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こちら国土交通省異界対策課  作者: ウォルギリウス
Prefazione

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集団神隠し事件

 天を衝くようなタワーマンション群、絶え間なく排気ガスを吐き出す幹線道路、そして真夜中であっても煌々とネオンが瞬く大都市の喧騒。

 そのコンクリートのジャングルの中心にまるで世界から切り離されたかのようにひっそりと、かつて「堂山高校」と呼ばれた三階建ての古い校舎が佇んでいる。


 隣接する無意味に車を走らせる車検場の金属音や惰性で今も尚続かされる小さな町工場の油の匂い、そして土地を寝かす為に建てられた巨大な立体駐車場に囲まれるようにして残されたその敷地は都市開発の歪な空白地帯だった。教室を構成する古い木材から放たれる埃と黴、そして長年の風雨に晒された建材の匂いは嗅ぐ者の脳裏に無条件のノスタルジーを呼び起こす。


 だが、最早この学び舎に再び若者たちの笑い声が響くことはない。


 陰惨極まる未曾有の事件を契機に学校としての運営は即座に破綻。速やかに廃校処分が下され、それ以来時計の針を止められたまま朽ち果てていった。当然のごとく心霊スポットや肝試しスポットとしてネットで拡散され、度々敷地内に侵入しようとする無軌道な輩が後を絶たなかったが、彼らが校舎の壁に触れることは一度として無かった。


 周囲には民間警備会社を装った屈強な警備員が24時間体制で配備されており物理的にも、そして『視えない何か』によっても徹底的な排斥が行われていたからだ。


 現在、この建物はとある国家の特務機関によって「第一級危険指定区域」として厳重に保管・管理されており、私有地という名目で完全に社会から隔離されている。


 その草臥れた廃校舎の二階。旧『2-2』の教室。


 そこには、惨劇が起きたその瞬間の光景がまるでホルマリン漬けの標本のように手付かずのまま残されている。


 机や椅子は当時の生徒たちの阿鼻叫喚と極限の混乱を如実に物語るように荒れ果てていた。教壇に真っ直ぐ向いている机は一つもなく、ひっくり返り、窓際へ追いやられ、あるいは不可解な力によって捻じ曲げられている。椅子だけが忽然と消失している席すらあった。


 だが、この荒れ狂った教室にはただの一滴たりとも『血』が流れていない。

 わかりやすい物理的な破壊の痕跡があるにもかかわらず、冒涜的に生命の喪失を裏付ける痕跡だけが綺麗にくり抜かれたような悍ましくも異質な空間。


『堂山高校集団神隠し事件』


 今から8年前の4月24日、午後2時。うららかな春の午後の授業中にそれは起きた。


 堂山高校の生徒30名と教師1名が白昼堂々忽然と消息を絶った。


 日本中を震撼させたこの難事件に対し、警察当局は国家の威信をかけて大規模な捜査本部を設置した。しかし監視カメラの映像にも現場の指紋にも、一切の論理的な手がかりは残されていなかった。捜査は完全な暗礁に乗り上げ、警察の無能を詰る世論の怒りは頂点に達した。そしてこの事件が呼び水となったかのように全国各地の学校で次々と模倣犯ならぬ「連鎖的な神隠し事件」が多発し始めたのである。


 日本国内の社会秩序が神秘的な事件のせいで崩壊しかけたその時、警察という表の治安維持機構に代わり国家の影でうごめく一つの組織の存在が図らずも露呈することになる。


『国土交通省 異界対策課』


 彼らは現代科学では解明不可能な怪異現象や突如として現実世界を侵食する「異界」の鎮定、被害の秘密裏の収拾、そして破壊されたインフラの原状回復を担う国家直属の対怪異災害用・鎮圧後処理部隊である。


 元を正せば古来より日本土着の呪術や異能を受け継ぐ者たちを国が秘密裏に抱え込み、国土のインフラと霊的結界を維持するために武装させた専門家集団だった。彼らは長年国家の機密として厚い秘密のヴェールに守られてきた。


 だが、立て続けに起きる神隠し事件にパニックを起こした時の国交大臣が正規のルートを無視して彼らに直接のコンティンジェンシープランを発動。その不用意な接触現場を、運悪く人気動画配信者によって撮影・拡散されてしまったのだ。


「魔法」や「怪異」といったオカルトが、21世紀の現代にて白日の下に晒された瞬間だった。


 神隠しの瞬間の映像──教室の床から立ち上る眩い光の柱の中に悲鳴を上げながら生徒たちが吸い込まれていく絶望的な映像が流出したことで時の内閣はついに異界対策課の存在と活動を公表せざるを得なくなった。


 彼らの執念による調査により失踪した生徒たちは「異世界」と呼ばれる全く別の次元へ拉致されたことが判明する。現代の技術と呪術を総動員しても彼らを連れ戻すことは極めて困難であると結論付けられ、対策課は急ぎ日本全土の霊脈を再構築し異世界へと繋がる磁場の歪みを強制的に遮断する大規模結界を展開。事実上の「次元鎖国」を行うことで再発を防止し、被害者遺族以外の国民はようやく安堵の息を撫で下ろした。


 しかし、堂山高校集団神隠し事件にはただ一人だけ次元の裂け目の魔の手から逃れ、零れ落ちた生存者がいた。


『白神水無瀬(しらかみみなせ)』


 彼女は事件の唯一の手がかり、あるいは「元凶」として重要参考人として警察に身柄を拘束された。


 密室の取調室で彼女を待っていたのは藁にもすがる思いで手柄を焦る刑事たちによる熾烈を極める尋問だった。白々しい蛍光灯の下睡眠を奪われ、時には物理的な暴力を伴う違法な取り調べすら行われた。民衆もまた、不安や怒りをぶつける生贄を求めていた。ネット上には彼女への誹謗中傷が溢れ返り、「彼女がいじめの腹いせに悪魔を呼んだのだ」「彼女だけが助かるのはおかしい」と異常事態の責任の全てを一人の少女に背負わせようとした。


 政府首脳陣でさえ世論の溜飲を下げるためのスケープゴートとして彼女を被疑者として逮捕するよう裁判所にありとあらゆる圧力をかけ、逮捕状まで用意させていた。


 だが、その狂騒を力技で黙らせたのが異界対策課だった。


 彼らは超法規的措置をもって水無瀬の身柄を確保し政府や警察の介入を完全に掣肘した。

 それは決して彼女への憐れみや人道的な保護ではなかった。


 彼女の内に秘められた次元の歪みすら物理的に粉砕する規格外の「素質」。そして彼女が絶望の果てに自らの身に宿し、結んでしまった『神』との強固な契り。


 その圧倒的な暴力の権化とも言える力はどれほどのデメリットや精神的リスクを踏み倒してでも国家防衛のために手元に置かなければならない絶対的な価値を持っていたのだ。


 こうして彼女は異界対策課の本部預かりとなり、家族の安全と引き換えに日本国内における「最高戦力」として、その身をすり減らしながら戦場に立ち続けることとなる。


 かくして神隠しから8年。

 世間から事件の記憶が薄れ、遺族の傷だけが静かに膿み続けていたその時。

 錆び付いて止まっていた時計の針は再び轟音を立てて巨大な歯車を回し始める。

 それはある者にとっては待ち望んだ地獄の釜の蓋が開く瞬間であり、ある者にとっては過去の罪との対決であり、そしてある狂った少女にとっては罰として甘んじて受け入れなければならない、懐かしくも残酷な悪夢の始まりだった。


『どうか皆様、お憐れみください!』

『どうか、この何も救えなかった憐れなる神の子をお許しください!』

『どうか、どうか──』

『咎人にはそれに相応しき凄惨な罰をお与えください。彼女にとっての贖罪は、まだ早すぎるのだから』

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