二人のヒロインに一瞬でへし折られた学校の秘密
特別棟の最上階にある多朗たちの部室は、解剖された工具箱から響く低く不気味なノイズによって、重苦しい空気に満たされていた。分解された緑色の立体基板の隙間から、青白い光のラインが不規則に明滅するたびに、耳の奥を圧迫するような高周波の音が静かな室内に重く澱んでいく。
その静寂を破るように、年季の入った引き戸が大きな音を立てて乱暴に開け放たれた。
『おいおい、一年坊主の分際で、随分と面白そうなものを突っついているじゃないか』
西日の差し込む入り口に立っていたのは、二年の榊だった。その背後には、体格のいい二年生の取り巻きが三人、行く手を塞ぐように並んで部室内へと足を踏み入れてきた。制服の襟元を着崩した榊は、薄笑いを浮かべながら、俺たちを見下すような態度で大股に歩み寄ってくる。重いローファーの足音が、床に不快に響いた。
榊たちは土足同然の足取りで作業台へと近づき、広げられた基板のパーツを囲むようにして立ち塞がった。
『上宮。お前だな、さっきこの技術室の共有サーバーに異常な通信ログを残した一年生は。鳴海、お前が囲っているこの工作好きが、校内のネットワークに強烈な通信負荷をかけているって、二年の端末にまでアラートが飛んできたんだよ。調子に乗るのもいい加減にしろ』
榊は吐き捨てると、顎で取り巻きたちに指示を出した。横にいた大柄な二年生が、作業台の基板を強引に掴み取ろうと手を伸ばしてくる。
『ちょっと先輩、勝手に人の部室に入ってきて何をするんですか。それ、鳴海先輩と俺たちの大切な研究材料なんですけど』
俺が思わず工具箱の手前に割り込んで立ち塞がると、榊の目が鋭く吊り上がった。
『一年生がこの俺に口を利くなと言っているんだよ』
次の瞬間、榊の手が素早く繰り出され、俺の制服の胸ぐらを掴み取ってきた。強引な力で押し込まれ、俺の背中が後ろの木製作業台へと激しく当たった。鈍い衝撃が走る。榊の取り巻きたちも笑みを浮かべながら周囲を囲み、逃げ場を塞いできた。
その一瞬だった。
それまで俺の左側に静かに佇んでいたマナの挙動が、一切の無駄のない速度で動いた。
彼女は穏やかな表情を変えないまま、滑らかな足取りで榊の側方へと踏み込んだ。俺の胸ぐらを掴んでいた榊の手首を、確固たる力で横から正確に掴み取る。
『なっ』
榊が驚きの声を漏らした瞬間には、すでに勝負はついていた。マナの手のひらは榊の手首の関節を完璧に制圧し、一切の無駄がない軌道で彼の体勢を完全に崩して床へと引き伏せた。それと同時に、近くにいた取り巻きの一人の体幹を、マナは流れるような動作で突き崩す。体勢を失った男が床へと崩れ落ちた。
マナは床に抑え込んだ榊の腕を背中側で固定し、完璧に身動きを封じていた。
同時に、作業台の向こう側にいた鳴海先輩が、白衣の裾を揺らして天板を軽々と越えてきた。
彼女の瞳には冷徹な集中が宿っていた。鳴海先輩は着地と同時に、右手で握っていたハンダゴテを迷いなく構え、残る二人の取り巻きの間合いを一瞬で潰した。熱を持った鉄の先端が空気を焼き、圧倒的な威圧感が男たちを包み込む。
わずか数秒。一年生を脅そうと押し入ってきた上級生グループは、手出しもできないまま完全にその場で無力化されていた。
『くっ、動けない』
床に伏せられた榊が、屈辱に顔を歪める。だが、マナは淡々とした調子のまま、その細い指先で榊の関節の可動域を正確に抑え込んでいた。
『多朗さんに不用意に触れることはお控えください。これ以上の抵抗は、あなたの身体機能に不必要な負荷をかけることになります』
マナの声には怒りも憎しみもなく、ただ必要な対処を正確に実行する冷徹さだけがあった。
『私は多朗さんの障害となる状況を解消することに迷いはありません。体勢を制御することなど、日常の動作と同じくらい容易です』
『待て、分かった、腕を離せ』
榊の額から冷や汗が流れた。肉体的な拘束以上に、マナの静かな瞳の奥にある絶対的な確信に気圧されているのが見て取れた。
作業台の向こう側では、鳴海先輩がハンダゴテを手に、怯える取り巻き二人を冷ややかな視線で見下ろしていた。
『動かないでちょうだいね。このハンダゴテ、かなり温度が上がっているの。不用意に動けば火傷じゃ済まないわよ』
鳴海先輩は静かなトーンで言った。
『あなたたちの行動ログも、私がここでいくらでも書き換えられるのよ。この学校のシステムには、大人の手によって様々な処理手順が用意されているのだから。違うかしら』
『す、すみません、もう手を出しませんから』
大柄な二年生たちが、完全に気圧された様子で引きつった顔をして鳴海先輩を見上げていた。
『ちょっと多朗、大丈夫。怪我はないの』
後ろから駆け寄ってきた御統琴音が、不安そうな顔で俺の制服の汚れを払ってくれた。その指先が小さく震えているのを感じながら、俺は首を振った。
マナが抑え込む力を緩めると、榊は床から立ち上がり、不満げな表情を浮かべた。
『鳴海、お前ほどの能力がありながら、何も知らない奴らとおままごとを続ける気か。本当に何も知らされていないんだな、お前ら一年生は』
『何の話ですか、先輩。私たちは普通に部活をしているだけです』
琴音が強気な声を張り上げるが、榊は忌々しそうに息を吐いた。
『普通の高校生だと。おめでたい奴らだ。お前ら、この学校がなぜここにあるのか知らんのか。光が丘公園が、実は戦前から巨大な陸軍の航空基地だったことくらいは知っているよな。ここは今も』
そこまで言いかけた瞬間、榊のブレザーのポケットの中で、通信端末が不快な電子警告音を短く鳴らした。
榊の顔から、一瞬で血の気が引いた。自分が話してはならない領域に触れかけたことに気づいたかのように、言葉を途中で飲み込み、口を固く閉ざす。それ以上喋れば、どのような処分が待っているか知っているかのような、本物の怯えが彼の表情を支配していた。
鳴海先輩がハンダゴテを引き、マナが完全に距離を取ると、榊と取り巻きたちは逃げるようにして態勢を整えた。
『上宮、お前のその右手の異常さ、次の共同演習で徹底的に確かめさせてもらうからな』
榊はそれ以上の言葉を拒むように、仲間を引き連れて大急ぎで技術室を去っていった。
引き戸がガタゴトと閉まり、再び夕闇の部室に重苦しい静寂が戻る。
『航空基地、ここは今も』
琴音はその言葉を呟き、不安そうな目で俺の制服の袖をそっと握りしめた。マナはいつものように俺の左側に寄り添い、その手を静かに添えてくれている。
夕闇が静かに差し込む部室で、作業台の上の分解された基板だけが、微かな青い明滅を繰り返していた。榊が言い残した言葉と、あの突然会話を断ち切った通信端末の警告音。それは単なる脅しなどではなく、この成増の土地の下に今も確実に残り続けている本物の闇の気配を、重く物語っていた。




