第26話「棄権」
この(審問の篩)が始まって以来、旭日は一週間毎にこうして現れては、鬱陶しい演説をしていた。
「安晴があいつと会うのはかれこれ二週間ぶりだっけ?」
「ああ、ちょうどあいつが来る日にぶっ倒れたからな。ん? あれ? そういや俺って何でぶっ倒れたんだっけ――」
こんな重要なことを、俺はどうして今の今まで忘れていたのか。
〈神の庭〉で死んだ者は、精神が死に、現実世界では昏睡状態に陥る。
だが俺の場合は、そうじゃない。どういう訳か、この世界でずっと意識を失ったままでいた。
昨日までの俺は、この世界で一体どのような状態にあったのか――?
それを二人に尋ねようとしたところで旭日が上空から語りかけてきた。
「参加者の諸君、今宵もご苦労だった。まずは諸君がここまで生存できていることを祝福しよう」
俺達が生き残った一方で、殺されて脱落した奴等もたくさんいる。
今日のノルマは九十人で、それは無事達成された。
俺自身の手が血に塗れている以上、綺麗事を言えたクチじゃない。
だがそれでも、事の元凶たるあの糞野郎がそれを言及したことを思うと、自然と拳に力が入る。
旭日はその後もこれまでと同様に、挑発としか思えない演説を一しきり続けた。
「名残惜しいが、この宴も間も無く閉幕だ。残り一週間、精々愉しんでくれたまえ」
最後に改めて不愉快極まる発言を行い、旭日は演説を締め括った。
光の中へと奴が再び呑まれゆくのを眺め、誰もがそう思った。
だが旭日はちらと振り返り、その場で踵を返した。
そして、まるで買い出しに出る前の母親が何か必要なものがあるかと家族に訊くかのようなぞんざいさで告げた。
「ああ、伝え忘れていたな。今日まで生き残った諸君には、一つの選択肢を付与する。それは、この(審問の篩)を棄権することだ。初日にこの世界から逃亡した論外の下郎共とは違う、本当の棄権――具体的に言えば、大粛清が行われるまでの三年間は生きられる権利を与えよう」
戦場一帯がざわめき出す。俺も栂野と仰木の二人と顔を見合わせる。
「安晴、本当のとか下郎共とは違うって何か心当たりある?」
まさかこのほんの数秒でそこまで頭が回るとは。
仰木の切り替えの速さに思わず舌を巻く。
「正直僕も心当たりはあるよ。何せ、〈神の庭〉での記憶は現実世界に持ち込めないけど、逆はできるからね」
訊かれた俺ではなく、栂野が仰木の問いに答えた。
「どうやら知らなかったのはお前だけっぽいな」
「興味も無かったからね」
「だろうな。言ったところで今更どうしようもないことだから、俺も黙ってたし。栂野、お前初日に俺等があの溝から飛ぶかどうかの選択を迫られたとき、ずばり言ったよな? キナ臭いって。あれが、完全に的中してたわけだ」
「できれば外れてほしかったんだけどね。あの日あの溝から飛んだ人の中には、僕が把握できてるだけでも片学の顔見知りが十人程いたらしい。そのうち、僕等の学年にも五人ほどがいた。けど、そのうちの三人は、既に脱落者と似たような状態に陥ってるみたい」
「栂野と違ってリアルタイムで状況を理解できる俺が補足すると、しかもそのタイミングは無茶苦茶だ。あの溝に飛んだ奴等は翌日時点じゃ普通に学校に来てた。それが何日か経ってある日、突然姿を消した。ここで殺された連中とはまた微妙に違う理屈でそうなってるのかもしれない」
「なるほどねえ。まあ何にせよ、初日で消えた連中は逃げて良いと言われたから逃げたらそのザマってわけ? なら、今更あの法螺吹きクズの甘言を真に受ける奴なんているのかねぇ?」
「初日のどこか含みがある態度と違って、今回のは本当な気がするよ。もっとも、また嘘って可能性もあるし、それ以前に今更引き返すつもりも無いけど」
「なら俺達がやることは変わんねえな。まあ今更確認するまでもねえことだったが」
「話はまだ終わっていないぞ、貴様等」
その一声で、戦場の空気が一変する。
不快げな旭日の声が大気に響く、それだけで気温が十度は落ちた錯覚に陥る。
「棄権を認めるとば言ったが、それにも条件がある。棄権を受け付けるのは、原則前日のノルマ達成から〈神の庭〉消失までの期間だ。それまでに我がホムンクルスのいずれかに棄権を申告することで、申告が受理される。それ以外の、つまり殺し合い中に棄権を希望する場合、承認が下りるのは、申告から三十分経過後となる。話は以上だ。引き続き諸君の健闘を期待する」
そう締めくくると、旭日は今度こそ光の彼方へと消えて行った。
「ま、妥当だな。いつでもいいなんてルールなら、参加するだけ参加して、いざ死にそうになったら棄権なんてことが罷り通るからな。あいつがそんなもん許す訳が無い」
「もちろんそれもあるだろうね。けど、何か引っかかるものがある。それだけじゃない何かがありそうな。それに、やっぱり何で奴が今更そんなルールを追加してきたのかよく分からない」
「それだけじゃないって、そりゃ連中の手間の都合とかだろどうせ。あの錬金術師がどんな超常の異能でこんなとこに俺達を引き摺り込んでるのかは知らんが」
「私らに降りる気が無い以上、考えるだけ無駄っしょ。私らにとっては三人で生き残ることが唯一の勝ちであって、誰かが降りるならその時点で負けなんだしさ」
「それはそうだけど……」
一顧だに値しないと切り捨てる俺と仰木に対し、栂野はやはり棄権が気になるようだった。




