国王奪還大作戦3
『――ということだ。魔王様は悲しいお人なのだよ』
「ただのクズじゃねえか」
生き物の恨みつらみが集まってできた、魔王。
ソイツが自分の気持ちに正直に生きて、人間を拉致し、合成して操って、結婚までしようとしている。
そんなクソみたいなクズを、「悲しい人」なんて安い言葉で済ませてたまるか。
「『昔に戻す』? ふざけんじゃねえぞ。魔王は悪意から生まれた、根っからの悪だ。悪は何をしたって悪。優しい『ナニか』になるわけねえだろ、馬鹿が」
メロは広場に流れる水路を眺めながら、黙ってしまった。
ザラザラと水が流れていく。
「でもまあ、魔王が愛だ何だに執着してんのはわかった。弱点があるとしたら、そういう感情の部分だろうな」
メロがうな垂れる。
『魔王様を幸せにしてあげることは、できないものかな』
幸せになりたい。
魔王にとって、その気持ちがバカ強いことは、俺も理解した。
そして、メロが案外イイ奴だってことも。
うな垂れたメロの肩に、黒い重石が見えた気がする。
「もし、誰かが魔王を幸せにできるとしたら、それはメロ、お前みたいな奴なんじゃねえの。知らんけど」
そもそも、幸せになってほしいと願ってくれる誰かが存在している時点で、魔王は意外と幸せなんじゃないかと思う。
俺には、そんなことを思ってくれる人なんて、もういない。
今まで、カレンしかいなかったのだから。
――だから、俺はカレンを生き返したいのか?
はたと気付いて、背筋が凍る。
俺の心の裏側を見た気がした。
俺がカレンを生き返したいのは、カレンのためではないのか?
カレンが元気になって、ずっと笑っていてほしい。
それは、なんのためだ?
俺が、安心したいから?
俺が、誰かに大事に想われたいから?
嘘だろ?
ブルルッと頭を強く振る。
こんな面倒くせえこと、考えたくない。
忘れろ。
忘れろ、俺。
カレンを生き返す。俺のためじゃない。カレンのため。それだけだ。
「グルル、ギュル、グウゥ」
獣の声がして、顔をあげる。
一匹の馬みたいな魔物が近づいてきて、「こっちへ来い」と言うように首をクイッと動かした。
なんだ?
付いて行くと、辿り着いたのはピィを寝かした家だった。
まさか、ピィの身に何か――?
焦燥感にかられ、バンッ! とドアを開ける。
「ピィ!」
「……レノさん」
ピィが布団の上に座っている。
意識が戻ったのか!
意外と元気そう……だが、何か変だ。
「ピィ、オマエどうした?」
顔色はマシになっている。
それなのに、いつもの元気な空気感がない。
穏やかな雰囲気のピィは、まるで別人みたいだ。
ピィは髪を耳にかけ、布団の上でおしとやかに俺へ頭を下げる。
「ベアトリーチェと申します。ピィさんと合成された、聖枢機院の巫女です」
俺は息を飲んだ。
ベアトリーチェ。ピィの身体の、本来の持ち主だ。
俺は彼女の隣へ駆け寄る。
「それは……、どういう状況だ? 今の状況、正しく認識できてるか?」
「はい。ここが魔界であり、聖女様に攻撃されて、死にかけたことは記憶しています」
ベアトリーチェの話によると、彼女とピィの意識は今、主導権が入れ替わっているらしい。
魔王の結婚式で聖女の姿を見た瞬間、ベアトリーチェの意識はピィの意識を上回った。
その反動で、ピィの意識は心の奥底へ引っ込んでいる。
そのまま肉体に致命的なダメージを受けたため、ピィの意識は心の奥から戻ってこられない。
ピィの意識もいずれ戻るだろうが、いつになるかはわからない、とのことだ。
「お前が本当にベアトリーチェなら、聖女がなんで魔王と合成されてんのか、それも知ってんのか?」
十字軍が必死になって行方を捜していた聖女。
聖女と付き人のベアトリーチェに何があったのか、俺は気になっていた。
ベアトリーチェはバツが悪そうに目を伏せ、頷く。
「聖女様は、自らの意思で魔王の元へ行きました」
*
聖女は十歳の頃、異国の地から召喚されて、この王国へやってきた。
右も左もわからぬ聖女。そんな彼女の世話をすることになったのが、ベアトリーチェである。
聖女の仕事はただひとつ。
王家の後継者、つまり王子に神の祝福を与え、聖なる力で王子を支えること。
聖女はこの国に召喚されたその日から、王子専属の聖職者となった。
十歳の少女にとって、王子は文字通り「王子様」だった。
端正な顔立ちに、品のあるたたずまい。王子は剣技も強く、教養もあった。
なにより、王子は聖女より3つ年上で優しく、毎日のように行動を共にする。
聖女が恋に落ちない方が不自然だ。
王子が18歳になった頃、魔物との戦争が起きる。
理由は、領地の奪い合いだった。
国土を広げたい王国と、人間界を侵略したい魔王。
ふたつの勢力がぶつかり合い、大きな戦争となった。
ある時、国王と王子の元へ、魔王が直接やってくる。
おどろおどろしい、真っ黒のドロドロした塊である魔王。
魔王は戦争に勝利するため、王家を滅ぼしに来たのだ。
だが魔王の意思は、そこに居た王子を見て180度変化する。
――麗しの王子。
――この男、欲しい。
魔王は王子を奪うことにした。
国王を一撃で殺害し、王子の首にモヤをかける。
だが王子の背後には、聖女が居た。
王子は自分の身をていして、聖女を守ろうとしている。
魔王はそれが、気に食わなかった。
――なんだ、この小娘は。
――自分も王子に守られたい。
――守られたい。
――人間の女になればいいのか?
――この女になればいいのか?
そう考えた魔王は、一時撤退することにした。
人間の身体を手に入れる方法を習得し、人間の女性になってから、改めて王子を迎えに来ようと考えたのだ。
魔王の撤退により、魔物の脅威が去った王国では、王子が国王に即位した。
多忙になる王子。
聖女もまた、国王専属の聖職者として職務に励んでいた。
そんな聖女の生活は、想像を絶する苦痛の連続だった。
国王となった王子は、王妃をめとり、世継ぎを残さねばならない。
それは、急を要する問題だった。
毎日訪れる貴族の娘たち。
彼女らは国王の寵愛を受けようと、あの手この手で国王に近づいていく。
聖女はそれを、常に間近で見届けなければならなかった。
貴族たちは、みな王家の座を狙っている。
一番最初に国王の子どもを身ごもる令嬢は誰か。
令嬢たちは国王相手に、毎日毎日、性接待をする。
聖女はそれも見届けた。
自分の気持ちを押さえつけ、胸が張り裂けそうになりながら、愛する人が性に溺れていく様を見続ける。
――本当は私だって、あのお方が好きなのに。
――私は誰よりもあのお方のことを愛しているのに。
――あのお方と愛をはぐくむのは、私であるべきなのに。
聖女の叶わぬ恋心は、国王が他の令嬢と身体を重ねるほど、黒く大きく膨らんでいく。
――ずるい。
――にくい。
――なんで。
――どうして。
聖女は恨めしかった。
今まで国王の一番近くにいたはずの自分が、妃選びでは一番遠いところに居る。
それがどうしても許せない。
ただの令嬢たちが憎い。
ある晩、国王がどこかの令嬢と身体を重ねている頃、魔王が聖女の元へやってきた。
魔王が言う。
――協力しないか?
――お前の身体を寄こせ。
――お前の身体を使って、国王と愛し合う。
――国王を自分だけのものにするのだ。
その誘いは聖女にとって、とてつもなく魅力的だった。
身体さえ渡せば、聖女なんて重たい肩書を捨てて、この身体で国王と愛し合える。
国王を自分だけのものにできる。
「いけません、聖女様」
受け入れようとした聖女を制止したのは、付き人のベアトリーチェである。
だが、聖女は聞く耳を持たなかった。




