第十八話:気に食わないアリシア
「あんたの過去の記憶、気に食わない箇所がたくさんあるわね」
アリシアはそう告げる。
「どこが?」
「まず、概ねの流れは分かった。あんたが世界の全ての人を笑顔にしたいっていう願いのために頑張る理由もよく分かった。でも、気に食わない。気に食わない気に食わない!!!!」
アリシアは地団太を踏む。
"ヴァンの記憶の中のニーズランドのスキルは、奴のそれと完全に一致してる。てことは、ニーズランドがヴァンの街を滅ぼしたのは事実なんでしょう。なら、ガラムハザールがあたしにしたあの説明はなんだ?"
ヴァンの記憶とガラムハザールがアリシアに告げた発言"終わった街は人間同士の戦争により滅んだ"に、矛盾があった。そしてヴァンの記憶は真実であった。そうなると誤っているのは、ガラムハザールの発言であるということになる。
「とっちめてやろうかしら」
アリシアはため息をついた。魔王城はアリシアとガラムハザールが数多の最上級防衛スキルを施しており、何人たりとも瞬間移動系のスキルで移動することができないようになっているのだ。
アリシアとガラムハザールすらも瞬間移動できない程の強固かつ数多の防衛スキルは、神の来訪を防ぐためのものだ。アリシアだったりガラムハザールだったりが瞬間移動できてしまうような抜け穴を作ると、あの神はその抜け穴から魔王城に瞬間移動してくる可能性がある。
だからアリシアも、魔王城まで瞬間移動することは不可能なのだ。数百km付近への瞬間移動はできても、そこからは通常の移動となる。
"次回会った時にとっちめてやるんだから"
アリシアはそう思った。
そしてさらに、アリシアが気に食わない二つ目のポイント。ヴァンが会ったとされるフード付きのコートを身に着けた女性は、"ヴァンは勇者の街で最善の師に出会うであろう"といった内容の言葉をほざいたらしい。
ヴァンが出会ったのが、最善の師であるとはアリシアは思わない。だがヴァンは、師と呼べるであろうアリシアに出会っている。
"何者だ?"
アリシアはその女性について考察するが、その考察は考察の域を出ない。だからアリシアはその者の名を、予測でも提示するのをやめた。
そして、最後の気に食わないポイント。アリシアは近くにあった岩石を思い切り殴った。ヴァンの体よりも大きいそれは、アリシアの一殴りにより大きく凹んだ。
「わっ」
ヴァンがびっくりしたように声を上げた。
アリシアは自らの中に一つの感情が渦巻いていることを理解していた。闇の化身が決して持ってはならない、アリシアにとって邪悪な感情だ。
"こいつ、可哀そう"
他者を思いやる感情を闇の化身であるアリシアが持つこと自体が、アリシアには許せなかった。だがその感情が自らの中に存在しているアリシアは、岩石を何度も殴り続ける。手だけでは足りず、頭突きのようなものでも攻撃し、岩は崩れ去った。
「ちょっと、どうしちゃったのアリシア」
ヴァンからしてみるとアリシアはぶつぶつ独り言を言った後、いきなり岩を殴るという奇行を始めたのだ。ついていけないのも仕方ない。
「うるさい!!!! あたしはもう帰るからね!!!!」
アリシアはそう言ってから歩き始めた。
「夜の森は危ない……」
「ついてこないで!!!!」
アリシアの発言によりヴァンは、何も言えなくなった。ヴァンが鍛錬で疲れたところを襲おうと身を隠していた魔物達が、アリシアのその怒りを察知し、本能で逃げ出した。
ヴァンは一人になった後、鍛錬を再開した。少しでも早く立派な勇者になるために、だ。
ヴァンが鍛錬を再開した気配を感じたアリシアは、さらなるイライラをつのらせた。
"なんであんたはそんな過去を持って、そんなにも腐らずに頑張れるのよ"
アリシアはイライラしながら森を歩いた。