第2話「虚ろな日常」
久し振りの学校は、取り立てて変わったことも無く、平常運転で進んでいく。
いつも通り自分の席に着き、いつも通りHRを終え、いつも通り授業が始まる。
今更たかが一週間休んだくらいで、俺に話しかけて来るクラスメイトなどいる訳も無い。何せ俺は、クラスじゃ入学以来ぼっちを貫いている。彼等からすれば、俺の存在なぞ、教室後方のロッカーに置かれた観葉植物くん程度の意味しか無い。
世間の中高生共の多くは、このぼっちという境遇を、ときに死よりも恐れる。
なるほど確かに、俺もその気持ちは分からないでもない。
仮に、かつての中学時代の友人達がこの学校に一人でもいたなら。
そしてその友人が、こうして英語のペアワークになる度に執拗に鞄を漁って探し物を始める俺を、居た堪れない目で見てきたなら。
その暁には、そこいらの凡人共が精神を崩壊させる程度のショックは受けるだろう。
だが、幸いこの学園には、中学以前の知り合いはただの一人もいない。
不本意に次ぐ不本意でこの学園へ進学する羽目になったときは絶望したものだが、その一点だけは入学当初から喜んでいた。
それに俺はクラスでこそぼっちだが、奇跡的に友達には恵まれた。
こうしたクラスでの扱いすらも全て引っくるめ、それでも俺と懇意にしようという酔狂な奴等に。
あいつらがいる限り、あいつらさえいれば、この学園が本来の俺の偏差値より十は落ちる滑り止めで受けた私立高校だろうと、クラスでぼっちとして白眼視されようと、全く気にするに値しない。
それにそもそも俺は、そこいらの凡人共とは魂の強さが違う。
人生のどん底から自力で這い上がって生き抜いてきた。
のほほんと満ち足りた恵まれた温室で育ってきた甘ちゃん共とはわけが違う。
「お前舐めとんのか、あぁ⁉」
気が付くと、英語教師の中村が目の前で、俺の数学のテキストを引ったくって机に打ち付けながら声を荒げていた。今日は両隣が欠席しているため、無駄に目立ってしまったらしい。
「内職するだけならまだ俺も分かるわ。お前らも期末大変だろうしなァ? でも先生に当たられて無視っつうことはお前喧嘩売ってるってことだよなァ! あ⁉ 何とか言えや」
この手の体育会系上がりの脳筋教師は本当に関わりたくない。猿じゃないんだからいちいち怒鳴ったり腕力で恫喝したりして威嚇するなよ。だから馬鹿にされるんだよ。
まあとはいえ、今のは確かにどう考えても俺が悪い。
「喧嘩は売ってません。脳の発作で倒れて昨日まで一週間入院しててぼーっとしてたみたいです。本当にすいません」
「入院……?」
「ええ、まぁ。一応退院はできたんですが、まだ本調子じゃないみたいで……」
本調子じゃないどころか、むしろ体力は有り余っている。だが入院してたのは事実だ。
「うーん、まあそうか。それなら当てられとんのに三回も無視し続けたんはいいから、その代わり内職はするなよ? 真面目に授業聞くように。先生に失礼やろ」
いや失礼も何も、授業はお前の仕事だろう? お前は学校から給料を貰うのと引き換えに、我々への授業及びその他の雑務に従事してるのであって、そこに俺がお前の話を聞いてやる義務なんてものは絡まないんだが? 大体英語なんて、本来誰しも真面目に授業を受けて当然の重要科目なのに、それでも生徒に内職される自分の授業がいかに無益かを自覚しろ。
そう言いたいところだったが、余計な発言で事を荒立てるのも面倒だったので黙って従った。
「そんじゃ、気を取り直してもう一回訊くぞ? この谷口くんの和訳は一箇所大事なとこにミスがあります。穴堀、どこか分かるか?」
「ええと、その『想像力に富んだ友達』ってとこじゃないですかね?」
黒板に書かれた谷口の和訳を指差しながら指摘する。
マイワールドに没入してて、話は全く聞いていなかった。
だから一悶着あってなお俺を指名してきて焦ったが、簡単な話で助かった。
「おお正解! ほけーっとしてる割にはやりますねぇ! で、その心は?」
「Imaginativeならこの通りの訳で大丈夫ですけど、imaginaryは想像上のっていう意味なんで、これも想像上の友達って訳が正しいかと」
「ザッツライ! 完璧! その通り!」
この手の一つの単語から派生した形容詞が二つ以上あって、その意味がはっきり異なってるってのは受験じゃ定番中の定番だ。俺ならこの程度当然答えられる。
内心若干悦に浸っていたが、それを顔に出すとガリ勉ぼっちのキモい奴がたまたまうまく答えられただけで粋がっててマジキモいと思われるのは火を見るより明らかなので自重する。
それにしても、想像上の友達ってお前……。
内容が気になったので改めて元の英文を見返す。
何だかカクカクしてて日本語としては不自然だが、正確かつ丁寧で一点の減点も許さない俺流の和訳だとこう書かれていた。
『子供達が幸福でかつ一人で遊んでいるとき、想像上の友達は存在すると確信されている』
この英文曰く、想像上の友達とやらはどうやら肯定的に捉えるべきものらしい。
正直あまり納得いかないなあ。いやだって、実在しないものをすると思い込んで会話って……。それ要はタルパじゃん。エア友達じゃん。幻覚見えちゃってるヤバい奴じゃん……。
再び思考があらぬ方向に脱線しかけたところで、授業終了のチャイムが鳴った。
昼休み開始と同時に食堂へ駆け出す。
俺の一年一組は食堂からの距離が最も近く、その距離僅か約十五メートル。
全校生徒がこの一つの食堂に集中する中でこの地の利は本当にデカい。
待ち時間ゼロ秒で食券を買うと、そのままラーメン大盛りを掻き込み、そそくさと食堂を後にする。
そして、出て行くときに未だ券売機の前に列を成して屯する連中を見て、軽い優越感に浸る。
フッ、お前らはそうやって無駄な時間を浪費していろ。馬鹿で非効率的なお前らにはそれがお似合いだ。お似合いだ……。
流石に自分の性根の腐り具合に引いたが、気にしない。
「お! おっす、安晴!」
突然声がかかる。それは行列の中でも一際眩い光を放つ、大規模な男女混合集団からだった。
この学園で昼休みにわざわざ俺に声をかけてくる人物、それも親しげに下の名前で呼んでくる男と言えば一人しか心当たりは無い。
よって全く聞こえなかったふりをして素通りする。
俺みたいな糞野郎でも胸を痛めることはある。
俺だって、こうやって無視なんてするのはあまり気持ちのいいものじゃない。だからいい加減理解しろよ、あの馬鹿は……。
そんなことを考えながら教室に戻り、自習に勤しむ。
新興私立で人集めに躍起なこの学校は、ありがたいことに授業料を全額または半額免除する特待制度を採用している。
だがその特待を受けられるのは学年で最大二人まで。
そして基準の九割はどうやら学力が占めている。
俺の学年内での順位は、情けない話だが、現状三位。
つまり、特待を受けるには最低あと一人、目の上のたん瘤を倒さねばならないのだ。
故に俺は、昼休みも自習に励む。まあ、他にやることが無くて時間を無駄にしてしまうからというのもある訳だけども。




