48話_5歳児とリーブルの大地
■リーブル宮殿 皇帝執務室
朝から、ペーターが法の草案を清書して持ってきた。
ハンスと記録官を追い出して内容を確認する。
無論、読めないのでペーターが小さな声で読み上げたものを聞き取る。
言い回しが不思議だが、俺の考えはちゃんと入っている。
「ペーターよ。ご苦労であった。1部を封蠟して、即位式の前日までに余へ届けよ。同じ内容のものを領主の数だけ清書しておけ、即位式の日に領主へ配る」
「中身は誰にも絶対に見せるでないぞ」
「かしこまりました、陛下」
80部ほどを清書することになるが、ペーターなら1日あればできるだろう。
今のところ、準備で忘れていることは無い・・・はずだ。
■リーブル宮殿 皇帝謁見の間
エドガーが農業協同組合の責任者候補を連れてきた。
背の低いやせ細った男だ。
-食べてないのではないか? 本当に農業に詳しいのか?
見た目に疑念はあるが、頭上には貴重な白玉が浮かんでいる。
-うん、採用決定だな。
だが、話は聞かねばならん。
「苦しうない、面を上げよ」
「陛下、本日もご機嫌麗しく。ここにおりますのは、ケイジ・ノーランドと言うフラン出身の農業技術者でございます」
「陛下、お初にお目にかかります。ケイジ・ノーランドと申します。お目にかかれまして、光栄でございます」
-ケイジ? 変わった名じゃな。
「ケイジよ。そなたは、フランの出身じゃが、わが国とフランの農業では何が違うのであろうか?」
「陛下、恐れながら申し上げます。残念ながら、貴国の農業は大地をまったく活かしておりません。フランではどのように大地を活かしていくかを国と農民が一緒に考えております」
-大地を活かす? 国と農民が一緒に?
「大地を活かす? とはどう言う意味なのじゃ?」
「農作物は大地が無ければ育ちません、ですが大地であれば、どのような大地でも良い訳ではありません」
「その大地にあった農作物を育てる必要があると共に、大地自体を改良して行き、より農作物にあった大地へ変えていく必要がございます」
「大地を変える? そのようなことが可能であるのか?」
「はい、灌漑等だけでなく、肥料や耕作方法を変えることで大地自体が豊かになっていきますが、リーブルでは同じ土地、同じ方法で麦を作り続けておりますので、段々と土地がやせ細っております」
「なるほどのう。そなたの見立てでは、わが国の麦の収穫はどの程度増やせると考えておるのじゃ?」
「さようでございますね・・・、私の思うとおりにやれれば、毎年3割程度増えるはずですので、5年で3倍ぐらいにはなろうと思います」
「3倍!? であるのか?」
「はい、ですが幾つか必要となるものがございます。無論新たに土地を開拓していくことが必要になりますし、領主様の協力も必要になってまいります」
「それ以外で一番の問題は人だと思います。その次が新しい耕作器具の導入でございます」
-ふむ、土地はあるが人と道具が無い。
「エドガーよ、人の問題は案があるのか?」
「はい、陛下の直轄領については移住の自由を認めていただけましたので、受け入れることは可能なのでございますが・・・」
「どこから移住させるか? と言うことじゃな?」
「仰せの通りでございます」
-領主は領民を離さんから、結局移住はできんと。
「直轄領だけで、どのぐらいの人手が必要なのじゃ?」
「はい、少なくとも2,000人、出来ますれば3,000人と言うところでございます。」
-領主達から集めるには無理のある数だな。
「罪人を農役に就かせるのはどうじゃ?」
「罪人でございますか・・・、恐れながら申し上げます。足枷をつけての作業では効率が悪くなると存じます。また、監視をつけると、そちらにも人手が割かれますでしょう」
-確かにな。
「ならば、余の方からも領主に協力を依頼するが、恐らく希望する数には足らんはずじゃ」
「しかし、領主達の農地で開拓や土地改良をするためには、直轄地で実績を作る必要もあるであろう?」
「はい、今のままでは組合の指導を受け入れる領主は少ないと存じます。ですので、先日のクローナ芋の栽培を並行して行い、そちらで実績を作りたく存じます」
「よかろう、良い案である」
「もったいなきお言葉。もう一つは新しい耕作器具の件でございます。こちらも大量に必要になるのですが、国内で製作しておりますと、時間が掛り過ぎてしまいます」
-ノットランドは技術力の高い国
「ノットランドで作らせれば良いのではないのか?」
「仰せの通りですが、あちらのギルドは閉鎖的ですので、新しいものを作るのにはやはり時間がかかります。あわせて、大量に鉄が必要となりますので、そちらの調達にも時間がかかります」
-結局、人もいない、道具も無いか
「うむ。わかった、人と耕作器具は引き続き、方法を皆で考えることにせよ」
「かしこまりました」
「ケイジよ。最初に言っておった『国と農民が一緒に考える』というのはどう言うことなのじゃ?」
「陛下、わが国は共和制を取っております。わが国では、村・町・州に民の代表がおり、その者たちが集まって、会議を開いております」
「会議とは何なのじゃ?」
「はい、わが国の会議は人が集まって話し合いをして、意見をまとめるためのものでございます。たとえば、麦の生産目標や税などについても話し合います」
「税? 税も民が考えるのか?」
「はい。勿論、わが国の王も考えますが、民は民が考えた税率を王へ申し出いたします。」
「民が考えれば、税を無くしてしまうのではないのか?」
「いえ、そのように考える民もおりますが、それでは王が受け入れぬのはわかっておりますので、年に一度 王と民の代表が話し合いをして決めることになっております」
-よくわからん。なぜ、そのような難しい仕組みに・・・
「王が税を決めるより、その方が麦は多く取れるようになるのであるか?」
「はい、それだけが理由ではありませんが、民も自ら決めた生産高や税であれば、納得して畑を耕すことになります。民の意欲を引き出すための仕組みでございます」
-意欲か。やる気は重要だな。こいつのやる気は?
「時に、そなたは何故わが国で農業の指導を行おうと考えたのじゃ?」
「はい、土地がもったいないと考えたからでございます」
「もったいない?」
「はい、リーブルは国土に恵まれております。ですが、その豊かな大地を活かしておりません。微力ではございますが、私の力で少しでも大地を活かしていければ、民、そして陛下のためにお役に立てると信じております」
-立派な心がけだな、さすが白玉
「うむ、ケイジよ。良くわかった。わが国の大地を是非活かして欲しい。もし、そなたが望むのであれば爵位を与えるが、どうじゃ?」
「陛下のご配慮に感謝申し上げます。ですが、爵位は必要ございません。今後も陛下のご助言がいただければ、それでじゅうぶんでございます」
「よかろう。爵位は実績に応じて改めて考えよう」
「ハンス、エドガーよ。ケイジの報酬は大臣と同じものを与えよ」
「「かしこまりました」」
-ン? どうした黒狼、白虎よ。
黒狼は立ち上がると謁見の間の出口でこちらを振り返っている。
白虎は俺の前で横になった。
-乗れということじゃな。
俺が跨ると同時に白虎は駆け出した!
部屋を出ると黒狼はかなり先を走っている。
「陛下!」
叫ぶハンスの声が後ろに聞こえたが、白虎は飛ぶように走り続ける。
俺は振り落とされぬように、必死で白虎の毛を掴んだ。
白虎の手触りの良い毛がこのときばかりは恨めしい。
だが、こんなことは初めてだ。
こいつらが、こんなことをする理由は一つだけのはずだ。
俺を守るため。
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