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文化祭の君  作者: 獅堂最
after story 『浴衣の君』
51/52

第1話 『秘密の待ち合わせ』

ここからは、デザート的後日譚(全8話)です。

本編とは一味違う甘味をお楽しみください。

 *****


 私立青葉学園。


 全国でも珍しい、男女並学制を採用する中高一貫のマンモス校だ。


 男子部と女子部は市道を挟んで向かい合っており、中空二階に架かった橋でのみ繋がっている。

 しかし、この橋は、必要時以外での行き来は禁じられている。

 さらに、勉学の妨げになるとして公式には男女の恋愛も禁止。日頃から男女の交流が一切ない、特殊な学校である。


 ――そう、公式には。


 *****


 高校三年生の夏休み。

 七月も末に差し掛かったある日。


 河原崎かわらざき詩郎しろうは、スマートウォッチが巻かれた左手首を、顔の前に掲げた。


 ――17:47


 小さな液晶画面に浮かび上がった時刻は、何度見ても遅々として進まない。


 詩郎がいるのは、自宅があるローカル線のターミナル駅から、電車を乗り継いで二時間弱の、隣県の港町だ。


 ギリギリ首都圏の端と言えなくもない詩郎の最寄り駅に比べて、純粋な田舎と言っても差し支えない町だが、詩郎が背にした駅舎からは、電車が来るたびに少なくない人が吐き出されてくる。


 ――その半分近くが、華やかな浴衣を着ている。


 カラフルな熱帯魚の群れのなかに、シンプルなブルーグレーのリネンシャツと、ベージュのコットンパンツで紛れ込んでしまった詩郎は、きょろきょろと見知った顔を探すが、案の定見つからない。


(赤、リチウム。紫、カリウム。黄色は――ナトリウムか)


 気分を紛らわそうと、詩郎は視界に入った色彩を、片端から炎色反応の法則に当てはめる。


 先日受けた模擬試験でも、化学をはじめとする理系科目の成績はまずまずだった。以前は苦手だった文系科目も、高校に入ってからは徐々にだが右肩上がり。


『この調子でいけば志望校のランク、ひとつ上げられそうね』


 成績表でしか詩郎を見ない母親は、たまの息抜きに良いだろうと今日の遠出も二つ返事で承諾し、お小遣いまで弾んでくれた。

 こういうときには、問題児の兄にかまけて放置気味の自分の立場が、気楽で良いと詩郎は思う。


(青……セシウム。いや、緑がかってるから銅かな。黒……水素って燃やすと無色だっけ。てか、背が高いな)


 駅前の立体式駐輪場から出てきた、カーキ色のカーゴパンツに黒いTシャツの人物が、詩郎の前を横切る。


(190ちょいってとこかな)


 詩郎は細身ながら男子のなかでも高い方で、184cmある。その詩郎よりも、さらに目線が高い。

 体格が良く存在感があり、纏う色彩も相まって、どことなく熊のような印象だ。


(くま……あれ?どこかで見たことが、ある?)


 純粋な日本人顔で、ここまで背が高い人間は、詩郎の記憶でも限られる。


(だれだ……?もしかして、青葉の先輩――卒業生か!)


 必死に記憶を探ると、思い当たった。

 青葉学園高等部に入学したての詩郎が、放課後の居場所を探して校内をさまよっていた頃。広い学内でも何回か見かけたことがある。

 その後、工芸部の友人が何かの折に、二学年上の、通称『くま先輩』だと教えてくれた。


 学校からも電車で2時間以上離れたこんな場所で、まさか関係者に遭遇するとは思わず、詩郎は息を呑む。


(まず……くは、ないか。向こうは俺のことは知らないはず)


 でも、待ち合わせの相手――詩郎の恋人、りんはどうだろうか。


 たしか、女子手芸部と男子工芸部は、文化祭限定で交流があると聞いている。


 そして、卒業生、ことに部活の先輩というのは、往々にして後輩の校則違反に厳しかったりするものだ。


 詩郎は、ちらりと左手の時計に触れる。


 ――17:59


 もう、いつ来てもおかしくない。


 詩郎は咄嗟に、ポケットに突っ込んでいたスマホを引っ張り出す。


 しかし、その瞬間――


「詩郎くん、お待たせ!」


 待ち焦がれていたはずの声が、駅前ロータリーの向かいから響いてきて、詩郎は慌てて顔を上げた。


 *****

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