傍観者の詫び言 2
グレイシア音楽団の彼らとは去年の鎮魂祭以来だから、今日は一年ぶりに再会した。ミネルバのとある喫茶店に集まった彼らは、一年前と変わらないように見受けられた。
「そうか。ノアが倒れたか」
カウンターの前に立つ俺の横に、グレイシア音楽団の団長ジン・ベケットが渋い顔をして立っている。すこし長めの、落ち着いた橙色の髪を背中に流し、屋内なのでシャツにチョッキにズボンという出で立ちだ。
「しかしな、ギダ。友が倒れたというのに、そうのん気にしていていいのか? それにおまえ、確か警備隊の重役に就いたんじゃなかったか?」
ジンは疑わしそうに俺を見た。俺は意地悪く笑って見せる。
「ああ、なったよ。地方司令官に」
「おいおい。それならすぐに戻れ。仕事はどうした」
「優秀な部下に押しつけてきた」
「また、おまえは」
ジンの胡散臭いものを見るような顔に、警備隊の総務課にいる部下の顔が重なった。サジタリスといって、エルフの女だった。彼女はいつも俺にくどくどと小言を言い、幼少期からの仲なので容赦がなかった。帰ったらまず怒られるだろう。そのことも織り込み済みで、俺はここに来ている。
「それで? 一年ぶりのご帰還だ。何がわかった?」
訊ねると、ジンは表情を引き締めた。
「おまえに言われたところを片っ端から回ってきた。スーズ、ミンダ、ファラエンダル、カレ、イワナフ。これらの領地には目ぼしい情報はなかった。が、あったぞ。イムレアだ」
「イムレアか」
ここからもっと南にある領地だ。とても寒いところで、寒がりの俺には絶対に合わない気候だった。できれば一生行きたくない。
「イムレアのチェンドンに、おまえの言っていた男がいるらしい。なんでも十五年ほど前に来て、丘の古城に住みだしたそうだ。暮らしぶりもそこそこよくて、いったいあれは誰なのかと周りは首を傾げたそうだ」
「なるほどね」
ようやく見つけた。長いこと待った。これでようやく次に進める。俺は懐から巾着を出して、まるごとジンに渡した。
「これでみんなに何かおごってやってくれ」
「いいのか? 俺たちは巡業のついでにやっていたようなものだぞ?」
「だからこそ情報が集まったんだ。俺にとっては金よりも価値が上だ」
楽団の彼らだからこそ、怪しまれずに自然と情報が集まったのだ。
「しかし、もう一年か。時が経つのは早いな」
ジンは巾着を仕舞うと、感慨深げに店内を見渡した。
「ジン、年寄りみたいなことを言うな。老けるぞ」
「失礼な。これでも俺は三十だ」
「人間の寿命の半分じゃないか」
「俺はもっと生きる。そして早めにいい嫁さんを見つける」
「断言するのか。すでに遅い気もするが」
妙な自信をあふれさせるジンに乾いた笑いが漏れそうになるが、喫茶店の入口から中に入ってきた人物に目を見張った。相手も俺に気づいて驚き、こちらに近づいてきた。
「どうしてここにいるの?」
数日前にアレリアで会ったツカサがそこにいた。黒のコートを羽織り、下ろした焦茶の髪は二の腕くらいまであるだろうか。彼女の表情から窺うに、あの日に見た不安の影は多少薄らいだようだ。彼女の後ろにはリアという少女がいて、俺とも顔見知りなのだが彼女はほかのところに行ってしまった。
「まぁ、見学にね。楽団の団長と知り合いなんだ」
そう言ってジンを指すと、ジンが一歩前に出てお辞儀をした。
「初めまして、ジン・ベケットだ。リアから話は聞いているよ」
「え、ど、どうも」
ツカサは気後れして、何かを躊躇っていた。
「彼女、ツカサって言って、〈メイト〉なんだ」
俺が簡単に説明すると、ジンは興味を持ったような声を出した。
「それではさぞかし、こちらの暮らしが大変なのではないかな?」
ジンが他意もなく訊いた。
「まあ、はい。大変と言えば大変ですね」
ツカサは初対面の人物に対してなんとこたえたらいいのか迷っているようだった。
「今日は、我々の楽団の練習を見に来たのかな?」
「あ、はい。リアに誘われて、それで。具体的にはどんなことをするんですか?」
「祭りの時は、湖の公園に舞台を作って、そこで歌を歌ったり演奏をしたりするんだ。踊り子の女性が三人踊る。祭りは一週間後、二日間ある。リアから何も聞いていないのかい?」
「え? はい。ただここに来てほしいと言われて……」
「ふむ。ではあの話はまだ言ってないのか。ああ、いや、気にしないでくれ」
ジンの言葉に彼女は首を傾げるばかりだ。眼鏡越しに見る彼女の顔に陰りを見つけ、それはそうかと思い当たる。
「もしかして、ノアたちのこと、聞きたい?」
ツカサは俺を見ると、素直に頷いた。
「サイラスはだいぶよくなって、君が帰った次の日にミネルバに帰ったよ。呪いだから、一時的なことに変わりないけど。それからノアもなんとか持ち直した。けど意識はまだ戻ってない。戻れば、いつ帰れるか見当がつけられるんだけど、いまはなんとも」
彼女は寂しそうに目を細めるが、気持ちを落ち着けるようにそのまま目を伏せた。
「そう……。でも、ふたりが無事ならそれでいいわ」
彼女の、自身に言い聞かせているような口ぶりに、つい訊ねる。
「寂しい?」
「……すこしだけ」
「行ってあげようか?」
「え……いい。来なくて」
態度があまりにも動揺していて、つい顔がにやける。
「あ、そうだ」
ツカサはショルダーバッグを開けると、例のバッジと銀の懐中時計を取り出し、それを俺に差し出した。
「ああ、持ってきてくれたんだ」
「いつあなたに会うかわからなかったから、入れておいたのよ」
「ありがとう。これでサーシャに怒られずに済む」
俺はバッジと懐中時計を受け取った。特にバッジは大事なものだから早く返してもらって助かった。
「もう怒られたんでしょう?」
「毎日怒られてるんだ、ここんとこね」
「そのサーシャさんて、部下なんだっけ?」
「部下だよ。総務課に勤務してる、数少ない女性の警備隊でね。サーシャは仕事ができすぎるから、頭が上がらなくてさ」
苦笑して、それから彼女を見つめる。
「どう? またアレリアに来ない?」
「え、やだ。行かない」
首を横に振りながら、希望の欠片もないほど真顔で返される。清々しくて思わず苦笑した。
「ちゃんともてなすのになぁ。そう、残念だ。でも、これはまだ持っててほしいかな」
そう言ってツカサの手に懐中時計を戻すと、彼女は瞬きを繰り返した。
「どうして? すごく高そうな時計だし、大事なものなんじゃないの?」
「大事は大事なんだけど、なんとなく」
「もらってもいいけど、壊したり、失くしたりするかもしれないし……それでもいいの?」
あとになって弁償させられるのではないかと思っているらしい。堅実な性格だ。
「いいよ、別に。それ、もとから壊れてるから」
「そうなの?」
ツカサは驚いて、まじまじと時計を見た。
「そうだよ。蓋を開けてみればわかる。というか見てなかったんだ?」
てっきり見ているとばかり思っていた。
「だって、ひとさまのものだし、手に持ってるのも怖かったから……」
律儀だ。彼女は竜頭を押して蓋を開けた。文字盤を守るガラスには見慣れたひびが入っていて、彼女はそれを見て、本当だ、という顔をしていた。
「そのひびもそうだけど、竜頭をいくら巻いても動かないんだ。だからまあ、安心して持っててよ。記念ってことで」
「なんの記念?」
「俺と会った記念?」
俺がもう時計を受け取らないと判断したのだろう。彼女は仕方がなさそうに時計をショルダーバッグに戻した。それからツカサはリアに呼ばれ、テーブル席の一画へと向かっていった。
「時計を渡すとは、随分お気に入りのようだな」
ジンがじとっとした目つきでこちらを見てくる。
「ああ、いいだろ? 彼女。いままで会ったことのないタイプだ」
「珍しいな、おまえが執着するなんて」
「俺にだって執着することくらいある」
「よくない意味では、よくあるな」
「仕方ないだろ。俺はそのために生きてきたんだ」
十五年間、俺はそれだけのために動き、いま現在の地位を手に入れた。きっと誰にも理解されないし、されようとも思わない。ツカサに言いたいと思わないし、知ってほしいとも思わない。彼女とはそれを抜きにして接したかった。
先程ジンが提供してくれた情報は鑑みなければならない。手を組んだ幼馴染みにもこのことを伝えねばならないが、果たしてうまく連絡が取れるかどうか。




