第3話「総合人間部」
部室である和室へ向かう足取りが、微妙に重い。
終わりのHRを終えると、どっと疲労感が出た。
登校前は無駄に過剰に元気だったのが嘘のようだ。
今になって初めて、さしもの俺も久し振りの登校で多少気疲れしていたらしいと気付く。
だが、これからその数倍は疲れそうな空間に突っ込もうというのだから、俺は案外被虐嗜好があるのかもしれない。
いや、違うな。これは俺の比類無き向上心、その一端が現れているに過ぎない。
困難に自ら積極的に立ち向かう建設的思考。
それを武器に俺はこれまでの人生で数多の障害を撥ね退け、成功を重ねてきた。
「いいか⁉ こうギリギリ上を通ってだな――グシャーッ!!」
「ほら君はそうやってすぐ人を殺す! 人の命を何だと思ってるんだ!」
「んなもん知るかよ。人類存続の妨げになるユダ野郎共なんてまとめて皆殺しでいいっしょ。死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死んじまえー! こうやって全部焼き払えばさ、秘められし真の力が覚醒して、正統な持ち主のもとへ一人でにビュンと――」
いつもより二割増くらいでネジが飛んだ会話だなー。てかやっぱり友達は選ぶべきだよなー。いや、そもそも他に選択肢なんて無かったんですがね……?
そんなことを考えながら和室の前に立つと、ネジではなく硬くて黒くて太いナニかが障子を突き破って飛んできた。
「痛ってぇ!」
「おっ、安晴じゃん、久し振り! まだ生きてたんだ!」
穿たれた穴から心底愉快そうに煽って来る馬鹿を発見し、障子戸を思い切り開けて室内へ押し入る。
「ご挨拶だなァおい! こちとら今日退院したばかりの病――ってオイ……」
先程の太マジックの固い感触とは打って変わって、肌に当たる柔らか――でもないが少なくとも固くはない感触に、瞠目する。
「いや、マジで良かったよ――安心した」
「そりゃどうも……。で、分かったからとりあえず離れようか? な?」
「お前女子に抱きつかれてその反応って本当に男かよ! ホモなの? 私の目を盗んでは兼嘉と乳繰り合ってんの?」
仰木流瑠香――俺がこの学校でまともに喋る僅か二人のうちの一人――は再会早々いきなり抱きついて来たかと思えば、その直後には再び頭のおかしなことを喚き散らしていた。
「いや、好きでもない男相手にいきなり胸部を押し当てて来る糞ビッチを女子と呼ぶのはちょっと……」
そして悲しいかな、その胸部もあまり柔らかくない……と続けようとしたが、その辺は本人も何気にかなり気にしているらしいので呑み込んだ。
うーん、寂しい胸部と高めの身長がやや男っぽい印象を醸してはいるものの、顔は相当良いはずなんだけどなぁ。やっぱりこいつの致命的問題は中身だよなぁ。
「おいおい、俺を置き去りにして二人で再会を祝うなよ」
「お前はこの煽り合いが祝ってるように見えるのか?」
俺と仰木の間に、この和室にいるもう一人の男が割って入ってきた。
「そりゃ空気扱いでハブられた僕からすればね。てか安晴、お前食堂でまた僕のこと無視しただろ!」
栂野兼嘉――俺が学校で喋る二人のうちのもう一人――は何やらまるで俺に非があるかのように俺を糾弾した。
「だからお互いのためにもそれがいいって何度も言ってんだろ? 部活以外の時間に校内で会ったときの俺とお前は赤の他人同士。そんな訳でひさしぶり、栂野。長いこと部活休んで悪かったな」
「あ、ああ。とにかくまあ君が無事帰って来たのは良かったよ。おかえり、安晴。それはそれとして流石に無視は無いだろ、無視は」
「お前、俺より成績良いんだから何回も同じ説明しなくて分かるだろ? 百歩譲ってお前がいいとしても俺が困る。だからやめろ」
栂野には、俺や仰木と決定的に違うものがあった。
学力? いや違う。全国偏差値はそこそこ差があるものの、俺達はこの学校でそれぞれ、一位二位三位の座を不動の定位置としている。
運動神経? これも違う。学力ほど圧倒的じゃないにしろ、三人とも運動神経はいい方だ。
顔? まあ微妙ってところか。こいつらは二人揃って学年トップレベルの美男美女だから、俺とは違う。だが俺だって並みくらいではあるはずだ……たぶん。
俺と仰木の二人と比べて、この栂野が異なっている点、それはずばり校内カーストである。
自慢じゃないが、俺と仰木は頭のおかしいぼっちとして既に広く知れ渡っている。特に仰木は、良くも悪くも学年一の有名人で、恐らくその名を知らぬ者はいない。仰木に比べれば断然地味な俺は、他クラスの連中の知名度なら、まだそこまででもないかもしれないが。
だがいずれにせよ、校内において俺達と接触するという行為は、まともな高校生活を送る一般生徒にとってはリスクでしかない。そしてそれは、現時点では華々しい青春生活を送っている栂野の無双のリア充力を以てしても、十分に致命的だと俺は考える。
最近でも栂野に関するものと思しき会話の中で、「ボランティア部」だの「るるかちゃん係」だのいうワードが登場するのを聞いたばかりだ。
それにぼっちサイドの俺としても、奴との繋がりをあまり表沙汰にしたくない。
奴のコミュニティ内の美しい風景に俺という汚物が混入すれば、どうなるか?
まず最もありそうなのは、汚物を取り除こうという発想だろう。
流石に「お前みたいな陰キャが兼嘉に付きまとうな! キモいんだよ!」なんて俺に直接言ってくる奴は少ないかもしれない。
だが、そこは奴等お得意の世論操作が為せる業。
カースト上位の権力者が個人の感想として俺の存在が不快だと主張したり、興味本位の四方山話としてあること無いこと陰口を叩いたり。
周囲の生徒達に俺へのヘイトを喚起するくらい、奴等にとっては児戯に等しい。
そして彼等のそうした行為は、栂野本人の意思とは一切無関係なのである。
故に俺は考える。奴はクラスメイトの前でみだりに俺や仰木と親しくしている様を晒すべきではないと。
とはいえ、今は部活の時間だ。余計なしがらみに囚われず、普通に楽しめばいい。
「そんで、お前らさっき何話してたんだよ? 何をどうやったら障子を突き破ってマッキーが飛んでくんだよ」
改めて和室の中を見渡す。
室内には、ホワイトボードに本棚にテーブルにPCと、この部屋の本来の用途とは無縁の設備の数々が所狭しと置かれている。これだけなら既に見慣れたいつも通りの部室の風景だ。だがテーブルの上には、何やら建物の見取り図と思しき紙が広げられていた。
「いやさ、計画の説明をしてたらつい熱が入ってね?」
仰木が地図を拾い上げながら愉快気に話す。
「計画?」
「そ、ロンギヌスの槍強奪計画@エチミアジン修道院!」
俺は助けを求めるように栂野に視線を移した。栂野は俺を激励するかのように無言で力強く頷いていた。
「なあ、この部って何部だったっけ……?」
「いや、総合人間部っしょ」
力強く言い切った仰木の言葉は正しい。
そう、ここは総合人間部だ。
名前を聞いても何をしているか全く見当も付かない部というものは、往々にしてろくなものじゃない。そして言うまでも無く、この部もその例に漏れない。
とはいえ、建前上はそれなりにちゃんとした部活だ。
特定の分野に囚われず、さまざまな分野・領域に関する知識を横断的に幅広く吸収する。
それにより総合的な教養を涵養し、ゼネラリストとして柔軟かつ弾力的に活躍するための基礎を構築する。
つまるところは、大学でやってるリベラルアーツ教育を高校生相当に易しくして、楽しく学ぼうといったところか。
それがこの部を立ち上げるときに、学校側に報告した活動内容だ。
しかしながら、その実態はまあ……お察しだった。
試しに、これまでの活動内容のいくつかを思い起こしてみる。
経済学におけるサンクコスト、及び限界効用逓減の概念の直観的理解を深める。
そのための活動として、我が部は食べ放題の焼き肉店にくり出した。
栂野が限界手前で自重した一方で、俺と仰木は限界を超えて肉を貪って店内で嘔吐し、謝罪と賠償をする羽目になった。その選択と結果の違いにより、リスクプレミアムについても学べるというおまけつきだった。
ITにおける簡易的なホームぺージの作成と政治に関する考察を行う。
そのための活動として、我が部は現政府を批判するサイトを立ち上げ、過激な罵詈雑言を書き連ねた。 次第に俺と仰木のチキンレースの様相を呈しつつあったそれは、栂野が無ければ間違い無く犯罪予告による警察沙汰を引き起こしていただろう。
活発に議論を行うことで、哲学的に思想を深める。
そのための活動として、我が部はネット上最大手の匿名掲示板に赴いた。
気に入らない書き込みを見つけては絡んで喧嘩を売り、正論と煽りを織り交ぜて次々と相手を論破してみせた。
三人の息が合った連携による自作自演は、我ながら絶妙だったと思う。
「うん、ほんとろくな部じゃないな……」
「ごめん、ちょっと同意する……」
俺はこれまでの活動を振り返ってそう言ったのだが、栂野は破れた障子を見ながらそう漏らしていた。
「で、そもそも何でロンギヌスの槍を盗むわけ?」
「はぁ? そんなの決まってんじゃん――神をぶっ殺すためだよ! キリスト殺しの宝具と言えば、やっぱかの聖槍こそ王道っしょ?」
ここが日本で良かった。そう思わずにはいられない、清々しいまでの問題発言だった。
なるほど。確かに筋は通っている。
こいつは発想がエイリアンなだけで頭はかなりいい。
所謂地頭は必ずしも学力とは比例しないが、少なくともこいつが全国模試で塔大A判定を毎度維持してるのは厳然たる事実。
ちなみに俺はまだC判定しか取ったことが無い。
「で、そのためにロンギヌスの槍を手に入れようって話になって。最初僕は穏便に盗み出そうって提案したんだけど……」
「いや、犯罪行為な時点でアウトだから」
「本物ならかなり厳重に警備されてるだろうし、そんな真っ当な方法じゃ無理ゲー過ぎって話になって」
栂野は俺の突っ込みなど聞えなかったかのように続けた。
「それならいっそ、警備諸共爆破すればいんじゃね? って私が提案したんだよ。本当に神を屠るだけの神秘を秘めた神器なら、少々の爆撃くらい耐えられるはずだし。で私達が一番手っ取り早くできそうな方法って言ったら、旅客機をジャックしてそのまま自爆テロじゃないかな? って」
毎度のことながら、我が部の活動はぶっ飛んでるなぁ。
今回の建前としては、自ら国際犯罪を謀略することで国際法に関する理解を深め、また犯罪を成功させるために計画を練る過程で論理的思考力を養うといったところだろうか。
これ、微妙に共謀罪に引っかかってないか……?
「うん。前から知ってたけど、お前やっぱり馬鹿だろ。バーカバーカ」
「んだとてめぇ! こっちは真剣に、どうやりゃいけ好かねぇ神様の野郎をぶっ殺せるか考えてるってのに。言うに事欠いて……!」
脱力しきった声で俺が煽ると、仰木は思いの外ガチでキレてきた。
え、何? 空想遊びじゃなくて、お前これ本気でやるつもりだったのか……?
「まま、二人とも落ち着いて」
怒り収まらず、フゴフゴ言いながら猪のように俺へチャージしてくる仰木を、栂野が諫める。
「でさ、安晴。君的には、この計画やっぱり無茶かな……?」
「ぶっ。そりゃお前、無茶も何も荒唐無稽過ぎてな。大体だ、神なんてとっくの昔に死んでんだろ。さっきから話題に出てる聖槍でとどめ刺されて死んでるし、信仰としてもとっくに死んでる。偉大なる我らが先達、ニーチェ先生も仰っただろ? 『神は死んだ』って。殺す妄想するにしても、瀬出総理とか合衆国のウノ大統領にしろよ。ああちなみに、前者なら俺もノリノリで付き合うぜ?」
そう。仰木を馬鹿にして笑っているが、俺もあまり人のことを言えた義理じゃない。自慢じゃないが、俺も俺で大概拗らせているという自覚はあるのだ。少なくとも世間一般の平凡な高校生が見れば、痛い厨二病患者と嘲笑するであろう程度には。
「そうか。それが今の君が出す答え何だね……」
「けっ、そうかい。まあそんならそんでいいよ。ちっ――面白くねえの」
栂野はがっくりと肩を落として、仰木と顔を見合わせた。
仰木はさっきまでのブチ切れモードとは打って変わり、不貞腐れたようにそう言い捨てた。
いやいや、少々ノリが悪かったと言われれば確かに否定はしないが、そこまでのことか? 何となく釈然としないような。
「って、もうこんな時間じゃん。私そろそろバイトのシフトの時間だから行くわ。ま、今日のところはとりあえず、安晴が無事我が部に生還してめでたしめでたしってとこかな。そんじゃまた明日の部活で」
そう言うと、仰木は足早に部室を出て行った。




