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都立 成増航空高等学校  作者: 秋津ネオ


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入学初日から徒歩二十五分とか、俺の高校生活は早くもバグり気味です

 東武東上線、成増駅の南口。

 四月の清々しい空気の中、俺、上宮多朗は、新調したばかりの紺色の制服の襟を引っ張りながら、盛大にため息をついていた。


「なあ琴音。いくらなんでも駅から遠すぎないか。もう十五分は歩いてるぞ」


「何言ってんのよ多朗。南口を出たら真っ直ぐ南、川越街道を渡ってさらに真っ直ぐ。これ以上ないくらい一本道じゃない。ほら、遅れるからシャキシャキ歩く」


 すぐ前を歩く幼馴染の御統琴音が、ツン全開の横顔で振り返る。彼女の胸元でピカピカ光っているのは、今年新設されたばかりのちょっと怪しい学校の校章だ。


 都立成増航空高等学校。


 それが、俺たちの向かっている新学校の名前である。


「いや、一本道なのは知ってる。知ってるけどさ、光が丘病院の真横って普通に駅から徒歩二十五分コースだろ。入学初日からこの距離は足が死ぬって」


「新設校の第一期生が、入学式から遅刻なんて洒落にならないでしょ。ほら、早く」


 琴音はそう言って、俺の手首を掴んでぐいぐい引っ張っていく。

 ひっきりなしに車が行き交う川越街道を信号で渡ると、駅前のざわめきが遠のいて、自分たちの足音だけが響くようになってきた。


「ねえ、多朗」


 それまで勢いよく歩いていた琴音が、ふと声を落とした。


「ん、どうした」


「なんかさ、変な感じがしない」


「何が」


「いつの間にあんな立派な航空高校なんてできたのかしらって。お父さんもお母さんも、最初からそこにあったみたいに普通に話すし。近所の人たちも、誰もおかしいって言わないのよ」


「あー、確かに。まあ、運良く新設校に滑り込めたんだから深く考えるだけ損か」


 俺が適当に流していると、直進していた一本道の突き当たりに、ドーンと巨大な緑の壁が現れた。光が丘公園の北口だ。

 ひんやりとした木々の空気を吸いながら公園内をさらに南へ進むと、左手に大きな光が丘病院の白い建物が見えてきた。そして、その真横に、俺たちの通うピカピカの校舎が建っていた。


 そんなこんなで、なんとか入学式を終えた放課後。


 俺と琴音は、少し足を伸ばして下赤塚の路地裏にある定食さわやへなだれ込んでいた。


「おい、お前ら。今日からあの新しい学校かい。ほらよ、入学祝いにゴハン山盛りだよ」


 名物店主のきっこばあちゃんが、俺たちのテーブルに信じられない密度の生姜焼き定食をドンと置いた。


「うお、すげえ量。ばあちゃん、これマンガに出てくるライスの山じゃん。多すぎるって」


「若い男が何弱音吐いてんだい。うちの白米を残したら次から出さないからね」


「ちょっと多朗、ばあちゃんがせっかく出してくれたんだから意地でも食べなさいよ。残したら私が怒られるんだから」


「琴音は他人事だと思ってさあ。でも、この生姜焼き、めちゃくちゃ美味いわ。タレだけで飯が消える」


「ふん、口だけは達者だねえ。しっかり食べて、立派な大人になりなよ」


 きっこばあちゃんは嬉しそうに目を細めると、カウンターの奥へと戻っていった。昭和の空気がそのまま残る店内で、俺たちは賑やかに温かい飯を胃袋に収めた。


 すっかり日が落ちた帰り道。二人は再び、光が丘公園の横の道を歩いていた。


「ふぅ、食った食った。きっこばあちゃんの飯、最高だな」


「もう、食べすぎよ多朗。って、あれ」


 琴音の言葉と同時に、俺の耳の奥に奇妙な音が届いた。


 ズズズ。


 ポケットのスマホが震えたのかと思ったが、そうじゃない。足元の地面が、ごく微かに、低く振動した気がした。


「え、何だこれ。地震か」


 俺が足を止めた、その瞬間だった。

 それまで前から後ろへと吹いていた夜風の向きが、唐突に変形した。

 足元から頭上に向かって、まるで地面から空へ噴水でも湧き出たかのように、風が不自然に逆流したのだ。

 俺の制服の裾が、重力を無視するようにフワリと上へと煽られる。


「おい琴音、今の風、なんか変じゃなかったか。下から上に」


「はあ。何言ってるのよ、頭大丈夫。ただの突風でしょ。早く来ないとメガドンキ行く時間なくなるからね」


 どうやら琴音には、今の奇妙な風の動きは分からなかったらしい。

 もう一度意識を集中してみたが、足元の振動も綺麗に消え去っていた。


「気のせい、か。いや、でも」


「早くしなさいってば」


「あ、ああ。今行くよ」


 自分に言い聞かせるように呟き、俺は琴音の後を追って走り出した。


 そんな俺たちの慌ただしい後ろ姿を、誰もいない夜の校長室で、巨大なマルチモニターが静かに映し出していた。

 街頭防犯カメラの映像を切り替えながら、多朗の後ろ姿を画面越しに冷徹に眺める白髪交じりの老校長、白金創。

 白金はただ静かに、暗闇の中でモニターの光を浴びながら多朗を見つめている。その瞳の奥の冷たい光だけが、これからの不穏な未来を予感させるように、静かに明滅していた。



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