国王奪還大作戦2
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今から500年前。
この世にはまだ、魔界がなかった。
人間も、強い力を持った獣たちも、みな同じ場所で生きていた。
だが、それも長くは続かない。
傲慢な人間たちが獣たちを襲い、獣の領土を奪う。
人間を嫌った獣たちは、時空を歪め、安全な空間へと避難した。
その空間こそ、魔界である。
魔界へ逃げてきた魔物たちは、みな強い感情を持っていた。
――家族を奪われた。
――住処を奪われた。
――自由が欲しい。
――自由に生きたい。
――地上を取り戻したい。
さまざまな感情がモヤモヤと渦巻き、どんどん大きくなっていく。
たくさんの感情エネルギーがひとつになり、やがてドス黒いモヤの塊になった。
圧縮されたエネルギーのモヤが沸々と煮えたぎり、ドロドロの固体となって、魔界を闊歩する。
――自由が欲しい。
――家族が欲しい。
――住処が欲しい。
真っ黒のドロドロの固体の中心からは、数千万の獣たちの残した感情が噴水のようにあふれていた。
――自由に生きたい。
――幸せに生きたい。
――幸せになりたい。
あふれる感情は、いつしか、ひとつの意思となった。
――幸せになりたい。
その意思の塊こそが魔王。
魔王の誕生である。
魔王は幸せを求め、歩き続けた。
途中、魔物たちの家族を見た。
――幸せそうだ。
身を寄せ合って生きる家族を見ると、心のモヤが浄化される。
そこで魔王は自覚した。自分は「幸せな家族生活」を求めているのだと。
同時に、魔王はもうひとつ気付くことがあった。
魔物たちはみな、ウルフならウルフ、クロウならクロウといった具合に、同じ種族でつがいになっている。
――じゃあ、自分は?
ドス黒くて、ドロドロしたナニか。
自分は誰とも、似ても似つかない。
近いようで、遠い。
仲間がいない。
だから魔王は探すことにした。真っ黒で、ドロドロで、負の感情がグチャグチャになっているような生き物を。
魔王はいろんな生き物に会った。
だが、みんな自分と違って、肉体を持っている。
憎らしかった。
贅沢な奴らめ。そうやって愛し合い、温め合い、楽しく生きるのか。私の気も知らないで。
むしゃくしゃした魔王は、幸せそうな魔物を惨殺する。
魔王の心がズシンと重くなる。
死にゆく魔物たちが残した負の感情が、魔王のドロドロの肉体に取り込まれていく。
――死にたくない。
――死にたくない。
――幸せになりたい。
魔王の黒は、世界を飲みこむほど深い黒になる。
――幸せになりたい。
――幸せになりたい。
願えば願うほど、魔王の闇は大きくなった。
魔王は、湖に映る自分の姿を見て泣いた。
――愛されたい。
――幸せになりたい。
だけど誰も受け入れてくれない。
自分が、醜いからだ。
『醜いか否かは、心で決まるのではないか?』
一匹のドラゴンが言う。
名は、メロディウス。
湖のほとりで出会ったメロディウスと魔王は、友となった。
友とは不思議なものだ。
異種族間の結婚はほとんどないのに対し、友は異種族でもなれる。
語り合い、意見を交換し、自分の生き方を見つめ直せる。
魔王は友の言葉に従い、心を美しくしようとした。
他人に優しくし、他人の幸せを喜ぶ。
メロディウスによれば、それが「心が美しい」ということだそうだ。
――そんなこと、できるわけがないのに。
魔王はそれから、必死に「心の美しい生き物」のフリをした。
苦痛だった。
他の魔物が幸せな生活を送っている姿を見て、喜べるはずがない。
――幸せになりたい。
――私も。
――私も。
恨み、妬み、嫉みばかりが強くなる。
魔王の真っ黒でドロドロした肉体は、今にも破裂しそうなほど膨れ上がった。
――馬鹿馬鹿しい。
――幸せになりたい。
――みんな死んでしまえ。
――愛されたい。
――他人の幸せは私の不幸だ。
――幸せになりたい。
――幸せになりたい。
――私だって。
――私だって。
無限に湧き出る黒い感情にひたりながら、魔王はようやく理解した。
根本が間違っているのだ。
自分は他の生き物とは違う。
他の生き物の常識は、自分の非常識。
自分の幸せは、誰かの犠牲の上に成り立つ。
――幸せになりたい。
だったら、自分の好きなように生きるしかない。
自分が唯一無二のルールになれば良い。
ゴゴゴゴゴゴゴ!
魔王の身体から高濃度の黒いモヤが世界を埋め尽くすほど噴出した。
死にたくない幸せになりたい殺さないで奪わないで愛されたい楽しみたい痛い痛い怖いつらい苦しい、そんな感情が、モヤの中をぐちゃぐちゃグルグルになって渦巻いている。
――生きたいなら、命を奪おう。
――愛されたいなら、愛を奪おう。
――幸せになりたいなら、幸せを奪おう。
他の誰かが持っているから妬ましい。
じゃあ、誰も持たなければ良い。
妬むくらいなら、すべて自分のものにしてしまえ。
自分だけが、この世のすべての幸せを手に入れられるように。
こうして、魔王は魔界に君臨することとなった。
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