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文化祭の君  作者: 獅童最
side 佐藤菫 『文化祭の君』
20/29

第18話 高一 十一月 『俯く』

 *****


 ――文化祭一日目、夕方。


「え……売れた……?」

「はい!受験のお守りに欲しいって言ってくれて。菫先輩のチャーム、絶対ご利益あるから、私嬉しくって!」


 満面の笑顔でそう言ったのは、今年入部した中学一年の野末のずえ香菜実かなみだ。菫にとっては念願の、小物班の後輩でもある。

 けれどその瞬間、菫は彼女の言葉をうまく飲み込むことができなかった。


「え、でも、あれは……」


 なんと言っていいかわからず言い淀む先輩の様子に、香菜実はまだ気がついていない。

 そのどこかいびつな空気に、近くで翌日用の体験キットを並べていた凜が気付き、近寄ってくる。


「菫?何かあった?」

「凜……」


 言葉を探して押し黙った菫の様子に異変を感じ、凜は表情を曇らせて傍らの後輩に向き直った。


「野末、何があったの?」

「あの、菫先輩が最後に作ってたスミレの花の上をハチが飛んでるモチーフのチャームが、売れましたって言っただけなんですけど……」


 おずおずと告げた後輩の言葉を聞いた瞬間、凜の表情が抜け落ちる。


「……は?」

「ダメ……でしたか……?」

「ダメに決まってるじゃん!だってあれは菫の……!」


 いつも明るくて優しい先輩の、常とは異なる様子に、香菜実は本格的に顔色を失う。


「え……え……」


 激昂げっこうする親友と、小さく震えている後輩の顔を見た瞬間、菫は一度きゅっと唇をかみしめて言った。


「凜、いいよ。大丈夫」

「大丈夫ったってっ!」

「香菜実ちゃん、あのチャームは、値札がついてなかったよね」


 菫は努めて優しい声を作り上げて、後輩の顔を覗き込んだ。


「はい……だから私、どうしたらいいか分からなくて……。困っていたら、工芸部の佐々木先輩が、1000円で良いんじゃないって言ってくれて……」

「佐々木のやつ……!ちょっと私文句言ってくる!」


 今にも男子校舎に突撃しそうな様子の親友の腕を、菫はぎゅっと抱きしめた。


「凜、本当に大丈夫だから。香菜実ちゃんも。1000円で全然問題ないよ。あれは値札をつけてなかったから、困っただろうなって思っただけ」

「菫……本当にいいの?」

「いいの。凜、ありがとう」


 まだ不安げにしている後輩と、不自然なくらいに冷静な親友を見比べてから、凜はふぅーっと長く息を吐いた。


「わかった。野末、ごめんね。びっくりさせた」

「いえ、あの、私……」

「夕方のシフトでお客さんが少ないと思ったけど、大変だったよね。お疲れ様。明日もあるから、そろそろ帰ろう。

 ――ほら中学生たち!下校するよ!明日も8時集合ね!」

「「「はい!」」」


 まだ少し不安そうな様子だが、香菜実はぺこりと小さく頭を下げる。そして、後ろ髪を引かれながら、遠巻きにしていた同学年の子たちの輪に戻っていった。


 *****


 夜。


 パジャマに着替えたベッドのうえで、菫は高校に進学して、やっと手に入れたスマートフォンを両手で握りしめ、膝を抱えていた。

 画面には、同じくパジャマに着替えた凜が、いつもどおり丁寧にスキンケアをしている様子が、映し出されている。


「それで、菫は本当に大丈夫なの?」

「もう、いいよ……」

「そりゃ、後輩の前で怒っちゃった私の態度は良くなかったよ。でもさ、あのチャーム、売るつもりなかったんでしょ?非売品の札、貼ってたよね?」

「なんかね、知らない間に札が取れてどっかに行っちゃってたみたい……照れくさいからってみんなにちゃんと説明してなかった、私が悪いよ」


 静かな声でそうつぶやいた親友の様子を、凜は額に化粧水を浸したコットンを貼りながら、画面越しにちらりと伺う。


「無理、してない?」

「わかんない。昼間先輩たちを見たからかな、なんかもう、いいやって思ったの。あのチャームは、なくなったほうが良かったんだよ」


 自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる菫の顔は、おろした髪の毛の影に隠れて画面越しではよく見えない。それをもどかしく思いながら、凜は慎重に言葉を探した。


「私は、すごく綺麗だと思ったよ、あのチャーム。スミレの花びらが繊細に重なってて。あのクマバチも、丸くて愛嬌があって……あんな小さいレジンの中に、菫の気持ちが丁寧に折り重なっていたの、私にはわかったよ。レイヤーアートってすごいなって思ったもん。深いなぁって、涙出そうだった」

「ありがとう。凜にそう言ってもらえるのは、嬉しいよ」

「あれを選んで買っていった誰かさんは、めちゃめちゃ見る目あるよね。そもそも高校生の文化祭で1000円の作品なんて、そうそう売れるもんじゃないし」

「そうだね、だいじにしてくれれば、もうそれでいいよ」

「ねぇ菫、私の前では無理しなくていいよ。後輩の前では優しくてかっこいい先輩、ちゃんとやってたんだから」

「ありがと、凜」


 相変わらず菫はうつむいたままだ。大事な親友の気持ちをすくい上げることができず、凜の心は無力感でいっぱいになる。


「とりあえず菫、明日は寝坊しな」

「えぇ?」

「朝の準備、工作室に来なくていいよ。明日はどうせ布もの班が当番だし。二年の先輩たちにも、私からうまく言っておくから」

「でも……」

「良いから。明日は優等生の菫はおやすみ。佐々木は私が懲らしめておくし。任せて」

「ちょ……それはしなくていいよ。ホントにやめて。香菜実ちゃんが気にするよ」


 焦って顔を上げた菫の頬は、乾いていた。


「わかった。じゃあ、かわいい後輩に免じて佐々木には執行猶予をつけるとして……ホントに明日の朝は無理しないで」

「……わかった。そうさせてもらう」

「うん。だから、明日はどんな顔して学校に来ても、良いからね」

「ん……ありがとう。おやすみ」

「うん。おやすみ」


 *****

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