同じような人間達が。

 こんなに多く良く似たのがいるのに、特定の一人だけを愛するのは難しい。

 ならば他の違う顔をした弘を皆が愛するのかと言えば、ビスケットの粗悪品が愛されるのかと言えば、それは違うのだった。

 弘は、そこで気付いた。

 自分が榊原を気に入っているのは、榊原が自分に対して、大味な好意を振りまくからだ。

 向こうから歩み寄ってくれなければ、誰も愛することができない。自己主張の苦手な弘は、そういう男なのかもしれない。

 それはたぶん、研究会の連中とて同じだろう。


 自分の役割をまっとうした弘は、心地の良い疲労感を味わいながら堂々と廊下を歩いていた。

 大宮の目論見通りに弘のキャラが皆にうけ、三組の演技はおおよそ大成功だった。弘にはそれが愉快でならない。

 弘はたっぷりと浴びてやった。皆の嘲笑、見下しの視線。どうしてあいつはあんなことをやらされているのだろう、バカみたい、恥知らず。まったくさすが大宮は人間の悪辣な点を暴き立てるのがうまい。自分と関係ない異形はすべて笑いの種、そうでなければ恐怖と迫害の対象にしかならない。卑怯で臆病な排他主義者ども。

 「やあ不審者クン。ご苦労様だよ」

 西条がにやにやしながら言った。そう、こんな具合なのである。

 「随分と斬新な演技を見せてくれたものだね、君のクラスは。最初から最後まで大柄だったり痩せぎすだったりする生徒が講堂の上で不思議な踊りを踊っているだけだったじゃないか。強く印象には残るけれど、支持されるかどうかというと、やや疑問が残ると思うんだ」

 「知るか。中坊にそんな求めんな」

 と、弘は肩を竦めた。

 「そりゃあ停滞と言う奴だ」

 「随分な言いようだな。おまえだって大笑いしていたくせに」

 「笑わせるのと笑われるのは違うよ。ぼくら一組の演技を見ただろう、あれがユーモアと言う奴だ」

 あれが誰のセンスなのかは知らないが、あんなユーモアがあってたまるかと弘は思う。

 「とにかくだ。これからどうする? ぼく個人としては、一年一組のこの『じゃんけんゲーム~究極の心理戦』というのをやってみたいんだが」

 何が『究極の心理戦』だ、と弘は心の中でそのセンスを毒づく。内容を良く表しているといえばそうなのだが、それにしても他に何かあったのではないかと思う。その何か、が弘には思いつかないので、バカにするのは筋が違うのだが。

 「ルールはさっき体育館で説明してくれていたよね。実戦までやっていたんだから、君も少しは戦略を思いついているんじゃないかい?」

 「そん時は寝てたよ」

 「寂しい奴だな!」

 西条は仰天したようにその場で仰け反った。随分と演技臭い仕草である。

 「だいたいよう、中坊がする演技なんてたかが知れていると俺は思うぞ。家にテレビがあれば嫌でも目は肥えてくるし、どうしてあんなのを見せられて眠くならない?」

 「それは一理あるな。どうしてぼくは眠くならなかったんだろう?」

 西条はわざとらしく首を傾げる。わざとらしいが、自分の心理に背く仕草を行なっている訳でもないのだろう。

 「……俺が走り回ったからじゃないか? 大声出して」

 「どうしてあんなので目が覚めたんだろう?」

 「さぁな」

 弘は肩を竦めた。

 一年一組の教室前にはそれなりの人だかりができていた。最後尾、十分待ち、という札を抱えた榊原がこちらを見るなり「先輩!」表情を明るくして

 「いやぁ。必ず来てくれると思っていましたよ。ようこそぼくの一組に。楽しんで行ってください!」

 自信と充実と感激を爆発させるようなはしゃぎようで、弘と西条に迫る。木製の札を周囲の同級生にやんわり渡した榊原は「やはり、薬師川先輩の店で使えるポイントが目的で?」やんわりと二人に訊いた。

 「いいや。純粋にそのゲームのおもしろさに惚れ込んだんだよ」

 西条はのうのうと心にもないことを口にするように言った。のうのうと心にもないことを口にするように言っているが、別にのうのうと心にもないことを言っている訳ではない。多分本音だろう。弘は思った。

 「それは光栄だ!」

 榊原が両手を開き、飛び上がらんまでの笑みを浮かべる。

 「ゲームはぼくが考えたんです。すごく盛り上がる自信があるんですよ」

 盛り上がる自信があるというか、既に多くの人が集まっている。よほどおもしろいゲームなのだろう。弘にも興味が沸いた。

 「その、ゲームとやらについての資料はないか?」

 そう弘が言うと、榊原は随分と嬉しそうに「こちらです」と用紙を突きつけて来る。


 基本的なルール

 十二人のプレイヤーはそれぞれ『グー』『チョキ』『パー』のいずれかのカードを受け取る。その内訳は、それぞれ四枚ずつである。

 プレイヤーはそれぞれ好きな相手を選び、手持ちのカードでじゃんけんをする。申請は二人でスタッフの誰かに申し出ると良い。 

 勝てば2点、あいこなら1点をゲット。これは二年一組で売られている商品と引き換えられる。勝負の後は退席していただく。

 スタッフに聞けば、今現在残っているカードの内訳を教えてくれる。また、勝負が起こるごとにその勝敗と使われたカードが伝えられる。

 全員が誰かと勝負するか、十五分が経過すればゲーム終了。

 参加料五百円。


 「偉くシンプルだな」

 弘は素直な感想を述べた。それからもう一つ思ったのは、参加料は最初に書くべきだろうということだ。

 「ええ。やはり、なるべく多くの方に楽しんでいただきたいものですから」

 榊原は胸を張るように言った。西条がいやらしげな笑みを浮かべる。

 「今のは失言じゃないのかい?」

 「そのように受け取られたのなら、とても残念です」

 残念そうな口調だった。

 「それより、もうすぐに先輩たちの番ですよ」

 四人のプレイヤーが、それぞれの感慨を抱えながら一組の教室から出る。その表情を見るに、勝者が一人、敗者が一人、柔らかな苦味を称えた表情をお互いに向け合う二人はあいこにでもなったのだろう。

 「これで残りは四人です。すぐに決着がつくでしょう」

 榊原はそう言って、近くの同級生に何やら指示を始める。

 

 そして、弘達の番になり、十二人の生徒がいる教室へと招かれた。

 榊原じきじきに手渡されたカードは『グー』だった。これで西条の奴が同じく『グー』であれば安全に1ポイントを稼ぐことが可能となる

 また、連れと共にゲームに参加した場合、少なくとも二人で2点を得ることが可能である。勝負があればどちらかに2点入るし、あいこなら1点ずつ入るからだ。

 「参加料が五百円、1ポイントは五百円相当だからね。それじゃあただの時間の無駄だ」

 西条はそう言って肩を竦めた。どうやら協力する気はないらしい。

 まあそれは、弘も同じなのだが。

 「ところで根本、ちょっと思いついたんだがな」

 西条は耳打ちするように

 「このゲーム。協力者十人で挑めばほぼ必勝じゃないか? メンバー同士の裏切りや、残りの二人がさっさと勝負しちまう可能性を除けばだけどさ」

 ここで『ほぼ必勝』というところが西条らしい、と弘は思う。

 「人数が武器になるのは確かだろうな。まぁ、関係ねぇだろう」

 弘は西条を向き、その貼り付けたような笑みをじっと見詰める。「何かな?」と白々しく口を開く。

 「ところで。ぼくが思うに、この手のゲームは問題を簡潔化して考えるのが基本なんだけれどさ。この場合、人数を四人に絞って考えることが当てはまると思うんだよ」

 「ああ」

 「例えばグーが二人、パーとチョキが一人ずつの時。グーは勝ち、負け、あいこどれになる確率も均等、パーは三分の二で勝てて、チョキは三分の一しか勝てない」

 真剣にゲームを行なうつもりもないようで、自分なりの勝負への思考を披露してしまう西条。

 「この場合、パーはテキトーに勝負しても問題ないよね。頭を使わなくても三分の二で勝てるんだから」

 「そうなるな」

 「だからと言って、一番最初に勝負をしたがるのがパーなのかと言えば、それは違う。他の三人の内の二人が決着するのを待っていても、勝率は変わらない。グーグーパーの三人のうち、グーが残る確率だって三分の二だ」

 「うむ」

 「だが、下手に動いてチョキに勘付かれる危険を考えて、じっとしているのが正しいのかと言えば、それもまた違う。チョキだってパーの立場で考えるだろうからね、最後まで動きたがらない理屈のある奴は、この場合パー一人だけなんだ」

 「そうだな」

 弘は生返事を返す。なんだこれは。仮定に仮定を重ねるばかりで、実践で使える気がしない。

 「ではグーの立場で考えると、どうなると思う?」

 「一番顔の青い奴と戦えば良い、そいつがチョキだ」

 「乱暴だね」

 西条は肩を竦めた。うるせぇ、弘が言った時、一組生のスタッフが、グーとグーのあいこの決着がついたことを教室中に知らせた。残りはグー二人、チョキ四人、パー四人。

 少しの間、教室がざわめく。時計を見る、あと十一分だ。そろそろ自分も勝負をしよう、そう思った男が西条の肩を叩く。すると西条は満面の笑みで

 「みなさん、こいつはチョキですよ! グーが減った今だと思ってぼくに勝負を仕掛けてきた、こいつは間違いなくチョキですよ!」

 男は「はぁ」、と西条を睨むように、しかしうろたえるような弱弱しい顔色を見せて

 「何言ってるんだおまえ?」

 「パーの方は気をつけてください。チョキの方はどうかこいつとあいこになるのが良いでしょう、高望みはいけません。高望みはいけませんよ!」

 そう叫び、男の手を払って「それじゃ」とその場を離れる。男は西条を追いかける。弘はそっと、男の肩を持って

 「あいつには関わるな、一切得をしない。……それから、結局おまえチョキなんだろう?」

 「……」

 「あいつにあんな堂々と宣言されちゃ、たまらんだろ? もう、俺とあいこにしちまおうぜ」

 「……」

 男は考え込むようにその場で黙り込む。その表情は、まったく何かを取り繕うとする者のそれだった。

 「……ま。グーが減った今、っていうのは俺にも言えることなんだよな。あえておまえとやることもない」

 そう肩を竦めて、男の傍を離れようとする弘。「待てよ」と縋りつく男。

 「分かった。勝負しようぜ」

 「いやだね」

 弘は言って

 「おい。そこの奴」

 その男に近付いて来ていた、別の女。弘は彼女に声をかける。

 「おまえもチョキなんだろ? じゃあ俺と勝負だ」

 「かまわないわ」

 女はにこやかに笑って

 「勝負しましょう」

 結果はグーとチョキ。弘の勝利だった。


 「いやぁ勝った、勝った。どうだい、やはり闇雲に勝負したんじゃ勝てないよ」

 西条はうれしげに2ポイント分の券を根本に見せびらかす。根本は「良かったな」とそれだけ言った。

 西条のカードは実はグーであり、チョキの男を退けた西条をパーだと判断したチョキを、さらに返り討ちにしていた。ちなみに男はパーで、グーが完全に消えてしまう前にと焦って、組し易そうなニヤけ面に声をかけたのだそうである。

 「ところで。君は今から買い物に行くのかい?」

 「いるかい、ワイルドストローやハイパーストローなんて」

 怪しすぎると思う。停学処分を食らうのはごめんだった。

 「まぁ。そうだろうね。ぼくもいらないよ」

 西条は肩を竦める。

 「じゃあどうして、おまえはあんなゲームに出たんだよ」

 「純粋にゲームを楽しみたかったから、というのもあるが。薬師川の奴が必ず一回は勝っておけっていうからね」

 「なんだって?」

 「二年一組と一年一組は連携しているんだ。でもなきゃ、学校で公然とギャンブルまがい行為をやってる訳にはいかない。……ちなみに、あの中には一人から二人ほど、薬師川のエージェントが隠れている」

 「……詐欺じゃねぇか」

 「まあね」

 西条はおかしそうに笑った。


 文化祭の二日目が終わり、弘が向かったのはとある漫画喫茶だった。

 田舎の上にクソとドが付属するような偏狭であろうとも、漫画好きはある程度存在しているらしく、それなりに流行っているところだった。シャワーにドリンクインターネットと設備はとても充実しているので、少しは金のある浮浪者に人気がある。

 もとい、弘は漫画好きでも浮浪者でもない。ただ呼び出されただけだ。

 「おい」

 「おうよ。来たな」

 個室に一メートル近く積み上げた少女漫画を上から処理していた如月が、弘を見て手を振った。

 「さて。これからホッチキスとやらの被害を、ボクらの関係者から遠ざける為の作戦を練りたいと思う」

 気だるげに首を回して、そして何やらパソコンを弄り始める。人差し指しか使わない癖、やたら打ち込むのが速い。

 「これが街の地図。被害現場はこうだったね。それと、ホッチキスが好みそうなところは赤で覆われてる」

 と、如月が作成したものだろう資料が画面に表示される。風早が言ったことを、弘が伝えたとおりになっている。弘は満足して頷いた。

 「随分と良くできているな」

 弘は感心して頷いた。

 「そりゃそうさ。朝から晩まで、ここでパソコンをいじっているから」

 如月はあくびをしながら言った。

 「あまり家に帰りたくないもんでさ。野宿したくない時はいつもここなんだ。もう少ししたら、妹も遊びから帰って来る」

 「……親は何も言わないのか」

 如月は嘲るように

 「そういうなよ」

 とそれだけ言った。

 「ところで、ボクの意見を言うとだね。とりあえず出没の可能性が、少しでもありそうなところに、妹を……おまえの恋人を近づけない。もちろん、夜外に出すこともしない。そして別の被害が出たら、そしたら劾を信頼してやろうってこと」

 前半はまるで、小学校の先生が言いそうな常識ごとだった。

 なんというか、斬新な考えとは言いがたい。

 「……その程度の意見なら、メールでしろよ。その地図を送ってくれたら」

 「それとだね」

 如月はあくびをしてから

 「おまえには、街にカメラを仕掛けてもらいたい」

 「はぁ?」

 弘は目を見開いて言った。

 「だいたいのことは警察がやってしまうけれど、こういう犯罪的なことは例外だからね。できることは全てやろう、妥協はできない、それが、愛する者の心意気と言う奴だ」

 何か違う、と弘は思ったが、しかし憮然と頷いた。如月は満足そうに笑うと、ビニール袋に入った無数の装置を弘に手渡す。

 「これから説明をするよ。良いね」

 いや待てどうして俺がこんなことをしなくちゃいけない、おまえがすれば良いだろうが、と弘が思った時だった。

 「うん?」

 あぁあぁあぁ、という何やら不気味な、少女らしき声色が如月のズボンのポケットから響いた。メールを着信する音だろう。どうやらこの漫画好きの浮浪者は、携帯電話なる文明品を所有しているらしかった。

 「なんだよ」

 弘は携帯電話を取り出した。如月の着信と一瞬送れて、弘の携帯電話もメールを着信する。画面を開く。その内容は

 『この地図に載っているところへ来て欲しい』

 送信者は大宮港。

 読了ありがとうございます。

 随分と稚拙な構成になってしまい申し訳ありません。プロットの細部をもう少しちゃんと決めてから書くべきでした。

 もっと精進いたします。これからもお付き合いください。

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