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9、9月14日(3日目)・うわぁ~、岡山ってすごく良いところだなー、また遊びに来たいなー‥‥べ、別にステマとかじゃないんだからねっ

 ぼんやりと、目が覚める。

 現状はすぐに把握できた。昨日は夜雨に降られ、急遽銭湯の駐輪場を寝床として勝手に使わせてもらったのだ。

 そしてそこへ、足音が近づいてきた。

 寝袋の中で目を閉じたまま、ヤバいかもしれないと若干体を強張らせる。従業員用の入り口が近くにあるのは知っていたが、まさかこんな早朝に出勤する人がいるとは思いもしなかった。薄目を開けて確認すると、まだ日は昇りきっていない。時刻は恐らく早朝5時から6時といったところだろうか。

 じっと息をひそめるくらうの近くまで足音は近づいてくる。無視してくれ、と心の中で祈るが、その祈りも虚しく足音は明らかに入口を通り越して、くらうの傍までやってきてしまった。

 そしてすぐ近くで足音が止まる。じっとくらうを観察しているのが気配でわかる。起こされるかなあ、怒られるかなあ、と内心ビビりまくっているが、とりあえず狸寝入りは続行。そして――

 足音はそのまま引き返し、従業員入り口の中へと消えていった。

 くらうは安堵の息を吐いて全身の緊張を解いた。

 時刻を確認してみると現在5時である。こんな時間に出勤してくるとは、いったい今朝は何時起きだったのだろうとどうでもいい心配をしてしまう。

 よくわからないが恐らく、自転車とでかいカバンを持って寝袋で寝ている。しかも外は雨が降った形跡。ということでおおよその事情を察して見逃してくれたのだろう。理解のある人でよかった。やはり広島県民がクズなのではなく、クズは昨日の寿司屋のあいつらだけだったようだ。広島県民は心の広い人が多いということが、身をもって実証された。

 雨は止んでいるようだが、今から行動するのはさすがに早すぎるだろうとそのまま目を閉じて体を休めていると、しばらくして再び近づく足音が。

 再び緊張に身を硬くするが、今度は立ち止まることなくくらうの横を過ぎ去っていった。しかし近くを通る時若干足音が乱れていたので、多分くらうが気持ち悪かったのだろう。気持ちはよくわかる。

 その足音が過ぎ去ったタイミングで、くらうは仕方なく身を起した。これ以上ここにいては、いつか声をかけられる可能性がある。

 手早く準備を整えると、とりあえず敷地を出て周囲を見渡した。

「うあー‥‥今度こそ朝か‥‥?」

 ポケットに突っ込んでいたきょーこがうつらうつらと這い出てきて、よじよじとくらうの頭の上へ。くあ、と大きなあくびを漏らすと寝起きの日課らしいストレッチを始めていた。ちなみにモアはすでに肩の上。

「朝メシ、すき屋で食うか」

「お、コンビニで買うって言わないなんて珍しいね。牛丼ならあたしも文句言わないよ」

 もそもそパンを食べる朝メシにならなかったからか、きょーこは若干上機嫌そうだ。まあ、パンと飲み物を買うのと、牛丼頼んで水を飲むのだったら大して出費の差はないだろうと考えてのことである。懐が広くなったわけではなく、きっちりその辺りは計算済みだ。

 早朝の5時半ということで、店内に客はまだ少なかった。適当なテーブル席に腰掛けメニューを開く。

「へえ、朝定食って何気に安いんだな」

「肉だ肉。肉を食おーよ」

 テーブルに下り立ったきょーこは、メシとなると急に元気になっている。

 卵かけご飯か納豆ごはんか多分どっちかの定食を頼むと、ほとんど待ち時間なくお盆が運ばれてくる。

「やっぱ牛丼屋って出てくるの早いよな。毎回感心するよ」

「そーだな。で、頼んだメニューは曖昧なんだな」

「こんなもんいちいち覚えてねーって」

 完全に開き直ったくらうが食事を開始すると、きょーこも自分用の丼を作って牛丼を食っていた。

 すぐに朝メシを完食すると、くらうは今日の進路を確認する。

「今日はもう帰るだけなんだろ? 国道ずっと進めば知ってる道に出るんじゃないの?」

「まあそうなんだけどな。せっかくだからちょっと寄り道して帰るか」

「お、いいこと言うじゃねえか。どこに行くんだ?」

「通り道だから、倉敷の美観地区にでも寄ってみようか」

 倉敷美観地区といえば、岡山が誇る屈指の観光地として有名な場所で、古き良き街並みが保存されている穏やかな通りである。イベント等も頻繁に催されており、観光客は毎年増加の一途、ではないだろうけれど、まあそこそこ多いのではないだろうか。多分。

 メインの通りは入場料等は必要なく、気軽に立ち寄れる場所だ。くらうの地元は隣の市なこともあり、なじみ深いとは言い難いが、小学校の遠足で行ったりイベントを見に行ったりと訪れた機会は少なくない。

「ふうん。で、美味いもんはあるのか?」

 きょーこは目を輝かせてそう尋ねた。何よりもまず気になるのはそこらしい。

「んー、甘味でいえば岡山だしきび団子とか、桃とかマスカットの和菓子があるんじゃないか? あとは美観地区にあるかどうかは知らんけど、岡山銘菓っていえば大手まんじゅうとかむらすずめがあるかなあ」

「‥‥さすが、地元のことは詳しいんだな」

「まあ、オレは地元愛強いからな。じゃあとりあえず、団子屋の軒先で串団子を食うことを目的にしようか」

「なんだよそれ」

「時代劇とかでよくあるじゃん。団子屋の店の前で、赤い敷物の長椅子に座って三色団子食うシーン。あれ、ちょっとした憧れなんだよ」

「おいあんた、きちんとお勘定払ってくれねえと!」

「なにっ、お代ならさっきそこに置いたでござる!」

「無いから言ってんだ! タダメシ食らおうなんて輩は、たたっ切ってやる! ズバシュウ!」

「待つでござる! さっきまでそこにいた奴らが怪しいでござる! ガキィン!」

「みたいな場面のことか」

「そうそう。そんな感じ」

 相変わらずアホな会話では息ぴったりな2人である。

「でも今回は岡山だから、団子は三色じゃなくてきび団子にしよう」

「ま、美味いもん食えるならあたしはなんでもいいよ」

 そうと決まれば行動開始。くらうは店を出ると、朝日に向かって自転車をこぎ出した。

 目指すは、倉敷美観地区。



 広島県福山市を抜けると、ついにくらうの故郷岡山県である。

 まず最初に通るのは岡山県笠岡市。かの有名なカブトガニの聖地だ。

 そしてその次に入ったのが、

「お、くらう、なんか次の市に入ったみたいだよ」

「いや、ここは市じゃないよ。里庄町っていう‥‥って看板ちっちゃ!」

 ふと視界に入ってきたそれは道の端、ひざくらいの高さの白い看板、というかもはや花壇にでも刺さっていそうなプレートくらいの大きさの板が、里庄町に入ったことを示してくれていた。

「なんか、カブトガニの絵まで入ってた笠岡市に比べると、格差を感じるな」

「バカにすんなよ。周囲の合併にも負けることなく頑張ってるんだよ。里庄はいわば、アスファルトに咲く一輪の花だ!」

「地元のことになると擁護すげえな‥‥」

 小さくとも力強く頑張る町・里庄を抜けると続いて入るのは浅口市。そしてその次が目的の倉敷市である。ここまでは、ひたすら国道を走り続けているのでちょっと休憩以外何もなかったというのが現実。事実は小説より奇なりなんて都市伝説。

 とにかくようやく倉敷市に辿り着き、ここからは一度国道を外れて倉敷駅へと向かう。倉敷駅に着けば、美観地区はすぐそこだ。

「いやー、ここまで来るとやっぱ街並みが見慣れてくるなー」

「でも実家から遠いんだろ?」

「遠いけど、県内だったらなんだかんだで来る機会もあるしな」

 美観地区に着いたのは午前9時ごろ。このペースでここまで来られたなら、夕方にはとっくに実家についてゆっくりできていることだろう。

「と、思っていた矢先!」

「いや、なにもないんだけどな」

 美観地区に着くと、くらうは自転車を降りて押し歩いた。乗り入れ禁止というわけではなかったはずだが、歩行者が多いのとゆっくり見て歩きたいのでエミリアにはちょっと休憩をしてもらうことに。

 ここは真ん中に小さな川を挟んで両側に石畳の歩道が続く街並みとなっている。川の縁には柳が等間隔で植えられており、涼しげな風景が演出されている。川の上には舟が走っていたりして、見た目と共に穏やかな空間だ。そして道中には食べ物屋やお土産屋が並んでおり、歩くだけでも良し見て回るも良しと、観光地としては非常に優秀なのではないかと思う。

「ここ、CMにも使われてるんだぞ。舟の視点で、ここの石橋の下をくぐっていくんだよ。美観地区そのもののCMだったか、何か企業のCMだったかは忘れたけど。あれって岡山でしか流れてなかったのかな」

「へえ。ま、流れても中国地方止まりじゃないの?」

「うーん、まあそうだろうな」

 のんびりと歩きつつ、くらうは目的の団子屋さんを探す。団子を売っている店は少なくないのだが、軒先に赤い敷物の長椅子を出している店はあまり多くない。

 ずんずんと進んでゆき、くらうはようやく目当ての団子屋を発見したのだが、

「‥‥ちょっと落ち着けそうにないな」

 団子屋。長椅子。赤い敷物。と条件は揃っているのだが、いかんせんそこは美観地区の端っこで、すぐ向こうは道路となっており少なからずの車が往来している。できれば静かに食べたいものだ。

「でもここまで、他になかったじゃねえか」

「んー、まあ、そうだな‥‥しかたない、ちょっと妥協するか」

 そこに着くまでに、実は目をつけていた場所が1軒あった。

 最終的にくらうが選んだのは、美観地区中ほどにある『くらしき美味処』というお土産屋だった。お土産用ではあるが団子も売っているし、表に椅子も出ている。しかし赤い敷物はないという、シチュエーション的に何とも惜しい場所なのだが、車の騒音を聞きながらよりはいいだろう。それに店先には椅子以外に、花が飾ってあったり小さな水がめが置いてあったりと、くらうが求めていた以外のオプションがなかなかに悪くない。というわけでくらうはこの場所で腰を落ち着けることにした。

 自転車を止めて店に入り、くらうはもう一つの問題点を見つけることとなる。

「‥‥串団子、ないな」

 皿に乗った三色団子3本くらい、というのがもちろん理想だが、それは無いにしろそれっぽい串団子すら見当たらなかった。よく考えるときび団子は串団子ではない。桃太郎も串でなく玉で餌付けしていたではないか。そして餌で釣られた哀れな犬猿キジは、団子1個で命をかけて鬼なんぞと戦わされる羽目になるのである。童話とは恐ろしい。

「どーすんのさ。他で探してみる?」

「いや、優先すべきは店先の雰囲気だ。ココ以上にいい感じの場所はなかったからな。仕方ないから串は諦めよう。団子ならなんでもいいや」

「てきとーだなオイ‥‥」

 仕方なく妥協して、くらうは6個入りの丸いきび団子を購入。そして椅子に腰かけると、見るからにお土産用のそのきび団子を早速店先で開封。店のおばちゃんが「アイエエエ!? ナンデ!? オミヤゲナンデ!?」と言っている(想像)のを尻目に、くらうは水がめの金魚を見下しながらさっそくぱくりと団子を頬張った。

「美味い! 疲れてるからほどよい甘みがたまんない!」

「あたしにも分けろよ。とうっ、マジカルきょーこエクスプロージョン!」

 謎の魔法により、きょーこの手の中にきょーこサイズのきび団子が出現する。ちなみにエクスプロージョンの意味は爆発であるが、残念ながらきび団子が弾け飛ぶことはなかった。

「ホントだ、美味いな! あたしこういう和菓子も嫌いじゃないよ」

「いや、きょーこは食えるもんなら何でも好きだろ」

「はは、まあな」

 若干皮肉ったつもりだったがきょーこは自慢げだ。まあいいけど。

 きび団子は荷物にもなるしのんびり全部食ってしまおうかと思っていたが、しかし思った以上にのどが渇く。そして今持っている飲み物はスポーツドリンクのみ。

 仕方なくきび団子味の口内にスポーツドリンクを流し込み――きび団子とスポーツドリンクの組み合わせは想像を絶する味を引き出してしまうのだと、身をもって体験する羽目になってしまった。

「‥‥なんてこった。不味い以外の表現が思い浮かばない‥‥」

「飲み物との組み合わせって大事なんだな‥‥。その点何とでも合う水って偉大だよな‥‥」

 のどは乾くが、きょーこと2人表情を歪めながらがつがつときび団子を食って、先程の後味をどうにか上塗りする。それでも結局、2個ほど余らせることになってしまった。

「まあ、残った分はお土産にするか」

「余りもん土産にするとか、最低だな」

「いやまあ、元々何も無しの予定だったし。家族にはこんなもんてきとーだろ」

「家族、か。親父はあたしを魔女だと罵って、家族を巻き込んで無理心中しちまったよ。あたし1人を、置き去りにして」

「うるせえな。よくわからんシリアスシーン混ぜんな」

「今の設定にうるせえとか。くらうけっこうヒドイな」

「ていうかお前の親父はお茶のペットボトルだろうが」

「ふざけんな! おもちゃ工場だよ!」

「いや、厳密に言えば原型師になるんじゃないか?」

「うおお、あたしの本当の親父はいったい誰なんだ!」

 しばらく店先で休憩をはさんでから、くらうはようやく立ち上がった。後は帰るだけということもあり、時間と共に気持ちの余裕も大きい。

「さて、あとは帰るだけだな。いやあ、何事もなく旅行を終えられてよかったな!」

「家に帰るまでが遠足です! ていうか変なフラグ立てんな!」

 なにやらきょーこが最後に波乱を起こしたがっているようだが、残念ながら現実ではいくらフラグを立てようとそうそう何か起こるものではない。

 そうしてくらうは今回の旅行の最終日程となる美観地区を後にすることとなったのであった。


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