第19話 高一 十一月 『反転』
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――文化祭二日目、お昼どき。
菫は一人、女子部校舎の被服室で、作業机にぺたりと頬をつけて突っ伏していた。
視線の先には、シリコンでできたレジンの型が、セミの抜け殻のように置かれていた。
文化祭の公開エリアから離れたこの部屋にも、表の非日常の賑わいが、別世界のように遠く届いている。
ふぅ……
今日何度目かわからないため息が、菫の唇からこぼれる。
そこに、軽い足音とノックの音が響く。
ガチャリ
「すみれー、お昼買ってきたよ。食べよ食べよ」
「……凜」
「図書委員が出してるドーナツ、まだあったからゲットしたよ。あとはやきそば。フランクフルトもあるよ。食べる?」
「……うん」
ゆっくりと身体を起こした菫の頬には、作業机の木目が、くっきりと刻まれていた。
「菫、オールドファッションチョコ食べる?あ、レモンソーダも買ってきたよ」
「ん……ありがと……」
「げ、このやきそば青のりかかってる。要らないって言ったのにー。もー……」
ぶつぶつとつぶやく凜の様子に、菫はふと何とも言えない違和感を覚えた。
「凜」
「んー?やっぱりからあげも欲しかった?フランクと迷ったんだよねぇ」
「ねぇ、凜。何かあった?」
「凜ちゃんってばフランクにマスタードかけちゃうよ。いい?いいよね」
「凜ってば。ねぇ、私の気のせいじゃないよね」
重ねて尋ねた菫に、凜は観念したように口を閉じた。
「……。なんで、菫にはわかっちゃうんだろ」
「何か、私には話せないこと?」
「そうじゃ……ないけど……」
「でも、言いにくいことなんだ?」
「んー。本当にそうじゃ、ないんだけど……」
珍しく歯切れの悪い凜の様子に、菫は焦り始める。自分がこんなところに引きこもっている間に、大事な親友に何があったのか。
「ねぇ、何があったの?私じゃ、力になれない?」
くしゃりと顔をゆがめた菫に、今度は凜が慌てる。
「違う違う!そんなわけない!そういうんじゃなくて……」
「そういうんじゃないって、じゃあ、どういう……」
「えっとね……つまりまぁ……。私はですねぇ、演劇部の詩郎くんと、付き合うことになりました」
「え」
思っていたのとは180度違う言葉に、菫の頭はしばし空転し、次の瞬間猛烈な勢いで反転し始めた。
なんでもない澄まし顔を作ろうとして失敗し、結局照れ笑いを浮かべた親友に、菫はがばりと抱きついた。
「おめでとう!凜!」
「ごめ……菫は大変な時に、こんな話……」
「謝らないで、凜。やだごめん。私がこんなだから気を遣わせちゃったんだね。ねぇ、本当におめでとう。凜、頑張ったんだね」
「うん……ありがと……うん。凜ちゃん、ちょっと頑張りました」
抱き合ってうなずきあった二人は、結局どちらからともなくよく似た泣き笑いを浮かべて、しばし微笑みあっていた。
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「ねぇ、凜。やっぱりさ、私、凜の大事なときに一緒に喜べないの、嫌だな」
少し冷めてしまったお昼ご飯を、二人仲良く分け合いながら、菫がぽつりと言う。
「え、うん。何急に。今一緒に喜び合ったと思うんだけど。話もしっかり聞いてくれたし。え、まさか聞いてなかったとか言う?」
「聞いてたよ、もちろん。でもさ、ここ入って来たとき、凜は私に遠慮して隠そうとしてくれたでしょ?それが、嫌だなって思った」
「えー、ごめん。私、また気遣いの方向明後日?」
「ちがくて、悪いのは私。あのね、考えてたんだ」
言葉を選ぶようにしながら、菫は机の上のレジンの型をちらりと見やる。
「あのクマバチのチャームにのせた私の想いは、知らない間に誰かに持ち去られたままにして良いものじゃないって」
「……うん」
「だからね、同じ失うにしても、やっぱり自分の言葉で、ちゃんと先輩に伝えたい」
しっかりと顔を上げて、背筋を伸ばした菫を、凜は思わずぎゅっと抱きしめた。
「わかった。応援する。どんな結果になっても、私は菫の味方だよ」
「うん。ありがとう。凜、私もだよ」
「そうだね。そうだよ」
凜はまた、すんっ、と小さく鼻を鳴らす。そして、一度腕を解いて、つよい光が戻った菫の瞳をじっと見つめた。
「それで、どうするの?」
「うん。会いに、行ってくる」
思い出すのは一年前の工作室。幹部会の後で、『三人』は菫の目の前で連絡先を交換していた。
(連絡先を教えてもらうくらい、許されるよね)
菫は大きく頷き、立ち上がった。
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