第18話 『勇気と誇り』
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「鞆野先輩、どうかされましたか」
すっと皆を庇うように前に出た菊田先輩の口から、初めて聞くような硬い声がこぼれる。柏木先輩も、何かとても苦いものを飲み込んでしまったかのような顔で、その隣に並ぶ。
闖入してきた女子生徒は、鞆野先輩というらしい。菊田先輩が『先輩』呼びしているということは、演劇部を引退した三年生なのだろう。
腕を組んで仁王立ちした彼女は、進み出た二人の二年生を鋭く睨めつけると、声高に言い放つ。
「どうもこうもないわ。なぜ、神聖な演劇部の部室に、こんなに部外者がいるの?演劇部は、我が校内でも聖域よ。くだらない男女交流なんかとは別次元にあるからこそ、共同の部活動として認められているの。忘れたわけではないわよね?菊田」
「もちろん、わかっています。ですが彼らは……」
「言い訳は聞きたくないわ。菊田、あなた私に言ったわよね?現役の部員だけで頑張りたいって。だから、私の書いた脚本は使わないって。それなのに、この状況は、なに?結局あなたたちだけじゃ、力が足りなかったってこと?」
(聞いていた話と、違う……?)
違和感を覚えた詩郎は、ちらりと菊田先輩を伺うが、先輩は硬い表情のまま、鞆野先輩を見返している。そして、かすかに息を吐いてから口を開く。
「それは違います。劇は、きちんと私たち現役部員でやり遂げます。ここにいる彼らは、そのための協力者です」
きっぱりと言い切った菊田先輩に、鞆野先輩はふっと鼻を鳴らす。
「協力者?ただの下請けでしょ。そもそも私は、毎年わざわざ大切な部費を渡してまで、手芸部に衣装を頼むこと自体、反対だったのよ。あれやこれやと私の脚本に余計な口を挟むくらいなら、外部に頼んだほうがマシだと、あれほど言ったのに。それなのに何?手芸部は、結局自分たちだけじゃ作り切れなくて、そこの男子まで巻き込んだの?」
鞆野先輩は、一年生三人を順に睨めつける。それに対し、凜は毛を逆立てた猫のような顔で、鞆野先輩に噛みついた。
「私が、呼んだんです!そのほうが、もっといいものを作れると思ったから!」
「提案したのは彼女ですが、判断したのは俺たちです。演劇部、手芸部、工芸部の各顧問の先生にも、きちんと許可を頂いてます」
柏木先輩が言い添えるが、鞆野先輩は目もくれない。そのまま、怒りのあまり荒い息を吐く凜を見下ろすように、目を細めて言った。
「手芸部の……駒野さんだったかしら?いい?演劇の衣装はね、あなたたちが得意なコスプレ遊びとは違うのよ。舞台の主役は、あくまで役者。ただキラキラしくて目立つ衣装は、かえって邪魔なのよ」
「な……っ」
あまりの言いように言葉を失った凜が、はくはくと口を動かす。次いで、白くなるほど噛み締めた唇と、握りしめたその小さな拳を、ふるふると震わせる。
「…………っ!撤回してください!」
小さく震える凜の姿を見た瞬間、気がついたら詩郎は叫んでいた。
「あなた、誰?見ない顔だけど、どこの部?」
鞆野先輩が訝しげに、詩郎に向き直る。
「演劇部の一年生、河原崎詩郎です。外進生なので、先輩にお会いするのは初めてです。今回の脚本は、俺が書きました。演劇の脚本を書くのは初めてでした。だけど、自分が考えた世界が、役者たちによって現実になる。その尊さは、俺にもわかります。でも――」
詩郎は、手にしたままだった魔女の杖を持ち上げると、軽く振ってみた。先端に取り付けられた魔法の石が、きらきらと輝いて力をくれる。そんな気がした。
「手芸部と工芸部は、俺が考えた小さな世界を、何倍も深く、大きくしてくれたんです。彼らの協力があってこそ、演劇部はより良い物語を、創り出せるんです。絶対に、遊びなんかじゃないです。訂正してください」
震えそうになる足を踏みしめて、詩郎は言い切った。次の瞬間――
ぱちぱちぱち
どこか場違いにも感じる拍手の音が響いた。
「ザッキー、良くぞ言ってくれた!そう、その通りだよ。私たち役者は、確かに舞台の上で輝くのが仕事だ。でも、その世界を形作っているのは、君たちのような脚本家だけじゃない。衣装だけでもない。演劇とは本来、大道具や小道具、照明や音響、いろんな人たちに支えられて、成り立っているんだ。
――鞆野先輩。先輩の脚本は、確かに質が高いものだったかもしれません。でも、あまりに役者にしか光が当たらなかった。そんなやり方を変えたくて、私たちは彼を選んだんです」
「菊田の言う通りです。俺たちは、俺たちのやり方で、先輩方に恥じない演劇をやり遂げて見せます。きっと、これまでとは違うけれど、同じように良いものが作れます。先輩、見守っていてください。決して、がっかりはさせませんよ」
いつもの調子を取り戻した部長コンビが、力強く言う。それに対し、鞆野先輩はまだ何かを言いたげに眉根を寄せていたが、結局大きなため息を吐く。
「そこまで言うなら、お手並みを拝見してあげても良いわ。その代わり、期待を裏切るような出来だったら、承知しないわよ。せいぜい、頑張りなさい」
そう捨て台詞を吐くと、荒々しい足取りで部室を出て行ったのだった。
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