第8話「根」
『蒲森区――原因不明の昏睡生徒、のべ三〇〇〇人超』
朝のニュースのテロップに目を見張った。
起き抜けにトイレへ向かう途中だったが、居間で立ち止まり、暫釘付けになる。
都内でありながら滅多にスポットが当たらない、我らが蒲森区。
その蒲森区が話題になっているだけでも十分驚きだったが、それ以上に目を引いたのは、その後に続く不穏過ぎる文言だ。
三千人。
この国の人口が一億を優に超えることを思えば、その数は微々たるもの。
だが、この蒲森区だけ、しかも生徒――おそらくは中高生だけでその人数となれば、話は別だ。
昨日学校や塾で気付いた異変は、どうやら思った以上に深刻かつ局所的なものらしい。
一体何が――?
その内容は非常に気になったが、若干寝過ごしたので今は悠長に考え事をしている暇は無い。加えて、父親――前科者の糞野郎――の不快な命令口調が聞こえてきたのでトイレへ進んだ。
どうせまた母親、奴にとっての妻を召使いのように指図してんだろう。
あいつは今の自治体に入職して以来、俺が朝食の席に着くのとほぼ入れ替わりの時間帯に出勤する。
そのため、奴が家を出るまではトイレや歯磨きで時間を潰すのが常だ。
それにあれだけの異常事態なら、別にあとから新聞やネットでいくらでも情報は拾えるはずだ。
だが一日の始まりを無闇にあいつで汚せば、今日という日が澱んで台無しになる。そう考えてのことでもあった。
バタンと無駄に大袈裟な音を立てて玄関の戸が閉まるのを聞くと、スマホ片手にテーブルに腰かけた。
テーブルには、赤だしの残りに冷ご飯をぶち込んで煮込んだ挙句放置した、いつも通りの温い残飯朝食が用意されていた。
スマホで件の事件を調べながらも、それを口へ運んでいく。
うん、美味しい。この傍目には残飯にしか見えない朝食は、客観的に考えればちょっとした虐待のようにすら映るかもしれない。
だが、これはむしろ俺が望んでこうしている。そりゃそうだろう? 朝は寝起きで腹を下しやすいが、一方で勉強の効率を上げるには速やかな糖質の摂取が肝要。となれば粥は実に合理的な朝食だと言える。
そして味噌汁の残りだからビタミンやたんぱく質も程よく取れるし、温くて柔らかいから素早く食事を済ませられる。それに何より美味い。
故に俺は考える。この残飯こそ、至高の朝食であると。
茶色いブツを、無心でドバドバと口に掻き込む。俺も母親も黙々と自分の作業をこなし、生活音のみが響く殺伐とした空間。テレビに映るイケメン俳優だけが、その沈黙に耐えがたいとばかりにオリーブオイルを熱く語っていた。
そう言えば、ここ一週間は久しぶりに母親とたくさん会話したな。
そう、ふと思った。
病院での不自由な入院生活を余儀無くされたため、母親との事務的会話は必然的に増えた。その前後――例えば今日のような、互いに一言も発せず、決まりきったタイムテーブルに従って作業のみをこなす、そんな日々に比べれば。
俺達がここまで相互不干渉になったのは、果たしていつからだっただろうか。
幼稚園の頃まで遡れば、文句無しに普通の親子だったと思う。
普通に幼稚園の友達のことを喋って。普通に悪戯して怒られて。それで、あんまり悪ふざけが過ぎるとビンタもされたけど、その後は抱きしめられて頭を撫でられて泣いたりして。まあ、当時からプールだの英会話だの、さして興味も無い事をやらされまくりはしたが、そんな家庭は世の中ごまんとあるはずだ。
狂い出したのは、小学校に上がった辺りからだったか?
小学校入学早々傍若無人な態度を取り続けた俺は、虐められるべくして虐められた。横柄なのは幼稚園時代から一貫していたが、当時は四月生まれの大きな身体にものを言わせて、それを押し通せた。
だが小学校ではそうはいかなかった。
俺のような偽物とは違う、本物のジャイアンに遭遇したのだ。
奴は身長、腕力、運動神経、そのどれを取ってもぶっちぎりのクラス一だったが、それ以上に肝の座り方が俺とは違った。
俺は奴と衝突するべくして衝突し、正面切っての喧嘩でその目に気圧されてコテンパンに殴り倒され、以来毎日虐められた。
ジャイアンとその取り巻きに連日殴る蹴るの暴行を受けて気が塞ぐ一方、母親は「もう幼稚園児じゃないんだから」と露骨にきつく当たるようになった。
そして母親も母親で、俺が小一だった夏に父親の不倫が発覚したことで、かなり情緒不安定になっていた。学校ではこっぴどく虐められ、家では心が秋の空どころじゃなく台風と曇りを分刻みで繰り返す母に罵倒される日々。
そして、脳溢血で下半身不随になってからは、目も当てらなかった。
まるで俺が息子じゃなく恥の権化か何のように、奴等は俺を直視しなくなった。俺という存在を歪め、隠し、汚点として忌み嫌った。
俺が特別支援学校に転校することになったときに猛抗議してくれたときは、一瞬喜んだ。だが、それも束の間。奴等は単に、世間体のみを憂いていた。
自分達が化け物の飼い主であることを知られるのを恐れた。奴等の浅ましいまでに露骨な言動は、当時小学二年生だった俺をして、奴等の根底にある本音を理解させるには十分過ぎた。
その後も彼等の態度は清々しいまでに徹底していた。俺の足が五十メートルを九秒台で走れるまでに回復すると、すっかり体はまともになったと安堵した。
俺が屈辱と中学デビューへの憧れを糧に受験勉強に打ち込み、県内トップの中高一貫私立、白愛学園に受かってからは、自慢の息子などと持て囃すようなった。
そうかと思えば、中二の冬に白愛から都内の訳の分からん定員割れ三流私立に転校すると、奴等の掌は三度反転した。
色々あってぼっち中学生活を送る俺に、人付き合いの大切さとやらを偉そうにご高説くださった。
俺自身は白愛を辞めるつもりなんて無かったし、白愛ではそれなりにうまくやれていた。俺が転校せざるを得なくなったのは、奴等のせいだ。
あの父親は痴漢で逮捕されて懲戒免職になると、地元に居辛いからと独断で東京への高飛びを決めた。当時の学校での態度に関しちゃ俺にも非はあっただろうが、基本的には俺は連中の割を食った被害者だ。
気が付くと、俺は母親を殴ったり蹴ったりするようになっていた。
そしていつしかあの人は、こんなことを言うようになった。
「お前は奇跡的に体がちゃんと動くようになった。それは本当に良かったと思うし、私もほっとしてる。でも、お前は代わりに頭がおかしくなった。昔のあんたはここまで自分勝手で常識の無い変な子じゃなかった。私は、お前がいつかプッツンして、人をブスッとやったりしないか。それがはっきり言って不安だよ……」
久し振りの朝食ということで知らず知らず感傷に浸っていると、気付けば鍋の味噌粥は残り一口になっていた。
それを口いっぱいに詰め込むと、さっと制服に着替えて家を出る。
時刻は既に八時十五分を回っていた。
これはいけない。全力で走って、果たして間に合うかどうか。
担任の堀越は、去年まで生徒指導担当だった糞面倒なジジイだ。
病み上がりという大義名分があるとはいえ、遅刻は避けたい。
自転車に跨ると、立ち漕ぎで軽快に飛ばした。




