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ミネルバ-望郷の町-  作者: 近藤 回
第一章

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名もなき男の死 3

 最本部に帰って仮眠を取ったのち、寝ぼけながら朝食兼昼食を腹に収めた。エマとネイハムに仮眠を取るよう指示したので、彼らは午後に仮眠を取るかもしれない。執務室に戻り、書類の山を無視しつつ準備をしてから馬車で領主邸へと向かった。やはりこういう時は副役職がいてほしくなる。さっさと適当な者を任命するべきだった。本当はやってほしいと思う男がいるのだが、その男は残念ながら隣町のミネルバにいる上に、年中誰かの世話を焼いていた。いまは親から見離された少女の面倒を見ている。

 その紅い髪の男とは、約十一年前にミネルバで会ったのが最初だった。

 容姿は二十歳くらいで若かったのだが、雰囲気がどうにもそれに伴っていなかった。なんとなくだが人間ではないと思った。ちなみに容姿は現在もほぼ変わらない。

 男が連れていた少年が呪いの発作を起こしていたので、困っていたところを助けた。その時に交換条件として警備隊に入るよう言った。俺はその時すでに警備隊に入ることが決まっていたので、こいつが入れば何か面白くなると思った。

 その後すこし経ってから男は警備隊へ正式に入り、アレリアで四、五年ほど勤務した。少々古風な態度で、あまり偉ぶらない簡素な物言いだったのだが、それが四、五年の間に周りに感化されたのか、態度も言葉も柔軟の一途を辿った。もともとが穏やかな性格だったことも手伝ったのだろう。その間に男が魔族であることを聞き出し、これを利用しない手はないとあることを思いついた。それは俺が十九歳で副地方司令官に抜擢されたあと、紆余曲折を経て当時の地方司令官により実行された。男は実行された人事発令によりミネルバに行き、警備隊の隊長として勤務することになった。もちろんいまもそうだ。

 その男が現在預かっている少女は、かなりの訳ありで、先月に起きた誘拐事件の被害者でもあった。誘拐事件が解決して以来、紅い髪の男から一度しか手紙が来ていないので、ふたりは平穏無事に日々を過ごしているのだろう。だが少女の持つ力は非常に厄介なもので、彼女をどうするかによってミネルバ町の治安の一部が左右されると言っても過言ではなかった。いつまでもあの男ひとりの肩に重荷を背負わせておくわけにもいかず、近々話し合いにいかねばならないだろう。少々残念だが。

 窓の外の晴れ渡る空を仰ぎながら、昨日はよく見えなかった室内も丹念に観察できるだろうと思った。表門の前で馬車を降り、門に立つ隊員に手を上げて挨拶をした。真っ直ぐと伸びる石畳の道が邸まで続き、その両側は芝が広がっているが、とにかく寒い。早く中に入ってしまおうと足早に通り過ぎる。この寒さに比べたら領主の苦い顔など屁でもない。

 玄関に立っている隊員に挨拶をし、ホールへと入る。暖炉に火が入れられているので外よりはましだった。もっと暖かい部屋に行って寛ぎたいが、この邸の中で俺の心が休まる場所はただのひとつもなく、仕方なしに三階へと向かった。

 メインの階段を上がるたびに思うが、よくもこんな階段を作ったものだ。上がってすぐに左に曲がり、すこしするとまた左に曲がり階段が一周するまではふつうだろう。一周したあとの踊り場に応接間への扉があるが、踊り場と称される通り、何故かまだ左手に真っ直ぐ階段が続いている。そこを上ると廊下というにはやや広い謎の空間が左手に現れ、その空間を過ぎた先に右に曲がっている階段があった。なんとも不思議な造りだ。

 その不思議な造りの階段を最後まで上がると三階に着く。この間使った階段は建物の真逆にあった。やや歪んでいる木の扉を開け、もうひとつ違う扉を通り、画廊に出る。昼間の画廊は思っていた通り印象が変わり、さっぱりとして清々しさすら感じられた。天井の凹凸模様もよく見える。ここの窓辺で読書でもしていれば、ご婦人方からはさも物思いにふける好青年に見られるだろう。難点は、空間が広すぎるので暖炉に火を入れようが寒いところだ。

 画廊の真ん中まで行き、書斎の扉の前に見張りの隊員が立っていた。死体を運び出だしたあとは、使用人が朝カーテンを開け、換気をし、オイルランプを消した以外、ほかは誰も立ち入っていないことを確認する。換気もオイルランプも、まあ仕方がない。

「あの、司令官」

 てきぱきと報告をした時とは打って変わり、隊員はあたりを気にするように首を動かした。

「まだ何かあるのか?」

「いえ、あの、この部屋、何か変なんです。もしかしたら呪われているのかも……」

「なんだ。変な叫び声でも聞こえたのか?」

「いえ、そうではないんですが、この部屋に入った隊員たちが軒並み体の不調を訴えてるんです。先程部屋に入った使用人もそうらしいんですよ。かくいう俺も、なんとなく体の調子が悪いような気がしてきまして……変な臭いもしますし」

 この男の場合はたぶん思い込みだろうなと思いつつ、もしそうだとするなら、この書斎に入った者は体調不良になるわけで、それなら昨夜この部屋に入っている俺もなっているに違いなかった。しかしこうして元気でなんともない。本当に呪いだとしたら、その道具が書斎の中に残っているはずだ。危険だが探さないと、おちおち書斎であくびもできない。しかしあのミドエが、そう簡単に異物を持ち込ませるとも思えない。

 ミドエに聞くか、先に書斎を物色するか。どうしようかと悩んでいると、メイドが何人か三階に上がってきて拭き掃除や掃き掃除をはじめだした。俺はこれ幸いと彼女たちに近づく。

「仕事中のところ申し訳ない。少々伺いたいことがあるんだが、いいだろうか?」

 若いメイドたちはすぐに手を止めて、かしこまって顔を俯かせた。訊いてもだいじょうぶそうだ。

「キミたちのご主人様は、確か他種族がお気に召さないようだけど、何か用心をしているんじゃないか? 例えば、何か特別な道具を置いているとか」

 メイドたちはお互いの顔を見合い、なかなか口を開かなかった。そうしているうちに今度は中年のメイド長が姿を現すと、彼女たちに仕事に戻るよう命令した。それから俺をひと睨みして、主人よろしく鼻を鳴らした。

「あたくしどもはご主人様からこの邸の一切を任されております。邪魔をしないでいただけますか」

 メイド長は近くのメイドに怒鳴ったあと、別の部屋に姿を消した。主人よろしく露骨な態度にうんざりしていると、背後から足音が聞こえた。振り向くと、少女がこちらに小走りで近づいて来ていた。

「まあ、いらしてたのですね。ごきげんはいかがですか、司令官様」

 ミドエの娘キミシアが愛想よく微笑んだ。

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