第十三話
魔法の使い方を習い始めたのは日が真上に登りきった後。試行錯誤してもなお、まだ魔法を出すことができません。空はほんのりと赤みを帯び、うっすらと星々が見えてきます。
「何でできないの……?」
あれから何度もコツを聞いて挑戦を繰り返しているのですが、発動する気配がありません。二人も一緒に悩んでくださるのですが、感覚の世界である以上、言葉にするのは難しいようです。
「お嬢様、少しよろしいですか?」
「どうしたの、キマリス」
「お嬢様は生きてきた中で、誰かのために怒りを表したり、悲しみ涙を浮かべたりするなど、感情を表に出したことはありましたか?」
「それは……魔法に関係あるの?」
「私も、お嬢様も立場上こういったものは抑えることが多いですが、十分あります。感情によって剥き出しになった心は時に、我々の経験から決して得ることのできない不思議な力を生み出すのです。そんな経験一度でもありませんか?」
「うーん、どうだろう……」
キマリスは「まだ十歳、そうないですよね……」と小声で呟いて頭を抱えてしまいます。感情のままにする経験……今の私であれば滅多にないでしょう。でも、前世なら……。
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中学、初めての陸上全国大会の予選女子百メートル。天気は快晴。陸上を始めてからずっと目標としていたこの舞台。獲るのはもちろん決勝戦で勝つこと。陸上において決勝は二つある。一つはタイム上位八人で行われる決勝と、上位九位から十六位までの八人で行われるB決勝。過去、うちの中学から全国に出場する生徒は何人かいたが、頂に立つ挑戦権を取得したものは誰一人としていなかった。私がその切符を掴み取る、その一点ばかり見つめて練習をこなしていた。その成果を発揮する舞台は、決して大きくない規模の競技場であるためか、学校関係者や保護者らを主軸とした観戦者でいっぱいに埋められている。声援が普段の二割り増しに聞こえる。
トラックのレーンに指定された位置まで足を運ぶ。続々とライバルになる選手らも集まり、それぞれが伸びたり軽くジャンプするなどしてレースの刻を待っていた。体のコンディションに問題はない。全力を尽くして挑むだけだった。
『On your marks』
合図に従ってスターティングブロックに足を乗せる。この次の指示で、私の運命が決まる。心臓の鼓動が耳から離れない。
『Set』
そして……バン!と、ピストルの音が鳴った。
選手らが一斉に出る。いい走り出しだった。加速も十分に乗った状態で顔を持ち上げると視界の脇に誰1人として映らない。このまま進み続ければ夢にまで見たあの頂上に挑める……そう確信した。
だが、陸上の神様は私に微笑んでくれなかった。
最後の最後で追い上げてきた選手二人に指の関節一本分しかない僅差でそれぞれ追い抜かれてしまった。タイムもコンマの値でしか違わない。
だけど、その差で頂上の景色を逃す人を見てきた。二着どころか三着になってしまう。こうなってしまったらもう、他の選手の結果を待つことしかできなかった。
予選は無事滞りなく終了し、これから決勝が始まる。私は控え室の中で佇んだままだ。ここからでも会場の熱気は届いてしまう。せっかく全国に出たのに、長い間ずっと我慢して陸上に打ち込んだ結果がこれ。こんなにあっけなく終わってしまうなんて練習していて一切思わなかった。
次の週からまた日常に戻った。来年の全国に向けて新入部員も参加するとより忙しくなる。だけど、あれだけ高かった全国への憧れは、日をまたぐに連れて失っていく。練習の意義を自問するだけでみに入らず、一ヶ月経った頃には自己ベストすら届かないほど衰えてしまった。どれだけ努力してもその壁は高すぎて登りきることは出来ないのだと、ある時悟った。この時から私の陸上の選手生命は腐ってしまったのだ。
顧問の先生に部活を辞めることを言うも、受理してもらうことはまずない。同じように潰れてしまった先輩たちをみていればよくわかる。だから、何も告げる事なく部活に顔を出すことは無くなった。これからは、陸上をやらなかったら普通にできたであろう司君との下校もようやくできるし、寄り道して仲のいい友達とカラオケやゲームセンターに行くこともできる。お互いの家で一緒に勉強し合うことだって、司君と一緒に帰ることも……。
「そういえば、最近部活出ずに一緒に帰ってるけどいいの?」
一緒に下校して数週間経ったある日の放課後、司君が気になったらしくて聞いてきた。しばらくは休んでなって顧問に言われたんだよ〜、なんて根も葉もない嘘を並べると、ふ〜んとだけ返ってきた。そのあとは友達のことや最近のゲームの話をして家に帰ったけど、なんで突然そんなことを聞くんだろうかと一瞬だけ考えてしまった。
もう聞いてこないものかと思ったけど、三日に一度のペースで同じことを聞いてくる。その度にまだ休んどけっけ言われたんだ〜って返しているけど、いい加減答えるのに飽き飽きしてきた。そんなに私と帰るのが嫌なのかな?
そう思って、ある時聞いてみた。なんでそんなことばっか聞くのかと。そしたら、司君は困ったような顔をする。さらに聞いても、躊躇っているのか黙ったまま何も教えてくれない。あんなに何度も聞いてきたくせにこっちの質問に答えてくれないその態度が、私の気分を悪くさせる。何だか無性に腹が立ってきた。
「何度も私に質問しておいてさ、どうして自分のことになると答えてくれないの?」
「別に関係ないだろ?」
「関係なくない。何回も聞かれてるこっちの身にもなってよ。何、私と一緒に帰るのが嫌なの?」
「そういうわけじゃねえよ」
「じゃあ何なの?答えてよ、ねえ!」
司君にここまで感情を露わにしながら詰め寄ったのは久しぶりだ。私に非があったとしても、昔から認めたくない自分がいるのは悪い癖だけど、司君は優しいからいつも折れてくれる。きっと、彼の心の広さに甘えたいんだと思う。
「わかったよ、答えれば良いんだろ。だけどそうだな……せっかくだし、昔遊んでたあの公園に行こうか。その方が話しやすい」
作者の瑠璃です。
まずは読んでくださりありがとうございます。
この作品はタイトル通り、それぞれの視点で描かれる異世界物語です。人族サイドのお話もあるのでもしよろしければその作品も読んでいただけると嬉しいです。また不定期投稿なので気長に待っていただければと思います。ブクマ、評価等していただけるとめっちゃ喜びます!!




