Ⅱ-37 王の座
■ブッフバルト公爵 皇都居館 控えの間
エミリアは口かせを嵌められて椅子に縛り付けられている。
必要な道具は事前にリッチーが持ち込み済みだ。
ブッフバルトは敵で無いと見做して、あらかじめ打ち合わせをしていたのだが、本人に想像力が足りなかったようだ。
エミリアは皆が言うように美人なのだろう、大きな目を見開いて俺を見ている。
「ハーマンよ、指輪はどんな仕組みなのじゃ?」
「飾り台を捻ると針が伸びるようになっております。何かの液が入っているようでございます」
「うむ、ならば後で薬師に調べさせよう。くれぐれも注意して扱うのじゃ」
「さて、エミリアよ。この指輪はどうやって手に入れたのじゃ?」
「・・・」
「今日は時間がたくさんある故に、そなたのダンマリにも付き合ってやりたいところじゃが、美しい顔が苦しむところは見たくない。ゆえに、これからどうなるかを先に説明しておこう。そなたは死罪となる、これはこの国の皇帝へ反逆を起こしたから変えようが無い。後は苦しまずに死ぬか、苦しんで死ぬかをそなたが選ぶが良い」
「・・・」
「そうか、残念じゃ。リッチーよ、好きにしてよいぞ」
いつもの不気味な笑みを浮かべながら、リッチーがやっとこでエミリアの手指を挟んだ。
「ムグゥーッ!! ヌンーッ!!」
口かせの間からよだれと綺麗な目から涙がこぼれた。
「無理をせんほうが良い。痛い目にあうだけなのじゃ」
「・・・、ウグゥー! グォー!!」
エミリアは手の指を7本砕かれてから話すことにしたようだ。
いつも不思議に思うが何故7本も我慢する必要があるのだろう?
せめて、1本目で気が付かんのだろうか?
「して、指輪はどのようにして手に入れたのじゃ?」
「こ、婚約祝いとして」
-人のことは言えんが、とんでもない祝いだな。
「誰からじゃ?」
「・・・こ、公爵様です」
-イシュバールか、だが何故こいつを使って?
「そなたはトットナムの件で余を恨んでおったのか?」
「?・・・いえ、そのようなことは・・・」
「ならば、何故ハンスに毒針を使おうとしたのじゃ?」
「陛下が孤立すれば、そのうち公爵様を頼るはずだと・・・」
「ブッフバルトの家で山刀に毒を塗ったのもイシュバールの指示であるのか?」
「・・・はい」
「じゃが、露見すれば死罪は免れんことはしっておろうが?そなたは何のためにそこまでするのじゃ?」
「・・・いずれは皇帝の妃になれると」
「なるほど、そのように唆されたのか。だが、所詮は婚約者の父であろうが?このような大それた事を、イシュバールはなぜそなたにやらせたのだ?」
「・・・」
-まだ何かを隠しているな。
「エミリアよ、余も痛い思いをさせとうない。正直に話すが良い」
「公爵様は・・・」
エミリアの話が俺にはあまり理解出来なかった。
イシュバールの話も聞けばもう少し理解できるのかも知れんが・・・
ハーマンに連れてこられたイシュバールは青白い顔をしていたが、予想外に落ち着いていた。
椅子に縛り付けられながらも俺のほうを静かに見ている。
どうやら死ぬ覚悟が出来ているようだ。
「イシュバールよ。何故このような愚かな事をしたのじゃ?」
「全てはわが国のためです」
-もう、言い訳をするつもりは無いようじゃな。
「ふむ、ハンスを殺すことがこの国のためであると?」
「幼い陛下に国事を任せるようでは、いずれ国が滅んでしまいましょう」
「ならば、そなたが摂政をやりたいと名乗り出れば良かったでは無いか?」
「それは、先の大臣達の処断を見れば・・・」
「・・・言い出せなかったと、ならばいっそ殺してしまえという事か?」
「・・・」
「毒はどのようにして手に入れておるのじゃ?」
「城の薬師が代々作っております。鼠駆除や虫除けなどにも使いますので」
「指輪の毒もトリカブトであるのか?」
「・・・あれは別の効き目が後から出る毒です」
-そんなにたくさんの毒を持っておるのか。
「シュミットの菓子へ毒を盛ったのもお前なんじゃな?」
「・・・はい」
-不思議だ、やっとマリーの仇が見つかったのに怒りが沸いてこない。
-こいつには怒りよりも憐れみを感じてしまう。何故だろう?
「シュミットの娘も死ぬことになると判っておったのじゃろう?」
「すべては国のためです」
-こいつは狂っておるのだろう。そうと思わねばやっておられん。
「最後に、エミリアがそなたの愛人であると言うのは本当なのか?」
「はい」
「その愛人を嫡男の嫁に迎えるのか?」
「コリンは男色家なのですよ、だから偽装のためにエミリアと結婚するのは3人とも都合が良かったのです」
-さっぱり、わからん。だが、これ以上聞きたくない。
「公爵よ、そなたに国は任せられんな。そなたが国事をすれば、そなた以外は誰も幸せにならんと思うぞ。ハーマンよ、城の牢へつないでおけ!」
「陛下、全てお話しました、何卒名誉ある死をお与えください!」
-お前の望みなど知ったことでは無い。
■リーブル宮殿 皇帝執務室
ブッフバルトの居館に閉じ込めていた貴族達を解放してやり、俺達は宮殿に戻って来た。
「ハンスよ、皆が皇帝になりたいのであろうか?エミリアも妃の座を望んでこのようなことをしたと言っておったが」
「恐れながら、王の座を望むものは多くいると存じます。ですが、王の苦しみを知るものはほとんどいないのでしょう」
-王の苦しみ。そうだ、楽しいと思ったことなど無いのだ。
「じゃが、それにしてもイシュバールの考えは全く理解できん、自分の想い人を息子の嫁にする? さっぱり、わからん」
「私にもわかりかねますが、そういった考えの大人もいるのでしょう」
-イシュバールの夫人はどう思ったのだろう。
「今回の件では、そなたを危ない目に合わせてしまった。気を悪くせんでくれ」
「陛下、もったいなきお言葉でございます。黒狼まで遣わせていただき、私を守ってくださっていたことに感謝申し上げます。時に黒狼はどちらにいたのですか?」
「ふむ、領主共から祝いの品が並べてあったであろうが、あそこの木箱の中じゃ。余の婚約祝いを先に送っておったのよ」
-半日近くは狭い箱で我慢しておった。後で礼を言わねばな。
「そうでございましたか、ブッフバルトも協力していたのですね」
「うむ、そうなのじゃが、奴は自分の娘が関係しているとは思っておらんかったようだな」
「そのようでございますね。ですが、娘の所業で処断せざるを得ないのでは?」
-確かにそうだ。関与してないとはいえ、公爵のままには出来ん。
「うむ、後の処理は明日改めて考えることにしよう。そなたも疲れたであろう、酒でも飲んでゆっくり休むが良い。だが、必ず手と顔を水で洗ってからにせい」
敵が確実に減った。だが、俺が安心できる日は決して来ないのだろう。




