第27話「共有」
「で、昨日の結果はどうだったわけ? 正確には昨日ってより、昨日までの一週間だけど」
今日で学校閉鎖も二日目となった。
俺達蒲森区の中高生だけが世界と隔絶した異世界を往来する中、世界はごく普通の平常運転を続けている。
両親がいつも通り出勤した栂野邸に、俺達三人は集合していた。
「お前が昏睡状態に陥って以来、僕達の情報更新は止まってるからね。犠牲者が増え続けてるらしいこと、そして今こうして顔合わせている以上僕等は生き残ってるらしいことは分かるけど」
「劇的変化はねえな、残念ながら。旭日の思惑通り順調に殺し合いが進んでる」
そう、これこそが俺達がこの現実世界で〈神の庭〉について語れる理由だった。
初日に旭日が説明したとおり、あの地獄へと招かれた者達は皆、一人の例外も無く記憶を失っていた。
目の前で友人や兄弟が殺される、あるいは自分が生きるために自ら彼等を食い殺してなお、それを綺麗さっぱり忘れていた。
だが、俺が自らの〈宿業〉を自覚し始めた四日目、異変は起きた。
現実世界ではどうあっても記憶を維持できないという旭日の言葉に反し、徐々にだが俺は記憶を持ち越せるようになった。
そして、俺の〈宿業〉が単に不死身であると言うだけでなく、あらゆる外的干渉に抵抗できるものだと理解した日。
俺は記憶を完全に引き継げるようになった。
とはいえ、そもそもがあまりに荒唐無稽で突拍子も無い話だ。
最初は俺自身の正気を疑ったし、他人に話すことも到底できなかった。
なぜなら俺が話すべき相手など、今顔を突き合わせているこの二人をおいて他に無いし、頭のおかしいことを言って二人を失うのは何より恐ろしかったから。
だから俺は、一旦様子を見た。
そして六日目の夜、俺は〈神の庭〉でノルマ達成後に二人に相談し、自分自身以外に知り得ない極めて些末な個人情報を訊き出した。
それらとその日に殺された脱落者達の情報を割符に、現実世界での二人に事のあらましを説明し、何とか信じてもらえることにも成功した。
だが、そこまでが俺達の限界だった。
俺達三人が〈神の庭〉でどう連携して生き残るかを検討することはできたし、今日まで俺達が生き残れているのも、それによる部分が大きいだろう。
だが、いかんせん俺の話に耳を貸す人間なんて世界でこの二人しかいない。
絶大なカリスマと人望を持つ栂野を以てしても、自身は全く知らない俺から聞いた与太話を他人に信じさせることは叶わなかった。
周囲の白眼視を受けてなお栂野は懸命に食い下がったが、俺がそれを止めた。
お友達連中から栂野の頭がおかしくなったと判断されたら、その矛先は俺達に向けられること。下手したら見当違いの逆恨みで、仇討ちとして俺の命が現実世界でも奴等に狙われかねないこと。そして、お友達連中の説得を断念することを条件に、俺が今後も〈神の庭〉での情報を提供すること。
それらを材料に何とか栂野を説得し、情報共有は俺達三人までにとどめることで落ち着いた。
俺は現在の生存者が既に約二五〇人程度にまで減ったこと。戦場が奴の宣言通りコロコロ変わり出したこと。昨日唐突に追加された棄権許可ルールのこと。その他諸々を一通り二人に説明した。
「なるほどねえ。そりゃあ確かに順調そうだ。棄権云々は意図がよく分からないけど、まあ私らには関係無いっしょ」
「僕等は――僕等は一体何人の人達を手にかけた?」
沈鬱な面持ちで栂野が尋ねる。
昨夜の――戦場での記憶を直接体験で蓄積している栂野と、伝聞で情報を聞くことしかできない今の栂野はある意味別人だ。
淡々とした落ち着きぶりは鳴りを潜め、良心の呵責に打ちのめされていた。
本来はこいつの反応の方が正常なのだろう。
〈神の庭〉での反応とほとんど差が無い仰木の方が異常なのだ。
「俺達が殺した奴等は……悪ぃ、全員の名前までは思い出せなかった」
今日の起床後すぐに書き出し、その後も何とか捻り出して二人ほど追加した十余名のリストを差し出した。
「これが……こんなに俺は……」
昨日、俺が栂野邸で見た殺害者リスト。
それは、俺が〈神の庭〉で意識を失う前までのものだ。
だが旭日の宣言どおり、日程後半に入ると生存倍率はグッと上がり、それに比例して俺達が殺す人数も増えた。
殺害者リストに連なる名は、今日の時点で既に倍以上に膨れ上がった。
「だーからさぁ、生き残るってことはそういうことなんだよ。感傷なんて持ってても仕方無い。殺すのに耐えらんないなら、自分が死ぬっきゃないんだよ。この腐った世界ではね」
「ちなみに、意味あるか知らねえけど、とどめ刺してんのはこいつがぶっちぎりで多いぞ? まあ、役割的にお前はDFで仰木はFWみたいなもんだから、当然ちゃ当然だけど」
「例の自称神様とやらのことは、何か分かった?」
俺は昨夜二人から受けた報告を反芻しながら、目の前の二人に説明する。
「いいや、さっぱりだ。まあただ、神っつってもありゃおそらくキリストじゃねえわ。どうやら錬金術師だってのは確からしい。とすると、俺はトリス……トリス……クリトリ」
「トリスメギストスな!」
栂野が俺の口と首を押さえつけながら声を張り上げた。
痛い痛い! 別に不死身だろうが痛いもんは痛いって俺言ったよな? 糞が!
なんだよ、顔面真っ青だったくせにしょうもない下ネタにツッコむ元気はあんじゃねえか!
「うーん、となると、やっぱロンギヌスの槍じゃ無理ぽ?」
ロンギヌスの槍――その名で先日二人の話を馬鹿にして笑い飛ばしたことが思い出される。
「だろうな。こないだは悪かったな。お前らが真面目に対策考えてたってのに」
「真面目半分、悪ふざけ半分だったけどね。マジのガチ案だったら、具体的な流れまできっちり決めてとっくに渡航してるよ」
「それに記憶を失っていた以上仕方無いさ。それよりもこれからどうするかだ」
「そうだな。そんでまあ、俺はそのトリス何とかくらいしか知らんが、錬金術師全般の弱点なんてねえよな?」
「厳しいだろうねぇ。昔の錬金術師なんて、現代の研究者みたいなもんだし。科学技術に精通しててクッソ頭良いってだけで、基本的にはただの人間でしかない。死因もまちまちで、単なる老衰やら病死から、迫害による処刑まで色々。自分の研究結果を妄信して有毒物質を過剰摂取して急死みたいなのも多いはずだけど」
「いずれにせよ、あんな化け物は歴史上にはいねえわけだ」
「そ。少なくとも今日の歴史として残っているものにはね。歴史なんてもんは結局、過去にはこんなことがあったらしいですと後世の人間が記録を残したものに過ぎない。そして人為が絡んだ時点で、それはどうしても真実からは大なり小なりズレる。当事者じゃないと分からない部分も多いし、それ以上に真実なんて利害調整のためには簡単に歪められるからね」
「うーんこりゃお手上げか。やっぱりあの糞野郎をぶっ殺すって方針より、俺達三人で何としても生き残るって方針が妥当かね?」
「私ゃ別にそれで一向に構わないよ。安晴と兼嘉が笑っていられる世界なら、私はそれで十分。その他の人間が何人死のうが、私自身は知ったこっちゃない」
「俺も同感だな。いやまあ、別に元から知ってたことなんだけどな?
俺はクズだが世の人間の大多数だって同じようにクズだ。置かれた状況の違いに応じて、表層に浮き出る在り方が変わる。ただそれだけの違いでしかない。
自分のために俺を躊躇無く殺すような奴等なら、俺も必要とあらば躊躇無く皆殺しにする。この世で俺にとって価値ある人間はお前ら二人だけだ。
ならお前らと生き残って楽しくやれるならそれでいい」
「ただ逆に言えば、二人が辛い世界なら。生きてる方が辛い世界なら――そんなものは私がこの手で叩き潰す。場合によっては二人を斬り殺すことでね!」
「そうか――」
「それはできれば避けたいよ……やっぱり」
俺を遮って口を開いたのは、俺達の中で唯一の常識人、栂野だった。
「流瑠香に殺されるのはもちろん嫌だし、僕はできるだけ皆にも死んでほしくない……」
言葉には力が無く、視線は俯いたままだった。栂野自身の中でも、それが筋の通った主張ではない自覚はあるようだった。
「ならお前はどうしたいんだよ?」
「それは……」
「よく考えろよ? 現実的な負けには何の意味もねえぞ? マイナスの人生になんて意味ねえんだよ。そんな糞みてえな人生なら死んじまえばいい。死ねばゼロだからな。つまり、俺達は生きる以上、自分の人生をプラスにしなきゃなんねえ。俺達三人だけが生き残って、それでお前の人生――プラスを維持できるか?」
「ごめん……正直、未だに気持ちの整理が付いてないんだよ……。そんなことまで考えたことも無い」
クラス中から忌み嫌われる陰キャぼっちが、誰からも好かれ皆の輪の中心にあり続ける陽キャリア充に対して偉そうに独り善がりに説教する。
我ながらなかなか痛い光景だ。
どう見ても俺が悪者だ。
片学の連中に見られたら、義憤という大義名分に基づき、俺に正義の制裁が下されることは必至だ。
「ま、兼嘉虐めんのは、その辺にしといてやってよ。答えを急かしても、それでうまくいくってもんでもないんだろうしさ。それに」
仰木がすっと右手を振り上げた。
そして、いつの間にか握られていたカッターを、栂野の首筋に突き付ける。
「安晴がプラスマイナス云々言ったけどさ、もしどう転んでもマイナスになるときは言ってね。私の剣は――そういう人達をゼロにするためにあるようだから」




