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第9話「黒歴史」

「おっ、開いてんじゃーん」

 珍しく最初に部室に来て茶を啜っていると、仰木が入ってきた。


「今日は堀越の野郎が欠勤で、代打の亀田さんがHRだったからな。亀田さんやっぱいいわ。清々しいまでのやっつけHRだったから一分で終わった」

「亀ちゃんは授業も豪快だからねえ。初回でいきなり『現代文の授業なんて無駄無駄無駄ァ! 俺の授業聞いてる暇があんなら小説の一冊でも読んでろ!』だもんね。とても学年主任の国語教師が言うこととは思えない」

「ほんとそれ。あの人ほど柔軟かつ合理的教師は見たことが無い。今朝も遅刻して恐る恐る教室入ったけど、何もお咎め無しだからな。たかが三十秒遅れただけで怒鳴り散らしてくる堀越とはえらい違いだよ」 


「ほう? 珍しいじゃん。お前が遅刻なんて」

「まあな。普段の俺なら体力と交通マナーを対価に無茶なダッシュで強引に間に合わせるのが基本だが、今日はそもそも家出るのが遅過ぎた」

「何かやってたの?」

「若干寝過ごした上で、ちんたら飯食ってたらな。ああそれに、気になるニュースがあったってのもある。お前、『世界の終わりの始まり』って知ってるよな?」


 今朝も報道されていた、蒲森区の中高生が大量に昏睡状態に陥っている騒動。

それは新聞やテレビ等の大手メディアではありのままの事実しか報道していなかったが、ネット記事や掲示板では不謹慎に茶化す内容も多分に含まれていた。

 一連の騒動は『世界の終わりの始まり』と呼ばれ、オカルトと絡めてああでもないこうでもないと悪ふざけの議論がされていた。


「ああ、アレ? 知ってるけど、それが何か?」

「いや、退院したら随分えらいことになってんなあと。お前的にはあの騒動、どう見てる訳?」


「どうもこうも無いでしょ。ランダムに蒲森区の中高生が昏睡状態に陥ってる。ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない。てかさ、安晴がどれだけ話把握してるか知らないけど、話題に触れること自体禁忌(タブー)化してるんだけど、それは大丈夫なの?」

「いや、俺も朝軽く調べただけだから詳しくは」


「なら不用意な言動は自重した方がいい。単なる迷信、都市伝説の類だけど、当事者である私達蒲森区の中高生に限れば、例の騒動をみだりに話題に出すと、その犠牲者になるって説が蔓延してる。何の証拠も無いし、例の騒動について一切人前で話してなかったはずの人も普通に犠牲になってるから、私個人は気にしてないけど」

「なるほどな。お前がそう言うんならそうなんだろう」


 仰木の言う通り、ここでは自重した方がいいのかもしれない。俺自身ろくに知らないし、何より仰木自身が、迷信は信じないと言いながらどうもこの話をしたくないように見える。ならこの話題に固執することも無い。そう考えて、件の事件は一旦頭の隅に追いやった。


「そういやあれか?栂野は今日はバスケ部だっけか?」

「そうだよ」

「あいつもよくやるよなぁ。平日はほとんど部活出てないのに、一年でレギュラーだろ?」

「上学年がレベル低いからねー。万年一回戦負けの片学なんて、中学時代に都でベスト八の強豪校でレギュラー張ってた安晴に比べれば塵芥同然」


「いや、実力の問題ももちろんそうだけどさ、あんな舐め腐った態度がよく認めれれてるよなっていう」

「そらコミュ力よ。兼嘉の無双のコミュ力だからこそ為せる業なんだよ」

「違いねえ。あいつは我々とは違うからな」


 栂野は元々バスケ部のみの所属だった。入学早々にレギュラーに定着し、三年の引退後は絶対的エースと目されていた。

 その順風満帆な部活ライフを、この目の前の宇宙人が叩き潰した。


 いや、それは流石に失礼か? 

 こいつだって別に、無理強いした訳じゃない。発端こそこいつだったが、それを是が非でもと強硬に推進したのはむしろ栂野だった。


「それに、顧問がリベラルで実力主義な人なのも大きいよ。週に一回顔出したり出さなかったりなんてサボり魔でも、実力があるなら普通に使う。うちの……じゃなかった。今や私とは無縁のあの糞剣道部とは雲泥の差だよ」

「いや、お前の場合は実力以外の問題が多すぎたせいだと思うんですけど、それは大丈夫なんですかね……」

「あはは! よりにもよって安晴がそれ言う⁉ トラブルメーカーのくせに戦力外の雑魚で私以上の腫物部員だったのに」


 腹を抱えてげらげら笑うこいつをぶん殴りたい。こいつには人の心というものが無いのか? 人がかなり気にしてることも斯くも明け透けに。悔しい! 悔しい……! 悔しい……けど、感じちゃう! ビクンビクン!

「おーい、帰ってこい変態。自分で突き刺したブーメランで発情すんな」


「べ、別に興奮なんてしてねえよ。いや、それにしても、ほんとタイミング良かったよな。ある種運命的だったと言ってもいいだろ」

「へっ、何が?」

「いや、俺とお前が同時期に元いた部を破門されたことがだよ」


 時は約五か月前にまで遡る。


 この片学に不本意入学を果たした俺は、のっけから盛大に(すさ)んでいた。

そりゃそうだろう?

 なんたって二度目だ。学校選びで俺が理不尽な目に遭うのは。


 あの父親(クズ)のせいで地元一の名門中高一貫白愛を辞めさせられ、(あり)(とも)とかいう定員割れ私立中に欠員補充で入るしかなかったのが一度目。

 交通事故で私立高校の前期日程を一切受けられず、片学(ここ)の後期日程しかそもそも受験できなかったのが二度目。


 俺の入学への不満が態度に現れたためか、それとも一年強のぼっち生活によるコミュブランクのためか。俺はクラスでも当然のように孤立した。

 そうして俺は入学して一月足らずで、真っ当な高校生活という眩い光に目を閉ざす。だが、生憎とこの片学では、全生徒は部活への入部が強制される。


 言うまでも無いが、ぼっちに部活を強制することは、針の(むしろ)に突き落とすに等しい。加えて、さらに戦力的に足を引っ張るお荷物なら、その居た堪れなさたるや筆舌に尽くしがたい。


 だから俺は、野球だサッカーだなんてガチ系運動部はまず真っ先に候補から外した。これも言わずもがなだが、あの手の部は中学までの競技経験が暗黙の前提になっている。

 しかも面子がオラついた陽キャ共ばかりなので、俺とは絶望的に馬が合わない。


 かといって、文化系部も案外リスキーだ。内輪の人間関係が濃く、ネチョっとしてる場合が多い。うまく馴染めれば悪くない部だろうが、しくじった場合の居心地の悪さは想像に難くない。


 故に、論理的に考えるならば。この状況下でぼっちが選ぶべきまだましな部――それは、無気力系なんちゃって運動部以外に無い。

 つまりは弱小卓球部やら弱小アーチェリー部やら、あの辺だ。


 偏見だとは言わせない。それこそが俺に用意でき得る最適解。

 少なくとも当時の俺は、そう信じて疑わなかった。

 そして俺は迷った末、卓球部を選ぶ。


 だが、事件は起こった。

 その日は、正式に入部をしてから二か月が経った六月下旬。上学年共は一週間前の区大会を最後に引退し、一、二年のみの新体制に移行したばかりだった。


「お前部活舐めてんだろ。とっとと球拾いやれやボケ!」

 俺が読んでいた世界史の参考書――山海出版の『世界史一問一答』が宙を舞う。その瞬間、ついに俺にもスイッチが入る。


「てめぇ何様だ! 下らねえゴミがこの俺に偉そうなクチ利いてんじゃねえぞ!」

 副部長の顔がグッと近づく。

俺がこいつの不細工なツラを引き寄せたんだから当然だ。

「な……おま……」

 副部長の声は震えていた。露骨に狼狽えている。

 俺の逆ギレなど予想だにしていなかったんだろう。


「おま、一年が偉そうにしてんじゃねえぞゴラァ!」

 だが、すぐに部内での立場を思い出すと、負けじと怒鳴り返してきた。

「あぁ⁉ 粋がってんのはてめぇだろうが! お前口がウン○臭えんだよ! 歩くウ○コのくせに生意気な口叩いてんじゃねえぞ!」


 ああこのゴミ、マジで一発殴らせろ……! ほら、早く殴れよ! そしたらその何倍も殴り返してやるから。こっちから手出して一方的に被害者ヅラされたら厄介だが、互いに手を出せば喧嘩両成敗で大した処分にはなんねえだろ。

 そう期待して、あえて無関係な中傷も交えながら挑発する。


「わかった! この話はやめよう! ハイ! やめやめ!」

 誰かがそう言うと、二年生達が一斉に寄ってきた。

 力ずくで引き離されると、俺の期待も虚しく小競り合いはあっさり鎮火された。

 その場は収まったものの、俺はその日を境に本格的四面楚歌状態に陥った。

 元々孤立状態ではあったが、部内の二年生全員と一年生の半分程が明確に敵意を向けてくる最悪の状態だ。


 流石の俺も身の危険を感じ、その翌日を最後に二度と卓球部に行かなくなった。



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