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傍らに異世界は転がっている  作者: 慧瑠
Chapter3 グールグル
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Chapter3-5

「おまッ、マジ、ホンット、なんでこんナッ」


「息切らせすぎじゃない?」


「ふざけッ――「とりあえず水、はい」――っス」


 咽ない様にチマチマとセラから受け取った水を飲みながら、ここまでの道のりに脳内で文句を垂れ流しつつ荒れに荒れた呼吸を整えていく。

 いや本当、なんでコイツこんな所にいるんだ。


 セラから送られてきた画像に思わず叫んでしまった事を雅人に謝った後、ゲームの続きはまた今度と断わりを入れてから、とりあえずタクシー拾って地図にピン立てしてある場所に来た。だけどまぁ、当然そこにセラの姿はない。それどころか、廃墟っぽいビルもなかった。

 だからセラに連絡して入り口を聞けば、そこから少し離れた所にある公園の端に隠されたようにあったマンホール。

 なんか開いてたから入った。とかいうセラからのメッセージを横目に確かに開けっ放しのマンホールを降りていくまでは、バカかな? とか思うだけで済んだが……そこから先を知っていれば俺は入らなかった。


 とりあえず死ぬほど下る。それに比例してキツくなってくる腐敗臭……かと思えば、明らかに何かあったであろう荒れきった実験室っぽい場所に出て、散らばる紙やらを超えれば今度は瓦礫の山。

 それを超えて進めばまた下り。そして瓦礫。んで膝丈ぐらいの例のデカい卵。

 もう一度アップダウンを繰り返して、割れてない卵が複数ある実験室みたいな所を超えて、更に瓦礫の山を超えて――今。

 腐敗臭と、それとは違う変な臭いのせいで呼吸したくないわ。アップダウンキツすぎで足も腕もぷるぷるだわ。床がちょっとヌチョっとしてるわで、俺はもう死ぬほど疲れたよ。


「落ち着いた?」


「まだ、少し呼吸上がってるけど、さっきよりは。ってか、なんでそんな平気なんだ?」


「臭いの話? それはコレ。前に廃ちゃんがくれた無臭液。ブーツの異物集めてる時に下水に入る事があってくれたのが余ってたの。瓦礫とかの事なら、それこそブーツ履いてるし」


「っすか……」


 その無臭液なるものが入っているのであろう香水みたいな入れ物で、履いているブーツをコツンと叩いたセラは、疲れ切っている俺に苦笑いをしながらその香水に入ったモノを一回ふりかけてくれた。

 そうすると、洗浄でもされたのかってぐらい吸いやすい空気が呼吸と一緒に入ってくる。


「今度それ俺も貰えないか聞こう」


「服にとかは臭い付くから、寄り道したりせずにすぐお風呂には入ったほうが良いわよ。すんごい目で見られるから」


「経験談?」


「……うん」


 やらかしたんだろうな。

 どこか遠い目のセラには触れず、とりあえず俺は無視しきれない存在感を放つソレに目を向けてみるけど……うん。でかい。二メートルぐらいは軽くある。


「一応聞いてみるけどさ。なんの卵か分かるか?」


「ぜーんぜん。殻も固定してる台座みたいなのもすごい硬いぐらいしか分からなかった」


 こなれた動作でピンヒールで地面を軽く砕き、浮いた欠片を卵へセラが蹴り飛ばすと、確かに金属同士がぶつかったような硬い音が鳴った。

 俺も真似して、やっぱり少しヌチョッ……としてる地面の欠片を台座っぽいのに投げてみれば、卵の殻とは違うが硬めの音がする。


「そういえば、廃ちゃんから何か言ってきた?」


「ん? あぁ、一応セラからの写真も送ったけど、どうだろ」


 セラに言われて確認してみると、亜古宮さんから返事が来ていた。

 内容は……分かるけど、なんだか分からんな。とりあえずセラに見せるか。


「セラ」


「何? んー、迎えが来るからブラックブーツで壁作って息を殺して隠れてろってこと?」


「多分――ッ!?」


「ちょッンンッ!!」


 眼を使っていないはずなのに、目の前から迫ってくる様に流れてくる死線。そして悪寒を感じて振り向けば、後ろからも直線に伸びてくる複数の細く濃い死線。


 いかんわコレ。


 そんな言葉が頭に浮かぶと同時に体の温度が急激に上がって、説明をする前にセラの口を塞ぎつつ抱き寄せながら、死線が通っていない壁と瓦礫の間に転がり込む。

 俺の行動で察してくれたのか、セラもブラックブーツを使って黒い壁で覆った。


「晴久」


「……」


 塞いでいた手をどけると、セラは怒る事なく小声で話しかけてくるけど、俺は首を振って応えるだけ。そしてそれが正解だったと教えてくれる様に、爆発音と破壊音、それに多分銃声に何かの声。

 セラの壁でこっちからも見えはしないけど、向こう側では明らかに戦いが行われている事だけは嫌でもわかった。


「?」


 トントンと肩を叩かれてセラの方を見れば、その手にはスマホのメモ帳に文字が打ち込まれている。


"どういう状況?"


"分からん。亜古宮さんの『迎えを送るので、それまでセラさんと協力して誰にもバレないように隠れて待っててください』って、多分これを予想しての事だろ"


"ってことは後で廃ちゃんから聞くのが一番ね"


"多分な。とりあえず今は大人しく乗り切れる事を祈ろう"


 とは言ったものの、外から聞こえてくる音は激しさを増してる。疑う余地なく異質な気配もするし、人なのか化け物なのか分からないうめき声も多くなってきた。何より考えたくはないけど……あぁ……やっぱり、外では何かが死んでいる。

 暗い表情を見るにセラもその事は薄々察しているみたいだ。

 助けに出ないのは俺がいるからだろう。亜古宮さんの道具も無い俺は多分出ていけば死ぬ。この眼があっても、体がすぐに追いつかなくなる。その事を俺は当然、セラも分かってるんだろう……だって、俺の手、振るえてるし。ハハ、笑えるわ。


"気にする必要はないわよ。晴久は私を助けてくれたんだから"


"セラこそ気を使わなくていい。時間がかかっても受け止めないといけないことってのは分かってる"


 だからと言ってすぐには無理だわ。

 壁なのか瓦礫なのか分からないけど背中を預けてみても、不快感は無くならないし聞こえてくる音のせいで吐きそうにもなってきた。

 今、外の状況を見たら絶対吐くだろうな。確信があるわ。


「撃ち方やめ」


 突然聞こえたその声は、どこか聞き覚えがあった。そしてその声は外のどの音よりもスッと耳に入ってきて、後に聞こえたうめき声をかき消す様に銃声が一発続く。

 あまりの変化に俺もセラも戸惑っている間に、外の会話が聞こえ始めてくる。


「確認」


「生体反応が二、急接近してくる反応が一。接敵は一分後と予想されます」


 どこか聞き覚えのあるような声に答えたのは、なんかこもってて聞き取りづらかったけど……もしかしてレーダー的なので俺等が居るのバレてる?


「……攻撃準備。合図があるまで待機。少し確認したいことがあります」


「「「ハッ!!」」」


 それ以外の音が聞こえなくなった事で、今の自分たちの状況がよく分かる。

 近寄ってくる足音、そして囲むようにしてピタッと止まった気配。

 うん。バレてますねこれ。

 意識して眼を使ってみたが、一応いつも見えている必要最低限の死線以外は俺にもセラにも無いし……すぐに死にかける事はない? いやでも、最悪は想定してセラと意思疎通はしておくか。


"まだ大丈夫っぽいけど、ヤバかったら俺が先に出る"


"OK 私は晴久に合わせて動くわ"


"とりあえず降伏する方向で"


"最悪の場合は私が晴久を抱えて逃げるから、案内は任せたわ"


"おう。死なせはしないさ"


 一応セラには眼の事は話してるし、こういう時に疑問に思わないのはありがたい。もっとも扱う俺がセラみたいに動けないから……うん、悲しくなるからやめておこう。

 なんて思っていると、爆発したみたいな音と共に、つい最近聞いた声が聞こえてきた。


「おやまぁ……まさかこんな所で古きお嬢さんにお会いするなんて」


「三度目の初めましてですね。相も変らず私をお嬢さん呼びとは……随分と日本語が流暢にはなったみたいですが、貴女は変わらない」


「最後に会ったのは百と二十年前ぐらいだったかしら? あの頃に比べると、この国との縁も増えたの。そうなると必然とね」


「まぁ貴女の語学習得には興味がありませんので。ただこの場に居るというのは興味もありますし、問題も生じます。立場、目的、今後の行動を簡潔に。どこかに所属をしているのであれば、所属と階級もしくは肩書をお聞きしたい所です」


「昔と変わらず私は掃除屋よ。自己防衛以外では無益な殺しをしない、ただのお掃除屋さん」


 圧がやべぇ。

 あの独特なトーンと他人の呼び方で、まぁペッカートルさんが来てくれたのは分かるけど、壁越しでも伝わってくる二人の会話の圧がやべぇ。


「なるほど。では立場、目的、今後の行動についてはどうお答えに?」


「さぁ? 縁があってお手伝いをしているだけ。後は事後処理の依頼は受けているぐらいかしら」


「こちらとの敵対意思は」


「私にはないわ」


「結構。全員撤収準備。待機部隊に連絡を取り、処理の準備を……十五分後、この施設を処理します。くれぐれも邪魔をしないように」


「わざわざありがとう。古きお嬢さん」


 本当にペッカートルさんと誰かの話は終わったんだろう。結構な数の足音が離れていく。同時に圧もなくなって、思わず大きなため息が漏れた。

 気にする余裕が無かったけど、どうやらセラもかなり圧がキツかったようで軽く額の汗を拭いながら呼吸を整えている。


「もう出てきていいですよ。可愛いお嬢さんと可愛い坊や」


「アハハ、やっぱバレてますよね」


「えぇ、古きお嬢さん達も気付いていたわ。次の為にもう少し気配を消す事を覚えたほうがいいですよ」


「が、がんばりまーす」


 気配を消すってなんだよ……とは言えない。なんかそういう感じの技術があるんだろうなって、流石にファンタジーに片足突っ込んでますから分かりますよ。はい。

 存在感が薄い人とか居るからな。なんかこう、あるんだろう……いや、やっぱ意味分からんから亜古宮さんにでも相談しよう。セラも苦笑いだし、巻き込むか。


「ではあまり長いしていると、古きお嬢さんに文句を言われてしまいそうですし」


 あ、そういえばその事で気になってる事があったんだった。


「あのペッカートルさん、その古きお嬢さんってどんな人……ってか、名前とか聞いて大丈夫ですか? 多分異物の気配とかは無かったと思うんですけど、もし敵なら知っておきたいなと」


「さぁ? 私も古きお嬢さんの事はよく知りません。ただ可愛い坊やの言う異物の気配がしなかったというのは、間違っていませんよ。私の知る限り、アレはどこまでいっても人間ですから」


 うーん、結局何も分からないな。

 ペッカートルさんが嘘を言っているかもしれないけど、確認する方法も無いし、俺にはカマをかけるなんて無理だし。


「ねぇ、やっぱり晴久も気になったの? さっきの声の人」


「ん? あぁ、どっかで聞いたことがある気がするんだけど、思い出せなくて」


「私もなーんか覚えがあるのよねぇ……」


 小声で聞いてきたセラは、うーん……と悩んだ表情のまま移動し始めたペッカートルさんの後をついてくる。

 足元が危ないから後でにしろよ。とも思ったが、ひょいひょいと軽やかに瓦礫とかを越える足取りを見るに、余計なお世話っぽいな。

 それにしてもセラも聞いたことがある気がするのか……俺とセラが共通で知ってる人ってことになるのか、他にはテレビとかでよく聞く声の可能性もあるか。ただ有名人に似ているだけってのもあるかもだし。


「今考えてもしゃーないか」


 俺の漏れた言葉が聞こえたのか、セラも考えるのをやめた様子で俺の隣に移動してきた。そこで俺はふと思い出したことがある。

 セラのブラックブーツって、気配が消せるとかいう感じの性能なかったか?


「なぁセラ、確かブラックブーツって気配を消す事できなかったか?」


「あっ……」


 うんまぁ、しゃーない。使える能力とかアイテム忘れてる事とかゲームでも普通にあるあるだからな。言ってしまえば俺も今の今まで気が付かなかったんだし、お互い様よな。


「向こうは道具を使っていたはずなので、可愛いお嬢さんの異物で隠れていても見つかっていたはずですよ」


 ほら、ペッカートルさんもそう言っているしね。そんな落ち込むなって。


「あれ? それじゃ、もし俺が気配を消す的なのができても」


「今回は意味が無かったでしょうが、それでも今後を考えれば少しは……ね?」


「あ、はい」


 落ち込むなって……俺。




ブクマ、評価等々含め、お読みいただきありがとうございます。

引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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