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第25話「淘汰」

「は?」

 首だけ――そんな訳の分からないことを言われ、自分の身体を動かそうとする。

 そして、今しがた急に力が入らなくなっていたことを思い出した。

 やむを得ず恐る恐る下を見ると、あるべき位置に俺の胴体が無かった。

 顔が上がらないので目だけで見上げると、俺の首から下は、先ほどまでと同様に拘束された状態で座っていた。

 横に倒れたものとばかり思い込んでいたが、実際には首だけが地面に切り落とされていたらしかった。


「何じゃこりゃああ!」

 昭和の名作ドラマで言ったとか言わなかったとかいう名台詞を、叫ばずにはいられなかった。

「ふざけんじゃねえぞ! 何だよこれ! なんでってむしろ俺が訊きてぇよ!」


「おい、やべぇよやべぇよ……」

「こいつもしかして、何しても死なねえんじゃねえのか……」

「ひょっとすると、それがこいつの〈宿業(フェーイヒカイト)〉……?」

「なあ、よく分かんねえけど……こいつ殺すのやめにしね? なんか俺もう気味が悪りぃよ」

 そうだな、そうしとけ。とりあえずお前らどっか行け。


「そ、そうだな! こいつ一人で何かできるとも思えねえが、後で報復してきたら面倒だ。胴体は放置でいいから頭の方をどっかにぶん投げとけ」

 余計なこと言いやがって、この糞野郎が!


「無茶言うなよ! キモくて触りたくねえよあんなの! お前がやれよ」

「は? 俺だって嫌だわ」

 俺をそっちのけで不毛な押し付け合いが始まった傍ら、突如として気配が一つ増えた気がした。

 その刹那、聞いたこと無いような、ひどく聞き慣れたような、不思議な感覚を喚起する声が俺の耳に届いた。

「大丈夫だよ、安晴。君がこの程度で死ぬ訳が無い。それに、ちょっと痛いだろうけど結果オーライになるから」


「杉穂⁉」

 頭が理解するより先に、反射的にそう尋ねていた。

「今日は挨拶だけだね。大丈夫、機会があればまた会えるから」

 本能的に俺が文月杉穂――俺の特別支援学校時代の唯一の友人にして俺の人生の恩人――と判断した相手は、やはりその人に相違無かった。

 杉穂はそう別れの挨拶だけを済ませると、再びその気配を消した。


「じゃあもう蹴れよ! そんくらいなら……ああもう、めんどくせ! 俺がやるからてめぇら退いてろ!」

「へ? ちょっ、てめ、ふざけんじゃねえぞ! 俺を蹴り飛ばしたら必ず――」

 俺が奴を脅す呪いの言葉を言い切る前に、藤崎裕也――奴等片学一年キョロカス二軍グループのリーダー格は、俺の頭をサッカーボールのように思い切り蹴り飛ばした。


 視界がチカチカした。

 目まぐるしい視界の変化に吐き気を催す。

 脳震盪による意識の混濁が後頭部を思い切り蹴られた激痛をも凌駕し、前後不覚の状態に陥っていた。


「わっ! や、安晴……なのか……! おい、嘘だろ……?」

 気が付くと、泣きそうな顔で取り乱す親友とがっちり目が合っていた。

「ってえなクソ……嘘も糞もあるかよ。ああ悪ぃんだが……とりあえず胴体んとこまで連れてってくんね?」

「しゃ……喋ったあああ!」



「余計なこと思い出したらすげえムシャクシャしてきた。なあ、あの藤崎グループはまだ生きてんの?」

「藤崎? ああ、全員死んだみたいだよ。風の便りじゃ、お前が離脱してるうちに内部崩壊したとか。ほら、高島組いるだろ?」

「いや、覚えてねえよ」


片学(うち)の二年の高島さん中心に野球部繋がり中心でグループ組んでたとこだよ。

 高島組が急に頭角現し始めたんで、同じ高校繋がりで寄生を画策した奴等が内部にいたらしいんだけど、藤崎が反対したらしい。

 こんな殺伐とした戦場で味方同士が疑心暗鬼に陥れば、その末路は考えるまでもない。黒崎が一人で逃げ回った挙句に高島組の人達に狩られるところは、僕自身この目で見たよ」


「そんで、その高島組の方は今どうなってる?」

「はっきり言ってヤバいね。安晴が離脱する前はまだ十人位の中規模グループだったけど。元々不戦協定結んでたところとの合併に次ぐ合併で、かなりデカくなった。僅か一週間足らず、実質五時間くらいで一気に五十人規模に膨れ上がった」


「そりゃ恐ろしい。何が恐ろしいって、下っ端連中の思考回路が恐ろしいわ。利用されるだけ利用されて鉄砲玉として切り捨てられるのがオチなのに、どうして大組織に与するかね?」


「私ら異常者には理解できない感覚だけど、真人間には真人間なりの理屈があるんだよ。連中はたぶん、目前の恐怖に打ちのめされてんでしょ。

 最終的にはむしろ破滅を助長する選択であっても、組織に付いとけば目先の安全は保障される。その安全への誘惑は抗いがたい。だから思考を停止して、とりあえず楽な方に流される」


「そんなところかな。組織を一時的に利用して、ヤバくなる前に抜けるつもりの奴もいるだろうね。実際そんな要領よくやれる奴は一握りだろうけど。ともあれ、僕だって二人がいなけりゃ大組織に合流してたと思うし、あいつらの気持ちは分かる」


「お前の場合はそれで強かに頭側に回るんだろ? その凄まじいコミュ力政治力を発揮して、切られる尻尾側じゃなく下っ端を切り捨てる側に。水が上から下に流れるかの如く、極めて自然な動きで。にしてもそうか、あいつら死んじまったか。せめて一発ぶん殴り返してやりたかったんだが」


「確かにあいつらがお前にしたことは、許されることじゃない。でも、どうかあいつらのことは恨まないで欲しい。あいつらだって、生きるために仕方無かったんだよ。罪を憎んで人を憎まずって言うだろ?」


「相変わらず歯の浮くようなき綺麗事がお上手で。まあ、結果的にあの糞野郎が馬鹿力で俺の頭蹴り飛ばしてくれたおかげで、お前らと合流できたことだけは事実だが。その点だけは感謝してやらなくもない」

「あと〈宿業(フェーイヒカイト)〉を自覚させてくれたこともね」

「普通ならとっくにショック死してるレベルの痛みと引き換えにな。割に合わねえよ糞が――おい、あれ見ろ」


 俺達が軽口を叩き合っている中、空中に浮かぶノルマの数字が今夜もゼロになり、霧散した。

 隣に浮かぶ制限時間は、まだ十分以上残っていた。

「今日のノルマ達成―パチパチパチ。今日はもう大丈夫だけど、兼嘉も死にたくないならもう少し殺しといた方がいいよ。現時点で生き残ってるのは、もう三百人もいない。脱落者はその十倍以上いんだから、十人くらいは殺っとかないと、ノルマ未達の場合のペナルティ食らうリスクがある」


「そうは言ってもね……」

「この糞ゲーに参加した時点で俺達はみんな人殺しの糞野郎なんだよ。だが幸い殺さなきゃなんねえのも俺等と同じ糞野郎共だ、糞が糞を始末するだけなんだから是非もねえよ。てめえが本当に真の意味で勝ちてぇなら――」


「――そうか。そういや今日だったね」

「あ? 今日って何が――ああ、そうか」

 俺の言葉を遮った栂野は、険しい表情で空を睨んでいた。

 

 紅蓮の空に、雷の如く光が差す。

 天地を貫く閃光の中から、()がゆっくりと現れた。


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