第3話 『黒猫のサンバ』
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「見て見て!あそこのお肉屋さん、いつも揚げたてコロッケがほっぺた落ちるくらい美味しいの!今日もお祭り向けに売ってるから、ぜひ食べてほしい!」
ローカル線で二駅離れた新幹線停車駅の近くから、首都圏の青葉学園まで新幹線で通学をしている凜にとって、この田舎町は、完全にホームグラウンドだ。
学校関係者と遭遇する危険も少ないこの場所で、毎年開催される恒例の花火大会に、自身にとって何より大切な人たちを呼び集めた凜は、心から幸せそうだ。
駅前通りを指差しながら、親友の腕を取り、子どものようにはしゃいでいる。
「それでね、この通りをまっすぐ行くと川の堤防があるんだけど、そこが一応、無料の観覧スペース。でも今日は、私が穴場スポットに案内するから、花火開始前の七時頃に橋の袂に集合ね!」
どうやら、それまではカップル同士それぞれに分かれてお祭りデートになるらしい。
高校三年生になっても、生来の人見知りを拗らせている詩郎としては、内心でホッと息をつく。
(それに、普段なかなか会えないのは、こっちも一緒だし)
凜は遠距離恋愛中の親友カップルへの配慮を口にしていたが、何かと察しの良い彼女のことだ。そんな詩郎の気持ちなどすべてお見通しだろう。
「じゃあ、詩郎くん。私たちも行こっか」
そう言うと、あっという間に詩郎の手に指を絡めて、凜は歩き出してしまう。
(ちょっと待って、予告くらいしてくれないとこっちも心の準備が……)
香水でも使っているのか、ふんわりと良い香りが漂ってくる小柄な彼女のつむじを見下ろしながら、詩郎は肩にかけたスリングバッグの肩紐を、縋るように握りしめた。
対して凜はというと、突然の接触に動揺している詩郎の気持ちなど、恐らく気付いた上でのお構いなしだ。
「ちょ……駒野さん、待ってよ」
「詩郎くん!ここは学校じゃないよー。二人のときは、凜でしょ」
「う……り、凜」
「うん!……あ、そうだ」
凜は、満足げに頷いたところで、突然繋いでいた手を離す。
そして、二歩ほど前に進んでから、改めて詩郎に向き直った。
「ね、今日の浴衣、生地から探して私が縫ったんだよ。どうかな?」
そう言うと、その場でくるりと回ってみせる。
結い上げた髪から溢れた柔らかそうな後れ毛が、彼女の動きに合わせて、猫の尻尾のように機嫌よく揺れた。
咲き誇る向日葵畑のなかで遊ぶ黒猫は、いつもの凜そのものという感じで可愛らしい。
襟元から、ささやかに覗く白いレースは繊細で、小柄な割に存在感がある凜の胸元に、彼女が持つ華やかな色気と無邪気さを上乗せしている。
帯留めと根付、そして髪に挿された簪の先でも、黄色い目をした黒猫が揺れている。
よく見ると耳元には黄色いキャッツアイ風の石が光っていて、顔にもうっすらと化粧を施しているようだ。
(こんなの、『最高』以外に言えることなんてないんだけど……)
言葉を探す詩郎を、凜はいつだって急かさない。ただ、にこりと微笑み、少し首を傾げて、詩郎の答えを待っている。
「すごく……すごく、可愛くて、どうしようかと思った」
暴れる心臓を右手で抑え、我ながら何のひねりもない、ありきたりとしか思えない言葉を、なんとか絞り出す。
「やった!詩郎くんのために、おめかし頑張ったんだよ?」
「ええと……ありがとう?」
「うん!」
しどろもどろになりながら、なんとか返した詩郎に、この最高に可愛らしい彼女は、満面の笑みを浮かべるのだった。
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