火花散る工作ドックと即席の鉄塊
地下演習場の奥、重油とオゾンの焦げる匂いが充満する整備区画に、金属性の甲高い破砕音が響き渡っていた。
作業用ゴーグルを跳ね上げた石田潔が、火花を散らすグラインダーの手を止め、油まみれのタオルで額の汗を乱暴に拭った。目の下には濃い隈が張り付いている。背後の作業台には、解体された演習用ドローンの基板、高圧送電ケーブル、そして地底のレプティリアン部隊から供与されたという謎の青い超重金属プレートが、足の踏み場もないほど散乱していた。
『おい、きよし。息絶えてねえだろうな』
通路の鉄扉を蹴り開けて入ってきたのは、後藤和明だった。手には冷めた缶コーヒーを二本ぶら下げている。
『死んでる暇なんかないよ、カズ。外の送電線がまた一本死んだ。上空の月人部隊と地底のザルクスたちがいくら結界を張ったところで、三次元の物質境界が削られたら一巻の終わりだ』
きよしは投げ渡された缶を受け取ると、プルタブを引きちぎるように開けて一気に喉へ流し込んだ。
『あいつらに渡すオモチャは形になったのか』
『オモチャとは失礼だな。だが、まともな軍用規格じゃないのは確かだ。なにしろ相手は、通常兵器の実弾も高エネルギーレーザーも素通りする多次元のバグだ。物理的に触ることすらできない幽霊を、どうやって叩き折ると思う』
きよしが作業台の布を剥ぎ取った。
そこにあったのは、無骨極まりない形状のヘッドギアと、太いコンデンサが剥き出しで結束バンド止めされた奇妙な銃器だった。洗練された未来兵器の面影など微塵もない。廃材置き場から拾い集めたスクラップを力技で溶接したような、泥臭い鉄の塊だ。
『対位相バイザーだ。多朗の持っている空間座標の把握能力、あれを基幹アルゴリズムとして機械に無理やり読み込ませた。通常の人間の網膜や暗視スコープじゃ、奴らの侵食はただの揺らぎにしか見えない。だが、ハイパースペクトル領域の特定波長をこのレンズで強制変換すれば、空間の亀裂とバグの輪郭が青白いノイズとして浮かび上がる』
『見えなきゃ撃てねえからな。で、その不恰好な鉄パイプは何だ』
カズが顎で指した銃器を、きよしは重々しく両手で持ち上げた。
『生体波長パルスガンだ。演習場で採取した六人のハプロ遺伝子から割り出した生体共振周波数を、レプティリアンの超伝導バッテリーで一気に増幅して撃ち出す。弾丸を撃ち込むんじゃない。三次元の物質空間を固定している原子結合の力場そのものを、指向性パルスとして放射するんだ。いわば、空間のほつれを強引に縫い合わせるための巨大なホッチキスだ』
『効くのか、これで』
『理論上はな。だが試してみなきゃわからん。おい、全員入れ』
きよしが整備区画の奥に向かって怒鳴ると、作業場の隅の暗がりから、オレたち六人が足音を忍ばせて姿を現した。全身に演習の泥と煤を被ったままだ。
『上宮、これをつけてみろ』
手渡されたバイザーは、ずしりと重く、冷たい鉄の感触が皮膚に食い込んだ。側面の電源スイッチを押し込むと、低い電子駆動音が耳元で鳴り、視界が青緑色のグリッドで覆われた。
空間の奥行きが、目に見える数字の格子となって広がる。オレが普段、感覚だけで捉えていた三次元の歪みが、明確な幾何学模様として視界に焼き付けられた。
『イチ番、リンクしろ』
オレが呟くと、頭上でホバリングするドローンが即座に同期シグナルを返してきた。
『うひゃあ、視界がクリアだぜリーダー。これなら暗闇のネズミの髭まで数えられる』
『余計なおしゃべりはいい。剛田、お前にはこれを背負ってもらう』
きよしが剛田の足元に転がしたのは、強化外骨格の残骸を改造した無骨なアームユニットだった。背中のバッテリーパックから太い銅線が伸び、剛田のぶ厚い両腕を金属のフレームが拘束するように包み込む。
『重ぇな、先生。こんなもん着けて動けるのかよ』
剛田が肩を回すと、油圧シリンダーが軋むような唸りを上げた。
『文句を言うな。お前の馬鹿力と質量のエネルギーを、逃がさずに一点へ叩き込むための衝撃増幅器だ。素手で殴ればお前の骨が砕けるが、これを通せば戦車の装甲板だろうが次元の歪みだろうが粉砕できる』
『へっ、殴り倒せばいいんだな。それならオレの得意分野だ』
剛田が凶暴な笑みを浮かべ、金属の拳を打ち鳴らした。甲高い火花が散る。
琴音と相羽、陣内、そしてマナにも、それぞれ急造された追加ユニットが手渡された。琴音の腕には気流の収束率を高めるスリット入りバレル、相羽の肩には幾何学シールドの展開範囲を強制拡張する増幅アンテナ、陣内には三次元座標の解析データを直接パルスガンへ転送する携帯端末。
どれもペンキの剥げたスクラップ同然の見た目だったが、触れると内部に凝縮された圧倒的なエネルギーの脈動が手のひらに伝わってきた。
『綺麗な最新兵器で戦えると思うなよ』
カズが咥えた煙草に火をつけ、紫煙を吐き出しながらオレたちを見渡した。
『正規軍のピカピカの戦車も、宇宙人の銀色の母艦も、外の戦場じゃただの鉄屑に変わった。生き残るために必要なのは、見た目の美しさじゃない。泥水を啜ってでも敵の喉笛を噛み千切る執念と、この即席の武器だ。きよしが徹夜で作ったこのガラクタがお前たちの命綱になる』
オレはバイザー越しに、自分の右手を握り直した。
青いグリッドの向こうで、仲間たちの顔つきが変わっていくのが分かった。恐怖が消えたわけではない。だが、何もできずに消滅を待つだけの無力感は、すでに消え去っていた。
手の中にある無骨なパルスガンの重み。それは、理不尽に狂い始めた世界に対して、オレたち人間が初めて手にした反撃の牙だった。
『試験場へ移動するぞ』
カズの冷徹な号令が、油煙の立ち込めるドックに響いた。
『このガラクタが本物の武器になるか、それともただの棺桶の飾りで終わるか。貴様らの体で確かめてこい』




